第八話 弾む帰り道
「最後のは酷かったね。あれは同桂の一手だよな。」先輩はそう言って局面を戻す。これが、感想戦。対局者同士でさっきの局面はああだとかこうだと検討を重ねる。
再び盤上に現れたのは、7二飛と回った局面。
「ここで…」
パチン、パチンと駒を空打ちしながら、二人で考える。
「8六歩の突き捨ては入れた?」
俺が慌てて振り返るとさっきの部長らしき人物が立っていた。
部長(?)は俺に一瞥をくれるとその視線をチャラ男先輩の方に移す。
「突き捨てを入れないと飛車が立ち往生しちゃうよね。」
「ああ…」チャラ男先輩の声に力がない。
「まさか大会でも同じことしないよね。」
「いや、大会では急戦は指さないから。」
俺はこの発言に少しムッとした。やっぱり1年だと思って甘く見られていたのか。
まぁ、勝ったから良いんだけど。
「そういう問題じゃないよね。適当に仕掛けて勝てるほど将棋は甘くないんだげど」
おお、結構厳しいこと言うんだな。自分がまぁまぁとなだめたくなるレベル。この人将棋ガチ勢って奴か?
部長(?)はチャラ男先輩に向けてた冷たい眼差しを再び自分に向ける。
一瞬目が合って思わず逸らしてしまった。何を言われるんだろうか、ビクビクする。
「君は結構早指しなんだね。」
ん? もっと考えて指せってことか。
「え、はい えーと」
俺は弁明しようと必死に考えるが中々浮かばない。
俺が慌てふためいてるいと
「その割には手が良く見えてる。」
賛辞とも取れる言葉を受けてちょっと嬉しい気持ち。
「この局面は研究済み?」
「いや、研究済みというか…」
そこからはまるで俺が何かの事件の容疑者への取調べのような質問攻め。
「将棋歴は何年か」
「誰に将棋を教わったのか」
「これ以外に何か戦法を指せるのか」
「どのくらい将棋の勉強をしているのか」…
俺は一つ一つ丁寧に答えていく。じいちゃんから将棋を教わり、この戦法以外得意な戦法はないこと、将棋の勉強なんて仕方すら知らない。
「なるほどね。」
納得してくれたようだ。多分。
先輩は近くにあった自分のリュックからボールペンと分厚いファイルを取り出し、そこから1枚の紙をスっと抜く。
「はい、これ書いて」
「何ですかこれ?」
「大会の申し込み書。名前と学校名、学年は必須事項で他は分からなかったら書かなくてもいいよ。」
た、大会!? いきなりすぎんか、そもそも勝てるのだろうか。他の先輩達は出られるのだろうか。 部長(?)は俺の考えてることすらも読み取った口振りで
「もともと参加人数が少ないからね。一校当たりの可能出場者数は他の運動部とかにも比べて多いから、中には初心者の子もいるよ。くじ運次第では良いところまでいける。」
さいですか… それだったら出ないっていう選択肢はないか。特に予定がある訳ではないのだから。俺は先輩に言われた通りに項目を埋めて渡す。
「...倉川小太郎君ね。よろしく」
自分の名前は竜ヶ崎圭で部長だと、チャラ男先輩は、榎木拓馬という名前だと教えてくれた。
先輩はこの後、どうする?と聞いてきたが、時計を見るともう6時を回っていた。今日のところは帰るとだけ伝えてRINEを交換し、部室を後にした。
外に出てみると意外と明るいことに驚いた。
せっかく新調したブレザーも少し暑苦しい
でも、今日は何だかロードバイクを漕ぐ足も軽い気がした。