第4章 朋友 「revisit⑪」
串焼が出てきた。
表面の油がぶくぶくと小さく泡立ち、スパイスの香りと相まって食欲を刺激する。
串を持ち上げて一口頬張ると、スパイスの濃い味つけが口に広がり咀嚼する度に肉汁が吹き出してくる。
羊肉独特の臭みをわずかに感じるが、スパイスが悪い部分を打ち消して肉の美味みを引き出していた。
「美味い。」
こちらの世界の畜産は昔ながらの手法だ。餌についても放牧による雑食が基本といえる。ジビエ料理なども多いことから、総体的に食肉は癖が強い。この店の串焼きはそれを逆手にとってうまく味つけに工夫が施されていた。
世界中を渡り歩くエージェントの職務では、様々な地域の食を体験する。
日本の味というのは繊細で、幼少から食べ慣れた味噌や醤油の味というのは大人になっても恋しいものではある。しかし、地域特有の調理法やスパイスの使い方には日本人の舌を高水準で満たすものも多い。
今口にしている串焼きも、それらと同等のB級グルメだといえた。ニンニクが効いているのでまったく馴染みのない味ではないが、舌を刺激するスパイスはエールやパン、白飯に合いそうだった。
この串焼きをパンに挟んで食べると美味いだろうなどと思いながら、エールで口内の油を洗い流す。羊肉でも部位によっては油分が多く、今の俺の口もとはグロスを施したようにテラテラと光っているのかもしれない。
2本目の串をつまみあげ、口に入れて咀嚼する。スパイスの味に慣れたのか、刺激よりも旨味がさらに強く感じるようになっていた。
肉々しい味から臭みがほのかに広がり、それをまたエールで洗い流す。
こうやってB級グルメを口にしていると、せんべろや晩酌を好むサラリーマンの気持ちがよく分かる。仕事の後の一杯は格別なんだろうと思いながら、串に残った肉を口に入れていった。
普通の生活における潤いなどというが、普通であることの幸福は置かれた状況によってはなかなか体験できることではない。
このような感慨にふけることが俺にとっては日常からの離脱であり、幸福を意味するのかもしれない。
小さな幸せとはいうが、かけがえのない時間だと痛感する。
「ラムチョップを追加で。」
他の客がオーダーして焼かれているのを見て、こちらもラムチョップを頼んだ。
チョップといえば、箸でひと騒動あったのがはるか昔に感じられる。
こちらに来てまだ大した月日は流れていないが、なかなかに濃密な時間を送ったものだ。
そんな感傷に浸りながら、残った串焼きにかぶりついた。




