10話 魔力を持たない影響
「ほら、傷を見せて。」
妖艶なお姉さんが傷の治療をしてくれている。
患部を見せるために顔を上に向けているので、せっかくのきれいな顔を近くで拝めないのが残念だ。
でもすごく良い香りがした。
柄にもなく、ちょっとドキドキする。
これまでにも似たようなシチュエーションがなかったわけではないが、常に気を張っていたせいか余計な感情がわくことはなかった。
別の世界に来て心が解放されたのか。
いや、この状況が現実として受け止めていいものなのか、まだ疑心を抱いてはいる。
もしかすると、何らかのマインドコントロールではないかと思わないわけではなかった。
「少し痛いかもしれないけど、我慢してね。」
銀髪ちゃんもカワイイけど、お姉さんはちょっとギャルが入ったエロきれい系である。あぁ、俺は美女耐性が低いのかもしれない。
以前なら、甲斐甲斐しい相手がいきなり刃物を向けてきたりすることがあった。
今の俺はこれでいいのか?
気持ちが緩みすぎではないのか?
長年の猜疑心に満ちた日々によるストレスは相当なものだった。本音や本能で生きられたらどれだけ楽だろうかと、心の奥では感じていたのかもしれない。
「これで大丈夫。」
片目をつむりながら、笑顔を見せるお姉さん。
あなたは女神か。
そんなことまで思ってしまう。
いかん、マジで気が緩み過ぎだろう。
「ありがとう。」
クールを装いながら礼を言う。
誤解を恐れずに説明するのであれば、エージェントは守秘義務やら交遊関係の制限やらに縛られて、禁欲生活を送っていることが多い。
自称イケメンの俺だが、実は彼女いない歴は五年以上にも及ぶのだ。
いかん。
マジでいかん。
優しくされて浮き足立たないようにしなければ、その先にあるのは怠惰な死かもしれない。
「あ、あの!さっきは、助けてくれてありがとうございました!!」
お姉さんに鼻の下をのばしていると、銀髪ちゃんが近くに来て話しかけてきた。
背後から魔族に狙われていた時のことだろう。
「えっ?ああ、こちらこそさっきはありがとう。魔法を相殺してくれたから、この程度で済んだ。」
カッコつけて返答していると、横から邪魔・・・いや、ラルフが割り込んできた。
「しかし、なんだあの強さは?魔族を殴り倒す奴なんて初めて見たぞ。」
俺は魔族も魔法も初めて見たぞ。
「それに魔族のオーラも平気みたいだし、ヒールが効かないなんてどんな体をしているの?」
お姉さんも話に乗ってくるが、なぜなのかはこっちが教えて欲しい。
「保有魔力量の問題かな・・・」
銀髪ちゃんがそう呟いた。
保有魔力量か。
さて、分析だ。
魔族のオーラは、魔力を媒介にして精神干渉をもたらす。
魔法についても同様なら、受ける側に魔力がなければ効かないのではないだろうか?
ラルフのヒールだけではなく、アッシュや魔族の炎撃に熱さを感じなかったことを踏まえて考えると、何となくだがそんな感じがする。
そこでこんなことを口走ってみた。
「特異体質で魔力を持っていないんだ。」