第4章 朋友 「新奇⑩」
アッシュも自分も貴族社会で育った分、警戒心は強い。辺境伯という特殊な爵位を持つ家系ゆえに、それは他の貴族以上かもしれない。
リルは思考を続ける。
パティも朗らかな性格をしているので誤解をされやすいが、直感的に相手を見極めようとする。むしろ、その辺りの感覚は自分よりも鋭敏だといえるだろう。
極めつけはフェリである。命を助けられたとはいえ、彼女は過去の経験から自ら人に歩み寄ろうとはしない傾向があった。
ギルバート家の血族として近しい4人。互いにその人間性を最も理解しているといえた。
因みにラルフは縁戚だが、血筋としては少し離れているので論外だ。
ニーナや他の人もタイガと距離を縮めるのが早かったが、あれは趣味趣向や異性としての好みだと考えてみる。
タイガと初めて出会った時、彼の素性を聞いてアッシュもフェリも、自分までもが大した疑問を持たずに受け入れた。どちらかというと、ラルフの反応が一番自然だったのではないか・・・。
もちろん、タイガが悪い人間ではないと理解している。しかし、パティも含めて4人とも無警戒過ぎたのではないかと今なら思える。
英雄テトリアとの関連性は関係ないだろう。では、ギルバート家の血に、何かタイガを受け入れる要素があったのか。
思考は様々な方に広がるが、核心に触れることはなかった。そもそもが、ギルバート家の歴史も表面的なものしか知らされていない。
アッシュはこの街を出る直前に「力を得るために始祖の謎に迫る」という意味深な発言をしていた。今回の彼の失踪は、それに類いするものだったりはしないだろうか。
考え過ぎだろうか。
アッシュのその言葉があったから、むしろそんな思考になるのかもしれない。
そこに思い至った時に事務室の扉がノックされた。
他の事務員は帰った後だ。この時間にこの部屋を訪れる者でノックをする者は珍しかった。
「どうぞ。」
リルは普段の表情に戻り、上体を起こした。
「やあ。」
扉を開けて入って来たのは懐かしい顔だった。
以前と同じ雰囲気。少し照れたような仕草も見覚えがあるものだった。違うといえば、顎にだけ髭を生やしているところくらいか。
ここに現れる可能性があるとは思っていたが、直前まで彼のことを考えていたからだろうか。すぐに現実かどうかわからなかった。
「リル?」
束の間、思考が停止した状態からその言葉で抜け出すことができた。
すぐに言葉を探す。
目の奥が熱くなるが、混乱しないようにそっと息を吸った。
「おかえりなさい、タイガ。」
リルは目一杯の努力で満面の笑顔を浮かべた。




