第3章 絆 「クリストファー・コーヴェル⑨」
エージェント・ワンとの話を終えたクリストファー・コーヴェルは、自走式馬車を操車しながら1人で思考に耽っていた。
運命などという非科学的なものに興味はないが、思えば数奇なものだと言える。
科学という概念では、何百年という単位で遅れた世界で新たな生を受けた。
しかし、それは自身にとって歓迎すべき環境ではなかった。
生まれ育った経緯から、魔法などという超常的な力は理解をするしかないものだと思っている。だが、その魔法に頼りきった風潮では、自らが磨いてきた知識は賞賛されるものではない。
研究のための器材や施設も不十分で、化学的に合成された薬品類もほとんどないといっていい。
イメージを具現化しても、それの有用性を理解できる者が少なく、望む研究に投資をしてくれるものも皆無といってよかった。
こんな世界では、自らが持つ知識も才能も、認められることなく風化してしまうのではないかという恐怖におびえる日々。
魔道具というこちらの世界のスタンダードに身の丈を合わせ、何とか少ないながらも時間や予算を捻出してきた。
このままでは、満足のいく成果を得るどころか、科学者としての矜持も奪われてしまうのではないか。
そんな思いに苦しめられてきた。
「正に光明···。」
何の物理的法則が生んだのかはわからないが、ラボラトリーの爆発に一緒に巻き込まれたエージェント・ワンと再会することができた。
彼は自分とは違い、こちらの世界に転移してきたのだという。
特異な力を持つホルダーであるエージェント・ワンだが、かれのESP能力には瞬間移動はなかったはずだ。念動力により、空間を非連続的に飛び越えさせて行うものも同じく該当しない。
となると、やはり爆発が起因して、空間が湾曲した事象によるワープによるものと考えるのが妥当か···。
この時点で、自分が転移ではなく転生した身であることを棚上げしたクリスは、元の世界に戻れる確率を計算していた。
「いや、現実的ではないな···仮にあの時の爆発と同じ状況を作れたとしても、元の世界に戻れる可能性など計算できるものではない。むしろ、即死する結果しか見いだせないか···。」
ぶつぶつと独り言を唱えながら、目まぐるしいスピードで脳内を整理していく。
「まずは彼の言うように、この世界に轟く唯一無二の技術を形にするべきだろう。魔石による動力については既知のものだ。それを兵器開発に取り入れるとなると···。」
極端な現実主義者である彼の思考は、既に今後の課題を順序立てていた。
「技術革命を起こし、先駆者としての名を馳せれば、予算も潤沢となり自らの目指す研究開発の場も手にすることができるはずだ。この世界で科学によるイノベーションを目指すか、環境を整備した上で空間湾曲の技術を確立するか···どちらにしても、やはりエージェント・ワンに同行したことは正解だな。」
そこまでの思考に至った時に、クリスはニヤリとした笑みを浮かべていた。
科学者として、張り合いのない世界に悲観していた気持ちは、既に過去のものとなっていたのだった。
「何かぶつぶつ言ってて怖いけど···あの人は大丈夫なの?」
客室では、クリスの様子を見たソルがそんなことを言い出していた。
「あれって、タイガの友達だよな?少し危ない奴なんじゃないのか?」
ファフまで言いたい放題である。
「タイガ様、あの人物は変質者か何かですか?」
極めつけは、マルガレーテの容赦のない言葉だった。
「···ああいった生き物だ。下手に関わるとスイッチが入るから、少し距離を置いたつきあい方が必要だと思ってくれたら良い。」
俺はそう返すしかなかった。
「あ···あと、友達じゃないからな。そこは重要だからな。」
その辺りは念押ししておくべきだった。
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