第4章 朋友 「新奇⑨」
スレイヤーギルドがある建物の最上階には、ギルマスの執務室以外にも資料室や倉庫、更衣室などが配置されている。
一番広い面積を有している職員の事務室も同じフロア内にあり、既に定時を過ぎているのに明かりが点いていた。
スレイヤーギルドは24時間体制で人が詰めているが、事務や受付業務を担う職員については基本的に定時で帰宅する取り決めとなっていた。
もちろん、レイドの発令や非常時については例外措置となるのだが、王城や各ギルドなどとの連絡業務が必要なことも多いので、業務効率を考えた就業規定となっている。
リルは執務机で事務処理を終えて、一息吐いたところだった。
代理でギルマス補佐を務めているが、新たにギルマスに着任したガイウスが対外的な交渉のために外出していることが多いため、決裁が必要な書類の処理を代行で行うことが増えていた。
ガイウスは叙爵式での事件やアッシュの失踪によって生じたスレイヤーギルドの信用失墜を回復するために、対外的な交渉や要人との会談に出向くことが多かった。
スレイヤーギルドは様々な側面から支援や援助を受けている事情もあるため、その辺りとの関係を維持するために動き回っているのだ。
ギルドの性質上、王城からの資金提供だけで運営は行っている。しかし、認定証システムの供与や治癒院との提携などは民間のギルドとのものである。その関係が壊れてしまうと、今後の運営に大きな支障をきたしてしまう。
「まだ、王都にいるのね。」
リルはタイガのスレイヤー認定証の購買履歴を見てそっとつぶやいた。無事であることには安心をしていたが、一目で良いから顔を見たいと思っていた。
他の者にはそんな素振りは見せられないが、現状に至ってやはりタイガとアッシュの存在の大きさを感じているのだ。
アッシュに関しては、その失踪がスレイヤー内に虚無感をもたらせてしまった。普段はいい加減に見えて、あれで意外と空気を読んでいるというのもあるが、何より一緒に死地を潜り抜けてきた仲間が多かった。
ガイウスは無能ではない。むしろ、管理職としては優秀だろう。しかし、アッシュの持つカリスマ性を真似することなど不可能といえた。
そして、タイガである。
彼はいろいろと誤解を受けやすい行動をする。共に戦ったり懇意にしている者ならともかく、それ以外の者にとっては得体の知れない存在だと思われている。特に男性スレイヤーからの評判は最悪と言っていいだろう。強さはともかく、知らない者からすると女性に対する言動や態度に反感を持たれることが多い。
フッとため息を吐いたリルは、頬杖を突いて瞳を閉じた。
大変な時ほど彼の笑顔に勇気づけられたことを思い出す。タラシに見えて実は誠実であったり、圧倒的な強さを持っていても何かに悩む弱さも垣間見せてくれた。それに気づく度に周りの誤解を解いて回りたいと思ったものだが、それはたぶん彼は望んではいなかっただろう。
自分が不安に思っていること。
アッシュがいなくなったことについては、立場的に危惧することは多い。しかし、タイガは・・・自分のことを忘れていたらどうしようか、という不安の方が強いのだとはっきりとわかっていた。
最近になって思うことだが、この気持ちは恋愛に似ているが少し違うものなのではないかと考えることがある。
互いに引き合う何か。
具体的にはわからないが、無条件にタイガに惹かれた理由が他にある気がした。




