第4章 朋友 「蒼帝ブラール③」
アッシュは祠に向かって山を登っていた。
標高はそれほど高くない。山頂まで大した時間はかからないだろうと思っていた。
森閑な雰囲気が続く。
神が祀られた場所と言われれば、これほど相応しい場所はないと感じられる。
時折、風がそよいで草木の擦れる音がするが、動物の鳴き声などは聞き取れない。
中腹を過ぎた辺りで違和感が生じた。
同じところをぐるぐると回っているような感覚。
山道は一本道で迷うことはないはずだが、同じ景色を何度も見ている気がする。
横にある大木に、近くにあった蔓を巻きつけて結えた。
これで周回しているかどうかがわかるはずだ。
木に傷をつけることは躊躇われたための処置だが、もしこの危惧が本物ならばまたこの木の前を通ることになるだろう。
10分ほど進んだ時に、やはり同じ場所を通っていることが明らかになった。
老人の話では祠へは街の人々が定期的に御供えや清掃に出向いているというが、このような事態になるとは聞いていない。
何かを試されているのか、祠に行き着くことを拒否されているのか。
どちらにせよ、この山は本物だといえた。
蒼帝ブラールが祀られた祠は、不可思議な力を持っているということだ。
アッシュは目を閉じる。
ただの思いつきで何か意図があるわけではないが、同じように進んだところで堂々巡りをするだけだろう。
束の間の静寂。
神経を研ぎ澄ませることで、微かな異音をとらえた。
これまでは耳にすることのなかった水の流れる音。川のせせらぎだと感じた。
そちらに向かって歩を進める。
何かの気配を感じることはないが、焦っても仕方がない。清流であれば喉を潤して一息入れ、次の行動について考えてみようと思っただけだ。
しばらく行くと、1mほどの幅しかない浅瀬の川に出た。
水は透き通っており、小魚が泳いでいる。
アッシュは水を手ですくい、口に含んで異常がないかを確かめた。
「うまい。」
冷たく澄んだ水。
大した距離を歩いてきたわけではないが、体に浸透して疲れが消える感覚だった。
目線を上げた時に何かの気配を感じる。
視界には何も入らないが、その何かが遠ざかっていくのがはっきりとわかった。
野生の動物ではない。
怯えや獰猛な気配ではなく、静謐だが強い存在感を持った何か。
アッシュは迷わずにその存在を追うことにした。




