第十話 合宿スタート!
「あっちぃ」
まだ、5月初旬の昼下がりだと言うのに太陽は容赦なく俺を照り付ける。
スーパーの中に入ると、ヒヤリとした空気が流れた。したたる汗を肩で拭い、ズボンのポケットからメモ用紙を取り出す。
「人使いの荒い人達だよ。まったく」
順に、カゴに入れていく最中に玄関の鍵を掛け忘れたことを思い出した。
母さんにあとで連絡しないと…
カゴ1個分山盛りに詰めたのをセルフレジに通し、スーパーを後にする。
幸いなことに本当の目的地へはここの近くだ。
部屋の中からは賑やかな話し声が聞こえてくる。少しくらい手伝おうという精神はないんですかね。
ピシャっといつもより強めに開けると、みんなの視線が自然と集まる。
「先輩、買ってきましたよ」
「おう、ありがとう。」
部長はいじってたスマホをテーブルに置いて、レジ袋の中身をあさりはじめる。
榎木先輩は…説明するまでもないか。既に、お気に入りの100%ジュースを手にしている。
部長は、コーラとスナック菓子を片手にレシートを出すよう俺に催促する。
「あとで、お金は渡すからね。」
「これ本当に経費になるんですか?」
「まぁ、何とかするよ。」
怪しい臭いしかしないが、大人しくレシートを渡す。俺は買い物を頼まれただけであって、部費には直接手を出してないもんね。
「小太郎くんも来たことだし、そろそろ始めるか。」
部長は、俺のことを小太郎くんと呼ぶ。最初は倉川君だったけど、呼びづらいのだろう。
「じゃあ、2日間の天国の始まりだよ!」
いぇーいという声がそこらから湧く。
そう、今日から1泊2日の将棋合宿が始まるのだ。世間はGWでワイワイ旅行に行ったり、遊んだりしていると言うのにこちとら将棋を指すだけなんて、ああ俺の青春…
そんな感傷に浸っている暇はないと言わんばかりに部長の話し声は進む。
「一応、リーグ表を2つ作ってきたから見てね。A.Bでレベル別に分けてあるから。」
どれどれと自分の名前を探す。
Aか。部長とはまだ指したことないけど、こうやって実力を認めて貰っているのは嬉しい事だ。
最初に当たる高柴先輩とは、話したことすらない。知っているのは2年ってことだけ。高柴先輩の方を見ると、思わず目が合いサッと逸らした。こういう時が一番気まずい。
対局の席に着くと、高柴先輩が駒を取り出す。こういう時に話し掛けるべきなのかそうではないのか勝手が分からない。
駒を並べ終わって、対局時計のスイッチを入れればもう臨戦態勢だ。
将棋での会話が始まる。