128話 大切な居場所⑳
ギルドの前には格式の高い馬車が駐まっていた。
見覚えのある紋章だったので持ち主はすぐにわかった。
チェンバレン大公だ。
ギルドホールに行くと、リルが俺に気づいてやってくる。
「タイガ、遅かったのね。チェンバレン大公が執務室でお待ちよ。」
「わかった。ありがとう。」
特に約束をした覚えはないが···この時間までわざわざ待っていてくれたのだろうか?
何の用だろうかと思いながら執務室に向かう。
扉をノックするとアッシュが開けてくれた。
「タイガ、待っていたぞ。」
室内に入ると、ソファにはチェンバレン大公とテレジアが座っていた。
「大公閣下、テレジア様、お待たせして申し訳ございません。」
「いや、急に来たのだ。忙しくしているところをこちらこそすまない。」
国のナンバー2にそんな風に言われると、逆に落ち着かない。
「何か急用でしょうか?」
「いいや。私は明朝に王都に向けて出立するのでな。挨拶がてらに寄ったのだ。」
ターナー卿は早々に王都に戻っていた。むしろ大公がまだこの街にいることを忘れていたくらいだ。
「タイガ様、パーティーに参加をさせていただけると聞いております。ふつつかものですが、よろしくお願い致します。」
大公の隣に座っていたテレジアが立ち上がり頭を下げてきた。
「テレジア様の実力はリルからも聞いています。こちらこそお力添えいただいて助かりますよ。」
社交辞令って大切。
「その件だが、テレジアのことを頼んだぞ。いろいろな事を含めてな。」
いろいろな事って何だよ、大公閣下様。
どうもこの親子は俺にとって危険な気がする。貞操とか人生とか···俺は長い物には巻かれないぞ。
「はい。パーティーの一員として最大限に尽力します。」
遠回しに拒否っておいたが、親子はニコニコしたままだ。鈍感か、おい。
「ところで、魔族3体と闘って負傷したそうだが、もう体は良いのか?」
「ご心配をおかけしました。すでに傷は塞っています。無理をしなければ数日中にはスレイヤーとして現場復帰しても問題はないかと思います。」
「ふむ。流石だな。」
大公が俺の体に遠慮のない視線を投げてきた。
やめて。
種馬を選別するような目で見るんじゃない。
「本当に流石ですわ。魔族1体でも相当な強者なのに3体も一人で倒されたなんて。タイガ様、体が痛むようならいつでもおっしゃって下さいね。私が介抱させていただきますわ。」
「ありがとう。大丈夫ですよ。」
介抱はされてみたい気がするが、そのまま伴侶にされそうで怖いんだよ。
ちょうど良い機会だと感じた。
今日を逃せば、大公に市井の状況と課題を進言するタイミングを逃すだろう。
「大公閣下。少し聞いていただきたい事がございます。」
「ん、何かな?」
俺は今日の出来事を話し、地上げによる被害や、地売屋の悪質な商売の実態を大公に伝えた。
「なるほどな。孤児院までそんなことに巻き込まれていたとはな···。」
「孤児院に関しましては殉職したスレイヤーの子供もおります。今後の運営のためにスレイヤーギルドとしても何か経済的な支援ができないかをアッシュに相談するつもりでした。しかし、不動産に関する問題は、私どもで何かを是正することはできません。これ以上被害に苛まれる者達が増えつづけないように何か方法はないものでしょうか?」
真剣な表情で話を聞いていた大公はしばらくしてこう答えた。
「確かに今の法は古いものだ。現代の社会に見合ったものに変えていく必要があるかもしれんな。王都に戻ってから検討しよう。」
「ありがとうございます。」
大公は本当に柔軟な考えをしていて助かる。アッシュやテレジアもこのやり取りを見ていて、暖かい視線を送ってきていた。
「ところで、タイガくんはどうしてそこまで他人に対して優しくあろうとするのだ?」
「おかしいでしょうか?」
「いや、素晴らしいことだと思う。私は知りたいのだ。絶対的な強さと見識を持つ君がそこまで誠実なままでいられるのがなぜなのかをね。」
元の世界ではここまで他人のことを考える視野は持ち合わせてはいなかった。そんな風に変わったのは単純なことなのだろうと思う。
「私はこの国に···この街に来て多くの人の優しさに助けられました。単純にここが、自分にとって大切な居場所だと思っているからです。」
大公も、アッシュやテレジアも、俺の答えを聞いて満面の笑みを浮かべていた。




