第九話 将棋沼への誘い
パチッ
本当に詰んでいるか何回か読み返す。
同桂は4四桂からいずれも簡単な詰み。問題は同玉だけど…
「同玉で詰まないんじゃないのか?」
パチッ
「まじか。それで…負けました。」
「ありがとうございました。」
3二金打に4三に逃げる手は4二金~5五金まで。同玉は4四桂からの詰み筋だ。自分でも発見した時は感動した手順。
「はぁ~、これでダブルスコアかよ。完全に実力負けだな。」
チャラ男先輩こと榎木先輩はそう言って近くにあったオレンジジュースに口を付ける。100%のやつだ。
「いえいえ、そんなことないですよ。たまたまです。」
俺はかわいい?後輩を演じる。この人とは少なくとも1年半付き合っていかないとなのだから、はなからギスギスした関係は御免だ。
「大会まで、あと少ししかないのにどうも調子が上がらねぇんだよなぁ」
そう、2週間弱にまで将棋指しの甲子園(受け売り)とも言われる「高校選手権」の県予選が近づいている。入部して早2週間程。何となく高校将棋界のカタチというものも分かってきた。
「ん? そういえばなんで今日お前ここにいるんだ? 先週、先々週は来なかったろ。」
部長から大事な話があるからって今日は来いって授業中にRINEを送ってきたアホはどこのどいつでしたっけね。まぁ、自分がちゃんと電源を切ってなかったのが悪いんだけど。
嫌味の一つでも言ってやろうかと思っていると、勢いよく戸が開けられる。
「ごめん、印刷に手間取っちゃって。みんな集まってる?」
棋匠大学附属高校将棋部部長竜ヶ崎圭がクリアファイル片手に入ってくる。
「1.2.3.4.5.6.7…全員居るね。」
全員居るといっても元々9人しかいないのだからわざわざ数える必要もない。3年2人 2年2人 1年5人。
「ほい。」
俺は榎木先輩に渡された紙に目を通す。これって…
「来週から始まるGW中の合宿についての案内だから同意書にサインして出してね。」
将棋部に合宿なんてあるんだ。こういうのって体育会系のみだと思ってたけど。
「何が悲しくて男9人でエアコンもない部屋で2日も将棋指さなきゃいけないのかねぇ」
参加用紙を団扇代わりに仰ぎながら榎木先輩が愚痴をこぼす。
ん?エアコンもない部屋ってもしかして…
「合宿ってここでやるんですか?」
思わず声を張り上げる。
「あれ、気づいちゃった?」
棋匠大附属高自体は最近出来たものだけれども、この別館に関しては何十年も前からあるものだ。どういう経緯でウチのものになったのかは知らないが、匂いはするしエアコンはないしととても生活できるような環境ではない。一泊二日でもだ。
「まぁ、慣れれば大丈夫でしょ。シャワールームもあるよ。」
そんなもの見たことないけど…
「もちろん、参加するよね?」
笑顔が怖い。
「いや、その..」
「なんだ、カノジョか?」
榎木先輩は黙ってて下さい。
「まぁ、そういうことで。早いうちに紙は出してね。質問があったら聞いて下さい。ない人は練習に戻って」
竜ヶ崎先輩は手をパンパンと鳴らす。
モヤモヤとした思いが残るが休む理由も思いつかない。GWは将棋漬けになりそうだ。