第4章 朋友 「波乱⑨」
「紋章というと、あの獅子のことか?」
ギルバート家の紋章には、猛々しい獅子が刻まれていた。
獅子はこの周辺には生息していない。
遠く離れた地にいると聞いてはいるが、始祖にあたる人物はその辺りの出身なのだろうか。
当時は父親の言葉を聞き、何げにそんなことを思ったものだった。
「獅子とはいっても、あれは神獣の方だ。」
「神獣?」
「そうだ。古の時代に悪しき者たちから人々を救ったとされる神獣の一体で、ブラールの蒼帝と呼ばれていたそうだ。」
「それがなぜギルバート家の紋章に刻まれているんだ?」
「ギルバート家の始祖がブラールに育てられた加護者だからだ。」
「加護者?」
「神獣とは、その名の通り神に類する存在。その加護を受けた者は常人を凌駕する存在だそうだ。」
その話を初めて聞いたアッシュは、お伽噺を聞かされている感覚しか持てなかった。
「先祖返りか•••。」
その兆候に気づいたのは、タイガがアトレイク教の危機を救った直後くらいだった。
意図してではなく、時折爆発的な魔力の波動が体内から感じられるようになった。
火属性魔法であることに変わりはないが、その発作的な状態では威力もコントロールの難しさも格段に上がってしまう感覚がある。
「蒼帝ブラールは蒼い炎をまとう獅子だったそうだ。口伝でしかないが、始祖もまた蒼炎を操れたと聞く。アッシュよ、おまえは歴代のギルバート家の中にあっても最上位の火属性魔法士。幼少の頃は、その才能から始祖の先祖返りではないかと目されたくらいなのだ。」
父親は非凡な才能を持って生まれた俺に、始祖の再来になれと言いたかったのだろう。だが、それほどの才能に恵まれていたのなら、既にそれは開花しているものなのではないかと思っていた。
確かに俺の才能は常人離れしていると自覚している。逆にいえば、それで限界なのだと感じてもいた。厳しい鍛錬を積み、幾度も死線をくぐり抜けてきた。しかし、始祖のように蒼炎を操るには至らなかった。
タイガが提唱した多属性魔法の融合でも青い炎を出すことができたが、始祖の蒼炎とはそれではないのかと考えたこともある。
1人であれを出すのは至難の技だろう。風属性魔法士の補助があって実現したことが、誇張されて伝わっているだけという見解の方が無理がなかった。
それがこれまでの自分の常識だった。
最近では、ある予感めいたものが心の内に渦巻いている。なぜかはわからないが、始祖と同じ蒼炎の力を手にすることが必然とも思えているのだ。
それはタイガと比肩するために必要と感じているのか、それとも先送りになっている上位魔族との決着のために力を欲しているのか。
どちらにせよ、自分は強さを渇望しているのだ。本能がそう囁いているのなら、それに順じれば良かった。




