第3章 絆 「クリストファー・コーヴェル①」
「なるほど。エージェント・ワンは、そのまま転移してきたのか。」
かつて所属をしていた組織が誇る"マッドサイエンティスト"クリストファー・コーヴェルは、自走式馬車を操車しながらそうつぶやいた。
運転席にはハンドルはなく、レバー2つで前後進と旋回をするシンプルな操作系しかない。彼いわく、自動車のような操作系だと、油圧式やらギアの噛み合わせやらで構造が複雑になり、この世界での製造には適していないとの事だった。
確かに、工業という概念で見れば、こういったオリジナルの製品を生産するシステムは存在しない。
クリストファー・コーヴェルという存在だけを見ると、もっと複雑な機構の製品があって然るべきと考えてしまうのは、元の世界での常識を持ち込むことに他ならないのだと、改めて思い至ることとなった。
「クリスはこの世界に来てどう思った?」
「私は君とは違う形でこちらに来た。気がつくと、ある商家の嫡男として存在していたのだよ。」
「···どういう意味だ?」
「私のこちらの世界での名前は、ステビア・イールリッヒだ。この大陸で五指に入るイールリッヒ商会の跡取りとして生まれたようだ。」
転生か···。
どうやら、クリスは俺とは違って、こちらの世界で実際に生をうけた存在のようだ。
5歳の時に突然記憶が戻り、自分が別の世界でクリストファー・コーヴェルとして生きていたことを思い出したとの事だが、容姿が以前と酷似しているのは皮肉としか言えない。
「最初は変な妄想にでもとらわれたのかと思ったよ。でも、知識がその裏付けとなった。」
「要するに、こちらの世界に生きるステビア・イールリッヒと、元の世界のクリストファー・コーヴェルの2つの記憶があるということか?」
「そうだ。おかげでそのような年齢から、周りは私のことを変人扱いしてくれたよ。この優れた頭脳を有する私に対して、失礼極まりないとは思わないかい?」
おまえは元の世界でも恐ろしいほどの変人だったと思うが···。
そういう思考にしかならなかったが、口には出さずにいた。
余計なことを言うと、ムキになって論破しようとしてくる癖を思い出したのだ。
「···天才は理解されにくいからな。」
「さすがエージェント・ワンだね。私のことを誰よりも理解してくれている。」
クリスがニヤリと笑みを見せてくるが、理解をしているのではなく、相手をするのが面倒だから大人の対応をしているとは言えなかった。
「イールリッヒ商会のことはどうしているんだ?」
「あれは規模は大きいが、普通の会社組織みたいなものだからね。経営云々は弟たちに任せて、私は好き勝手にしている。」
「もしかして、勘当でもされたということか?」
常識がなく、ある種の性格破綻者とも言えるのだから、まともに取り合ってもらえないのではないかと思った。
「まさか、そんな訳はないだろう。新しい技術開発のための援助を受けている。見返りに、その技術の独占をさせてあげているけどね。」
「王国に属していたのに、そんなことが可能なのか?」
「大きいとは言っても所詮は商会だから、開発できる技術の内容には制限が出るからね。商業用のものは商会に、軍事や公共的なものは王国にといったようになっている。」
元の世界でなら、国に属している者が民間に技術供与をするということは相当に難しい問題となる。
しかし、こちらの世界での常識を考えると、そういったことに関する慣習が大きく異なってしまうのだろう。
軍需産業と言っても、こちらの世界では武具や馬車の生産などでしかない。
民間に需要のあるものについては、商会などが供給すれば良いという概念なのかもしれなかった。
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