表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/27

06話『遺書の行方』

 翌朝、午前四時。

 まだ朝早いというのに、頭は冴えていた。

 緊張している、というのもあるのだろう。学院の寮で目を覚した俺は、食堂がまだ開いていないため、昨夜の内に用意していた簡単な朝食を部屋で取った。パン数枚を咀嚼し、水で咽喉を潤した後、着替える。


「目立ちそうだが、これしかないな」


 レイゼンベルグ魔術学院の学生服は、防護性に優れている。伊達に騎士の進路を勧めているわけではない。いざという時、例え学院の生徒であろうと、騎士のような活躍が出来るようにと装備品にも配慮されている。今まではその有り難みを全く感じていなかったが、今日でその認識を改める。

 壁に立てかけている二本の剣の内、あまり汚れていない左側の方を腰に佩いた。

 学院で使う、刃引きされた方ではない。外でも使える、真剣の方だ。


「あとは、こいつだな」


 机の上に置いた遺書を手に取る。

 昨晩の内に認めたものだ。遺書なんてこれまで読んだことはないし、勿論、作ったこともないので、かなり苦労したが、どうにか纏めることが出来た。


 ――問題は、誰に預ければいいかという点である。


 別に机の上にでも置いていたら良いのではと思うが、昨日、すれ違いざまに声を掛けてきた男は、遺書を人に預けるよう告げていた。確かに、人に預けた方が迅速な対応が可能だ。それに偽造の疑惑も弱まるだろう。


「テッドとケイルは……絶対、本気にしないだろうし。となると、やっぱりグレンか」


 落ちこぼれ三人衆の他二人を候補から外す。

 あまり気は進まないが、グレンに渡すことにした。ラクシャは色々と怖いので最初から候補ではない。

 態々、会って渡す必要はない。まだ午前四時だ。グレンも起きていないだろう。寮の部屋番号は知っているので、遺書は扉の下にでも滑り込ませればいい。


 部屋を出て、寮の階段を降りる。

 その寸前、俺の前に、一人の人物が立ち塞がった。


「何処に行くんだ」


 真っ赤な髪をした少年が、眠気を感じさせない、鋭い目つきで俺を睨む。


「……グレンか」


 動揺を押し殺してその名を呼んだ。

 内心、とても驚いている。まるで待ち伏せしていたかのようだ。

 グレンは視線を下から上へと巡らせ、俺の格好を確認した。実習で使う動きやすい靴に、刃引きしていない剣。どう見ても、散歩に出る姿ではない。だがグレンは、一切質問することなく、踵を返した。


「外、出るんだろ? 歩きながらでいいから、ちょっと話せよ」


 グレンの態度に首を傾げながらも、俺は言う通りにした。

 共に学生寮を出る。肌寒い風が吹き抜けた後、グレンは小さな声で尋ねてきた。


「なあシオン。俺を恨んでいるか?」

「……なんだよ急に」

「お前にこの学院を勧めたのは、俺とラクシャだからな」


 もう何年も前の話だ。

 俺とグレンとラクシャの三人は、王都とは離れた、小さな田舎町で育った。だが、途中でグレンとラクシャの提案により、三人揃って王都のレイゼンベルグ魔術学院に通うことにしたのだ。

 入学したのは初等部の後半からだ。もう五年近く前になる。


「別に恨んではいない。少なくとも、あの時の俺は、二人の提案が正しいと思っていた」


 本心を告げる。

 俺は続けて、あの時のことを思い出しながら言った。


「『サイハテに行くには仲間がいる。その仲間を集めるために、魔術学院は有効だ。ここなら、強い奴や、知識を持つ人も沢山いるだろうから』……グレンとラクシャの、その提案を聞いて、俺がこの学院に入学したのは確かだ。だからまあ、判断を失敗したのは俺の責任だろ」

「……失敗か」

「失敗だ。ここに俺の求めているものは何一つ無かった。仲間も知識も手に入らない。ここで手に入るものは、慎ましく生きるための術ばかりだ」


 右側に見える学院校舎を一瞥した。

 伊達に王立ではない。豪勢で見栄えのいい校舎だ。

 しかし、その中に、俺の欲しいものは何もなかった。


「おまけに、絶対に裏切らないと思っていた幼馴染みたちにも、あっさり裏切られるしな」


 自嘲気味に告げる。


「グレンは……卑怯だ。なんで、俺だけが大口叩きビッグマウスと呼ばれるんだ。……昔は、俺と、お前と、ラクシャ。三人揃って、大口叩きだった筈だ。三人で一緒に冒険者になって、そしてサイハテを目指すって、何度も口にしていただろ」

「俺とラクシャは大人になったんだよ。お前と違ってな」

「あっそ」


 微塵も信用できない台詞を吐かれる。

 適当に返事をした俺に、グレンは神妙な面持ちで口を開いた。


「なあ、シオン。慎ましく生きるのが嫌なら、騎士にでもなればいいじゃねぇか。騎士の仕事は派手で面白そうだぜ。魔物の討伐や、犯罪者の取り締まり。強さがモノを言う実力主義の世界だ。評判もいいから嫁にも困らない。お前みたいな地味な奴でも、騎士になりさえすれば、あっという間に所帯を持てるぞ」

「余計なお世話だ」

「騎士の何が悪い。俺も、こんな腕をしてなければ、今頃はきっと騎士を目指していたぜ」

「……嘘つけ」


 俺には分かる。――他の誰もが気づかなくても、俺だけは気づく。

 グレンの言葉は何一つ本心ではない。

 その証拠を得るべく、俺はグレンに問いかけた。


「グレン。いい加減に教えてくれよ。お前、中等部の頃、何してたんだ」


 押し黙る幼馴染みに、俺は言葉を止めなかった。


「初等部を卒業して、中等部に進学したと同時に、お前は殆ど学院に来なくなった。最長で一年も休むことがあった。俺とラクシャは、その間、気が気でなかったんだぞ。お前に何かあったんじゃないかと思って。それで、漸く帰ってきたと思ったら……お前は、片腕を失っていた」


 気がつけば、幼馴染みが隻腕となっていたのだ。

 あの時の衝撃は忘れられない。


「なあ、グレン。その腕、何処に置いてきたんだよ。お前は俺の知らないところで、一体、何をしていたんだ」


 そこに答えがあると俺は確信していた。

 その答えこそがグレンの本心であると信じて疑わなかった。

 だからこそ、グレンもまた、頑なに語ろうとしないのだろう。


「シオン。腕を失った俺が、これからどんな人生を歩むか分かるか?」


 グレンが言った。


「五体満足でなければ、騎士にはなれねぇ。見た目が悪ぃから、客商売もできねぇ。器用さが求められる物作りにも携われねぇし、力仕事も無理だ。名門と言われるレイゼンベルグ魔術学院を卒業したところで、俺にはもう、限られた未来しか残ってねぇんだ」


 言葉の節々に、後悔の念が滲んでいる。

 それは、きっと本心なのだろう。


「冒険者になるってことは、そういうことだ。あまり夢ばかり見ていると、現実に嫌われるぞ」


 そう言って、グレンは視線を遠くへ向けた。

 それが――大人になった、ということなのだろうか。

 夢を捨て、現実を見る。多くの者がそれを選択しているのは分かる。


「……それでも俺は、冒険に命を賭けたい」


 口からこぼれ落ちた言葉に、グレンは驚かなかった。

 グレンは、俺が子供の頃の夢を、追い続けていることを知っている。


「確信があるんだ。俺は、このまま普通に暮らし続けても絶対に満足しない。騎士になれたとしても、お前の勧めてくれた劇作家になれたとしても、多分、ずっと退屈を感じながら、生きる羽目になると思う」

「それはお前だけじゃない。皆、同じだ。皆そうやって生きている」

「でも俺は、それが嫌なんだ。皆と同じじゃないんだ。俺は皆のように、退屈に耐えられない」


 言葉を紡ぎながら、己の決意が固まっていくのを感じる。

 グレンは俺を引き留めたかったのかもしれない。だが、逆効果だった。

 話して、分かった。やはり俺の目指す道は一つしかない。


「現実に嫌われる? ――上等だ。代わりに俺は、永遠に夢を見てやる!」


 馬鹿みたいな言葉を告げる。

 目を丸めるグレンに、俺はポケットから一枚の封書を取り出した。


「というわけで、グレン。これ持っといてくれ」

「なんだよ、これ」

「今晩までに俺が帰ってこなければ開けてくれ。それまでは絶対に見るなよ」


 そう言って、俺は校門の方へ向かった。


「シオン!」


 後方から、グレンが大きな声で呼びかける。


「これだけは覚えとけ! 例えお前が現実から嫌われても、お前のことを好きな人間は、何人かいるんだぜ!」

「……そこはせめて、沢山いると言ってくれよ」


 どうせ俺は嫌われ者だ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ