第一話 入部希望
春過ぎの放課後。俺は迷っていた。
「結局、何部にするの?」
「いや、まだ決まってないんだ。」
「いい加減、ヤバいよ。」
「だね。」
と、入学して一番最初にできた友達?(ただ席が隣だっただけ)に半ばクギを刺される形で言われた。そう、俺は入る部活が決まっていないのだ。高校生活の醍醐味とも言える部活がだ。
候補は二つ、テニスと美術。 テニスは小学生と中学生の時に全日本Jr.にも出たことがある。実績付き部内でも戦力として活躍できるだろう。
美術はただ単に興味があるってだけ。ぶっちゃけて言うとテニスの体育会系の縦社会に疲れてしまったというのもある。コーチも厳しいし高校で勉強の時間を削ってまで打ち込む気にはなれない。
ここはY梨県内屈指の学力を誇る棋匠大附属高。国立の附属校でつい30年ほど前に設立されたばかりだが、中学校の成績トップがあつまる高校。「文武両道」を掲げているが何もかもなんてものは存在しない。部活に入っている生徒がほとんどだが、他の学校に比べて文化部が多い。スポーツなんてやるのは推薦で入ってきたか他の学校の女子にモテたいやつ。頭も良くて運動もできる国立の附属高というオマケつき。まぁ、自分も推薦組だからあまり大きな声では言えない。でも、この学校自体は好きだ。校則は緩いし校舎はきれい、おばちゃんのつくる学食もめっちゃ美味い。まるで私立校みたいだが唯一不満なのは男子校ということ。今現在女子に飢えてる。
「今日も検討してみるよ。」
そう言い残して俺は教室を後にした。向かうは部活動の紹介ボード。
「えっとー、今日体験入部をしているのは…」
ふと、今までは貼っていなかった一つのポスターに目がいった。
「将棋部か…」
他の華やかなポスターに比べ、すごい地味だ。こんなので人が入ってくるのかっていう感じ。普通の人だったら目にも留まらないが俺はちょっと違った。
「行ってみようかな。」
将棋はじいちゃんとよく指した。じいちゃんは結構強くて今まで一回も勝てていない。小学生の時は毎週土曜になると2キロ離れたじいちゃんの家まで自転車を飛ばして指しに行ったものだ。中学になったら部活で忙しくてめっきり行くことはなくなった。最後に指したのはいつだったろうか。確かその後すぐにじいちゃんは腎臓の病気で入院してしまった。
行こうかどうか迷ったが幸いにもこの後予定はなく、「部活」に所属しているという形だけでもはやく決めたかった俺の足はすぐに部室のある方へ向かっていた。
戸の前に立つと変な緊張感がある。ここは、学校内で唯一の和室がある別館である。本館と別館は築年数は同じだが明らかにこっちの方が古い気がする。中からはパチパチという駒音が聞こえてくる。恐る恐る引き戸をスライドさせた。「キイッ」という鈍い音と共に一面畳張りの部屋にいくつもの将棋盤と駒が並べてある。
「こんにちは。」
俺が入った瞬間、全員が振り返る。
「すみません、体験入部に来たのですが…」
すると、一番奥に座っていた眼鏡を掛けた人が立ち上がった。
「いらっしゃい。」