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05話『冒険者ギルド』

 ローネイル王国最大の都市、王都テレジアには冒険者ギルドの本部がある。

 魔術学院から抜け出した俺は、石畳を早足で進み、城下町を真っ直ぐ降りた。

 振り返り、王都の中心に聳える王城を一瞥する。テレジアは円形の城塞都市だ。内部には入り組んだ地区もあるが、長く住んでいる者は、その場から見える王城との距離・角度を利用して、現在地を割り出せる。


 ギルドに行くのは久々だ。少し迷いながらも漸く辿り着く。

 木造の、やや年季の入ったその建物へ、足を踏み入れた。


「あれ? こんな時間なのに学院の生徒が――って、シオン君?」


 古めかしい扉を開けるや否や、丁度、フロントを清掃していたらしい受付嬢の一人がこちらに気づく。薄紅色の髪をしたその女性に、俺は微笑して会釈した。


「エミリィさん、久しぶりです」

「ええ、久しぶり。えっと、三ヶ月ぶり?」

「四ヶ月ぶりですよ」

「あれ、もうそんなに経ったんだ。時が経つのは早いなぁ」


 過去を懐かしむ老人のような表情を浮かべてエミリィさんは言う。歳の差は一、二しかない筈だが、こうして会話しながらもテキパキと仕事を進めるその手際よさからは、豊富な人生経験が窺えた。


「あ、シオン君がいない間に、また新しい本を入荷したよ。今回のはね、迷宮で採れる薬草の図鑑と、魔物素材の効率的な剥ぎ取り方について」

「薬草の図鑑は前からありませんでしたっけ?」

「今回入荷したのは、西大陸の薬草に関する図鑑だね。ほら、何年か前に西の方で、伝説の霊薬が調合されたって話が出たじゃない? あれの影響で、最近は色んな人が西の薬草に注目しているみたい。薬草の中には、迷宮とか、樹海の奥地とかに生えているのもあるから、今後は冒険者に採取が任されるかもって話」

「でも霊薬って、あんまり需要がないって話じゃありませんでした? 確かあれって、元々西大陸の冒険者が即席で作った応急処置用の薬で……即席の割には効果が高いだけで、環境が整っているなら、普通に治療した方が早いって聞いたことあるんですけど」

「そうなんだよねぇ! お国のお偉いさんはさぁ、それを知らないんだよねぇ!」


 エミリィさんと会話しながら、俺は、心がどこか暖まっていることに気づいた。


 ――やっぱり、楽しいな。


 冒険のことを話すのは、とても楽しい。

 このまま何時間でも話せそうだ。


「ところでシオン君、学院は? この時間ってまだ授業あるよね?」

「抜け出しました」

「えぇ!? ちょ、ちょっと! なんでそんな急に……」

「いやぁ。やっぱり学院の空気は肌に合わなくて」

「うーん……まあ、初等部の頃から、ずっとそう言ってたもんねぇ」


 エミリィさんに奥へ入るよう促され、ギルドの中に入る。

 紙が貼り付けられた掲示板が複数並び、その間を冒険者たちが行き交っていた。


 歩く度に床板が軋む。その音を、テーブルについた男衆の声が掻き消した。

 ギルドには酒場が併設されている。喧しい声の大半は、酒場の方から聞こえていた。認めたくはないが、冒険者の活躍が下火となった今もギルドに賑わいが満ちているのは、酒場の影響が大きいだろう。本来なら、仕事終わりの一杯のために存在した酒場だが、今ではそれを目的にギルドへ訪れる者も多い。


 冒険者ギルドは、二つの役割を持つ施設だ。

 一つは冒険者の互助。冒険者たちの情報交換や交流の場所として利用できる。

 そしてもう一つが、依頼の仲介だ。冒険者ギルドには、街の住人たちから様々な依頼が寄せられる。この依頼を、ギルドに登録している冒険者が受注することで、仕事が成立するのだ。ギルドは依頼の仲介料などで成り立っている。


 冒険者という職業の定義は曖昧だが、一般的には、冒険者ギルドに冒険者として登録した者のことを指す。つまり、このギルドに登録するだけで、俺は晴れて冒険者デビューとなる。

 だが、俺は登録していない。レイゼンベルグ王立魔術学院の規則として、学院の高等部を卒業するまでは冒険者ギルドに登録できないのだ。学院曰く「生徒に危険が及ぶため」とのことだ。あまりにもざっくりとした理由だが、これに抗議の声が上がらないのは、誰も冒険者を志してなどいないからだろう。


 ギルドに足を運んでも、登録はできない。だから依頼も請けられない。

 そんな、ただの邪魔な置物と化すしかない俺の相手を、エミリィさんはよく受け持ってくれていた。理由は分からない。単純に、気が合うからだろうか。


 カウンター前の椅子に腰を下ろした俺に、エミリィさんは水の入ったグラスを手渡してきた。礼を言い、グラスを傾ける俺に対し、エミリィさんが微笑する。


「ここ暫く顔を見せに来なかったから、てっきりシオン君は、もう冒険者に興味が無くなったんだと思ってたよ」

「そんなことは絶対にありません。断言します」

「断言されても困るなぁ」


 本当に困った様子で、エミリィさんは言った。


「シオン君が冒険者になりたいのは知っているけど。ここで働く私としては、あんまりお勧めできない進路なんだよね」


 そう言って、エミリィさんは視線をギルドの入り口へ移した。

 丁度、新たな来訪者が扉を開けたところだった。その先にいるのは、複数の男女だ。いずれも二十代前半の若い者であり、そしていずれも傷だらけだった。ギルドの職員が慌てて彼らに駆け寄り、様態を確認する。だが、ギルドにいる他の者たちは、殆どが無関心だった。


「冒険者をやっている以上、ああいうのは必ず出てくるし」


 騎士に仕事を奪われたことで、冒険者の仕事は限られている。

 冒険者ギルドに届けられる依頼は、国の治安とは無関係な仕事ばかりだ。その中でも特に多いのが、ペットの捜索や土木作業の手伝いなど、単なる労働力の派遣である。次いで多いのが、要人の護衛や素材の採取、安全の確保である。冒険者ギルドに届くそれらの依頼は、大抵、国に有用性を認められなかった――つまり騎士を動かすに値しないと判断された――個人的で、利己的なものである。


 総じて、今の冒険者は、ただの便利屋に成り下がっていると言えるだろう。

 依頼の中には、騎士が匙を投げるレベルのものも幾つかあり、それらは治安維持に関わりがないからと言って、冒険者ギルドに降ってくる。治安維持に関わりが無くとも、誰かが困っているから依頼が届くのだ。

 お世辞にも一般的な教養を持つとは言えない冒険者たちだが、山で薬草を採取する程度の簡単な仕事では、明日の食事もままならない。だから、無茶は承知で危険な仕事に挑むこともある。その結果、起きるのが、冒険者の負傷だ。


「そして、彼らの行き着く先が――」


 負傷した冒険者たちから視線を移すエミリィさん。


「――あれ」


 彼女の視線の先には、酒場で荒れる男たちがいた。

 よく見れば、片腕が欠損している者や、顔に大きな火傷がある者もいる。

 酒の入ったグラスを傾ける隻腕の男の姿が、幼馴染みであるグレンの姿と重なった。

 彼らは、自棄になっていた。仕事に失敗し、今後の活動に支障を来したのだろう。彼らは明日の不安を安酒で紛らわしている。


「騎士が優遇される一方で、冒険者の仕事はどんどん割に合わなくなっているからね。安い金で動く、街の何でも屋みたいになってるのが現状かな。偶に、魔物討伐みたいな大型の依頼も来るけれど、それだって騎士のお零れを貰っているような状態だし。だから、ああいう風に荒れちゃう人も結構いる。そりゃあそうだよね。皆、冒険がしたいから冒険者になったのに、いざ冒険しようと思ったら誰も出資してくれないんだもん。今の時代……というかこの国では、冒険の価値が認められてない。だから活動費を稼ぐためにも一苦労する。無理して稼ごうとしたら――大きな怪我を負ってしまう」


 一拍おいて、エミリィさんは続けた。


「あれはあれで、冒険に対して一途な証拠なんだけどね。冒険がしたいから、ふて腐れているんだよ。……シオン君が冒険者になるのは、まあ今までの態度から、自然な流れだと思うし、私もちょっと嬉しいよ。でも怖いとも思う。だってシオン君がああなっちゃたら、流石のお姉さんも他人事とは思えない」

「……応援か心配、どちらかにしてくださいよ」

「無理だよ~。何年も前から面倒見てきてるし。愛着があるんだよ~。うりうり~」

「わ、ちょっと。止めてください」


 人差し指で額を押してくるエミリィさんに抗議の声を上げる。

 いつまでも子供扱いしないで欲しい。

 明るい表情を浮かべるエミリィさんを見ていると、ふと疑問が湧いた。


「エミリィさんは、どうして冒険者ギルドで働いているんですか?」


 彼女は、冒険者が冷遇されているこの状況を、常に近い位置で見ている筈なのだ。それなのにどうして、いつまでもギルドで働き続けているのだろう。

 エミリィさんは、薄らと笑みを浮かべて口を開いた。


「うーん、そうだなぁ。……ねえ、知ってる? 冒険者の負傷率って、実は騎士が台頭する前後で殆ど変わらないんだよ?」


 質問を質問で返される。


「それは……ああいう人たちがいるのは、騎士のせいではないってことですか?」

「そう。じゃあ、なんで冒険者が怪我するか分かる?」


 エミリィさんの問いに、俺は暫し考え、そして答えた。


「そうしなくちゃ、手に入らないものがあるからです」

「正解。……流石だね。うん、ほんとに流石。やっぱりシオン君は冒険者に向いている」


 どこか、自分の判断は正しかったと言い聞かせるかのようにエミリィさんが言う。


「腕や足を無くして。失明したり、声が出せなくなったり。そうまでして、彼らは何かを求めている。それが何なのか分からない癖に、彼らは絶対に足を止めない。多分、ここまで全力で命を燃やせるのは、冒険者の特権だと思うんだよね。今も昔も、それだけは変わってないと思う。……私がここで働いているのは、そんな強い志しを持つ人たちを、見ていたいからかな。ああいう人たちは、ここでしか見られないから」


 慈愛の中に、確固たる意思を含んで、エミリィさんが語った。

 ギルドの職員である彼女ならばこその考えだ。

 俺は、彼女の意見に感激した。


「俺も……俺も、そう思います!」


 拳を振り上げ、彼女へ同意する意思を伝える。


「あはは。ありがと」

「やっぱり冒険者は最高ですよね、間違いない。ああ、くそっ、俺も早く色んなところを冒険してみたいのに……本当に、学院辞めるか。別に迷う必要ないよな……」

「待って待って。ちょっと暴走してない? シオン君、一端落ち着こうか」


 若干、不安な顔をするエミリィさん。

 その様子に俺は、ギルドへ訪れた本来の目的を思い出した。


「そう言えばエミリーさん。今日ここに来たのは、有名な冒険者のチームがここにいるって話を聞いて――」


 そう言ったところで、違和感に気づいた。

 あれだけ喧噪に満ちていたギルドが、途端に静まりかえったのだ。


「なんだ、てめぇも同じ口か」


 酒場で盛り上がっていた男が、声を掛けてきた。

 短く切り揃えられた土色の短髪と、筋骨隆々な体格。如何にも冒険者然とした男だ。


「てめぇも、噂を聞いてここに来たんだろ?」

「……そうですけど」

「今ギルドにいる連中は、皆、それが目的だぜ」


 なぁ? と男は周囲にいる冒険者たちに呼びかける。

 その通りだと、多くの者が首を縦に振った。


「ここに来ているのは、どんなチームなんですか?」


 問いかけると、男は神妙な面持ちで答えた。


「ガーベラだ」


 その答えを聞いて、俺は呆然とする。


「ガーベラ……まさかあの、伝説のチームですか?」


 恐る恐る尋ねる俺に、男は首を縦に振った。


 ――当たりだ。


 チームガーベラ。それは世界最強と呼び声が高い、伝説の冒険者集団の名だ。

 三年前、突如として現われたそのパーティは、瞬く間に頭角を現わし、極めて優秀な冒険者として名を轟かせた。構成員個々の実力が非常に高く、最低でも、この国の近衛騎士に匹敵すると言われている。世界にその名を轟かせる彼らの偉業は数知れず。未踏の地へ踏み込んだ経験も豊富であり、多くの実績がある。


 ガーベラを超える冒険者の集まりは、世界中を探しても、見つからないだろう。

 そんな集団が、この瞬間、この場に訪れているなんて、運が良いどころの話ではない。


 ――天命。


 運命を感じた。

 この機を逃すわけにはいかない。


「ど、どこにいるんですか!? できれば、お会いしたいのですが――」

「分からん」


 すかさず返ってきた男の言葉は、浮き足立っていた俺に、理解不能な記号として届いた。

 呆然とする俺に、男が説明する。


「ガーベラは構成員が全員、正体不明のパーティだ。活動時は常に仮面と外套を装着しているから、誰も素顔を知らねぇんだよ」


 そう言えば、そうだった。

 ガーベラの構成員は皆、正体不明だ。これでは誰がガーベラなのか分からない。


「だから俺たちは、結構前からここで見張ってたんだ。普段と違う面子がいたら、そいつがガーベラってことだからな。でも、今んところ、ここにいるのは顔見知りの連中ばかりだぜ。――――お前を除いてな」


 男が獰猛な笑みを浮かべ、俺を見据える。

 拙い。なんだか――変な誤解をされているようだ。

 俺がここに来たのは四ヶ月ぶりだ。それ以前も何度かギルドには通っていたが、冒険者として登録はしていないので、あまり他の冒険者と声を交わすことがなかった。それが、誤解を招く要因となってるのかもしれない。


「おい坊主。まさか、お前がガーベラか?」

「い、いや、それは――」


 慌てて否定しようとした。

 だが、それよりも早く声を発す者がいる。


「そいつはねーよ」


 カウンターの奥に座る、細身の男が言った。

 俺は彼のことを知らない。だが彼は俺のことを、知っているようだ。


「そいつは何年も前からうちに顔を見せている。頻度が少ねぇから目立ってないだけだ。大体いつも、そこで水を飲みながら、エミリィさんと話してるだけだぜ。依頼を請けたところは見たことねーから、多分、ギルドに登録してないんだろ」

「へぇ……だが、その頻度はちょいと怪しいなぁ」

「絶対に違うさ」


 細身の男が、こちらを見下すような顔を浮かべる。

 その表情は、学院の生徒たちが俺に向けるものと、全く同じだった。


「偶々聞こえちまったもんだから、覚えていたんだけどよ。――そいつ、薄人だぜ」


 男が告げた後、ギルド全体に嫌な沈黙が生まれた。

 誰もが目を丸めて呆ける中、一人が小さく吹き出す。直後、冒険者たちは一斉に笑い出した。


「おいおい! 薄人って、マジかよ!?」

「ははは! 嘘だろおい! 薄人のくせに、ガーベラに入ろうってか!」

「お前みたいな奴、誰が仲間に入れるってんだ!」


 冒険者たちが好き勝手に言う。土色の髪をした男も、派手に笑っていた。


「ちょっと! 幾ら何でも、酷すぎますよ!」


 カウンターの向こうでエミリィさんが怒号を上げる。

 だが誰も笑いを止めない。


「おう坊主、さっさと帰りな。てめぇじゃ冒険者は無理だぜ」

「そうだ。この身の程知らず!」


 蔑む声が聞こえる。

 薄人は風当たりが強い。だからこういう扱いには慣れている。それでも、少しずつ腹が立ってきた。今日は学院でも似たような仕打ちを受けているため、流石に堪忍袋の緒が切れそうだ。


「身の程知らずは、ここにいる全員だがな」


 その時。一人の男が、俺たちの間に割り込んだ。

 灰色の外套に真っ白な仮面。得体の知れないその男に、冒険者たちは眉を潜める。


「誰だ、てめぇ」

「誰だと思う?」


 多くの警戒心を向けられる中、外套の男は悠然とした態度を崩さなかった。


「待て。その仮面に、灰色の外套……まさか、『死の銀灰』か?」


 冒険者の一人が、ある可能性に思い至る。

 外套の男は否定しなかった。


 『死の銀灰』。その二つ名には俺も聞き覚えがある。

 冒険者に限らず、あらゆる分野において、一際優秀な人材には、その道の権威から二つ名が与えられることが多い。伝説の冒険者集団と呼ばれるチームガーベラのメンバーは、全員が二つ名を持っている。


 『死の銀灰』は、その内の一人。

 もし、目の前の男が、『死の銀灰』だとしたら――この男は、ガーベラの一員だ。


「『死の銀灰』って、確か、ガーベラの一員だよな」

「嘘だろ。じゃあ、アンタが……」


 喧噪が徐々に大きくなる。

 次の瞬間――冒険者たちは、我先にと声を張り上げた。


「お、おい! 人手が足りねぇってんなら、俺を仲間に入れてくれねぇか!?」

「そいつよりも俺の方が強いぜ! 冒険の実績もある!」

「ま、魔術に自信があります! よければ私を貴方たちの仲間に――」

「罠関係の知識なら誰にも負けねぇぞ」

「いっそ何でもするから、ガーベラに入れてくれ!」

「足を舐めます!」

「靴も舐めます!」

「全部舐めます!」


 壮絶なアピール合戦が始まる。正気を保っていない者も多い。

 ギルドの喧噪は過去最大級となった。


「……なんだこれ」


 一転した空気に、呆然としつつ呟く。

 そんな俺の傍にエミリィさんが歩み寄り、困った笑みを浮かべた。


「ね? 言ったでしょ。彼らは皆、冒険に飢えてるんだって」


 どこか得意気に言うエミリィさんに、俺は小さく頷いた。

 伝説の冒険者集団、チームガーベラ。その一人である『死の銀灰』は、緩やかに片手を持ち上げ、その喧噪を止める。


「ならば問おう。見果てぬ地を目指す者たちよ。お前たちは、何処に行きたい」


 その問いに、冒険者たちはすぐには答えられなかった。


「何処? 何処って、言われても……」

「俺たちは、冒険者だろ。冒険すること自体が……」


 明確な解が導き出せず、冒険者たちは狼狽する。

 外套の男が、小さく、溜息を吐いたような気がした。


「そこの少年」


 外套の男がこちらを見る。――こちらを見ている?

 どうやら今、男は俺に声を掛けたらしい。


「え、あ、はい!!」

「魔術学院の生徒が、何故、冒険者を目指す」

「え?」


 不意に訪れた質問に、思わず訊き返した。


「冒険者とは、学のない人間が寿命と引き換えに渋々なるものだ。選択肢を持つ人間が目指すべきものではない」


 冷めた目つきだった。決して、試されているわけではない。男はきっと本心から告げていた。――しかし、ならば何故だろう。冒険者であるその男には、どこか冒険者であることを誇らしく思っているような姿勢も窺えた。


「そんなことは、ありません」


 その誇りは、目の前の男だけが持っているわけではない。


「世の中には、冒険者でしか手に入らないものも、あると思います」

「……そうか」


 男が、暫し間を置いてから相槌を打つ。 


「なら、それは何処にある」


 男が、仮面の向こうにある静かな双眸をこちらに向けた。


 ――サイハテ。


 その言葉を、俺は咄嗟に、反射的に飲み込んだ。

 脳裏を過ぎるのは、今朝のこと。テッドとケイル、二人の悪友に笑われた光景だ。


 ――言えば馬鹿にされる。


 これまで、幾度となく馬鹿にされてきた。

 また馬鹿にされたらどうする? 周囲の冒険者たちは絶対に笑うぞ? また居場所を失うぞ?

 伝説のチームである、ガーベラの人間にすら、馬鹿にされたら?


 大口叩き(ビッグマウス)

 そうやって馬鹿にされるのは、もう、うんざりだ。


「……わ、分かりません」


 自身の中にある確かな答えは告げられなかった。かと言って変わりの答えも思い浮かばなかったため、俺は情けない言葉を述べた。


「……見込み違いか」


 目の前で、男が溜息を吐いたのが分かった。


「ところで、お前。珍しい髪の色をしてるな。遺伝か?」


 不意に、男が問いかけてきた。

 男は俺の、灰色の髪を見ている。


「いえ、両親はどちらも黒髪でした。何故か俺だけ、この色です」

「そうか。…………無造作に抜き取られたのか。よくそれで生き延びたな」


 相槌を打った男は、その後、小さく呟いた。

 その呟きは、半分ほど聞こえたが、意味が分からなかった。


「ははははっ! よく生き延びた、だってよ!」

「薄人が冒険者の真似事すんなよ! 早死にしても知らねぇぞ!」


 周りの冒険者たちが騒ぎ立てる。

 だが俺には、目の前の外套の男が、俺を馬鹿にしたようには思えなかった。

 それから一言も発さなくなった外套の男を、まじまじと見据える。

 男も何故か、こちらを睨み続けていた。


「こらこら、何の騒ぎだい」


 その時。階段の上から一人の男が降りてくる。

 長くとも短くともない真っ黒な髪をした、細身で背の高い男だった。肌の色は白く、一見すれば脆弱に見えなくもない。だが冒険者たちは、男の発言と同時に口を閉ざし、歩み寄ってくるその様を無言で見届ける。


「ギ、ギルドマスター」

「やあ、エミリィ。いつも受付の仕事、ご苦労様」


 声を発したエミリィに、男は優しく微笑む。

 ギルドマスター。その肩書き持つこの男は、つまりここ冒険者ギルドの長である。ここに登録している冒険者は、当然、その顔を知っていた。普段はデスクワークが基本で中々、表に出ないため、久々にその顔を見た人も多いだろう。俺もその一人だ。

 マスターは、一室の中心にいる外套の男を見据えた。


「君は……『死の銀灰』か」

「……邪魔をしたな」


 そう言って、外套の男がギルドを出る。

 呆然と硬直する冒険者一同たちに、マスターは手を叩いて、意識を覚醒させた。


「騒ぎの元は去ったみたいだし、取り敢えず落ち着こうか。いつも言っているけれど、馬鹿騒ぎは隣の酒場でやるようにね。ここには一般の客も来るんだから。あんまり評判を悪くして依頼の数が減ると、君たち自身の首を絞める羽目になるよ」


 マスターの言葉に冒険者たちが反省する。

 それから、マスターはこちらに視線を配った。


「シオン君じゃないか。久しぶりだね」

「あ、はい。お久しぶりです。……俺のこと、覚えてるんですか」

「うちのエミリィのお気に入りだからね、覚えてるよ。子供の頃はよくここで、色んな本を読み漁っていたよね。……僕としては、いつになったら冒険者登録をしてくれるのか、楽しみに待っているんだけれど。まだ掛かりそうかな?」


 マスターの優しげな瞳に見据えられ、心が揺らいだ。


 ――いっそ、登録してしまうか?


 レイゼンベルグ魔術学院は、生徒が冒険者に登録することを認めていない。これを破れば退学処分とされているが……もう、別にいいのではないか?

 どうせ、学院に俺の居場所はない。


「ちょっと、マスター。シオン君はまだ学生ですよ」

「ああ、そう言えばそうだっけ」


 逡巡する俺の傍で、エミリィさんが指摘する。

 同時に、渦巻いていた思考は途絶した。


「シオン君も、今日はもう帰った方が良いよ」


 エミリィさんに言われる。

 そう言えば、俺は何をしに、ここへ来たんだっけ。――ああ、そうだ。ガーベラの仲間になりたくて、ここに来たんだ。だがガーベラの一員と思しき男は、既にここを去った。なら、もう用はない。

 もう意味はない。

 そうだ。俺は、またひとつ、機会を失ってしまったのだ。


「……そうですね。失礼します」


 失敗した。

 自分が重大な機会を喪失したと、強く実感できた。


 ――また、振り出しか。


 ギルドの扉を開き、外に出る。

 後悔と、情けなさに心を苛まれながら、俺は石畳の上を歩いた。


 雑踏に紛れ、学院に向かう。

 その最中、一人の男とすれ違った。


「明朝、午前五時。遺書を(したた)め、人に預けた後、ワーニマの迷宮へ来い」


 それは確かに、俺に向けて告げられた声だった。

 慌てて振り返る。だがそこには雑踏があるだけだった。

 誰が声を掛けたのか。何の意図があるのか。

 告げられた言葉を頭の中で半数する。


 ――遺書か。


 つまり、死ぬかもしれないということだ。


「……上等だ」


 この現状を覆してくれるなら、死ぬ気にだって、なってみせる。

 





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