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04話『サイハテ』

 保健室で二人の幼馴染みと会話して、暫く。

 二人が教室に戻った後、俺もまた、自身の所属する教室に――戻らなかった。


「やってらんねぇ」


 ささくれ立つ心を落ち着かせるためにも、俺は教室に直行せず、学院の中庭や廊下をあてもなく彷徨っていた。気がつけば授業は終わっていたらしく、学院は昼休みを迎えている。保健室を出たばかりの俺は、生徒たちが殺到するよりも一足先に売店に向かい、安いパンを購入した。


「学院、辞めるかなぁ」


 模擬戦で「退学しろ」と言われたことを気にしているわけではない。

 単純に、俺自身、学院を辞めるべきかどうか、ずっと悩んでいたのだ。


 中庭で一人、パンを咀嚼しながら空を仰ぎ見る。

 昼休みを迎えたことで、周囲には賑わいが生まれていた。

 彼らの会話に、こっそりと耳を傾ける。流石は名門の魔術学院なだけあって、その半数が、授業内容の復習だったり、今後の展望に関する相談だったりした。その中でもやはり多いのは――騎士に関する話題だ。


 ――どいつもこいつも、騎士ばかりを目指している。

 ――騎士を目指していない俺は、何をしに、この学院へ来たのだろう。


 何がレイゼンベルグ王立魔術学院だ。騎士養成学校とでも改名すればいい。

 それほど、今の時代において騎士とは花型の職業なのだ。

 特にローネイル王国では、その特徴が顕著に現われている。


 大陸随一の人口と豊富な資源を持つこの国は、早い段階で冒険者を切り捨てた。未知の探索から持ち帰る恩恵よりも、他国との外交を重視したのだ。結果、人の出入りが激しくなり、国内の治安維持に割く労力が強化された。その一貫として脚光を浴びたのが騎士である。


 当時、騎士は貴族階級の一つに数えられており、領地を持つこともあった。だが長年の戦争によって、騎士号――つまり名誉的な称号の意味合いである騎士――が数多く生まれた結果、騎士は爵位の一つではなく、職業の一つに置き換えられたのだ。

 但しその働き方は今も昔も変わらない。彼らは特定の組織、もしくは貴族を主とし、主が治める領地を守るために働いている。有事の際は主の兵となって戦場に駆り出されていたが、平和が訪れてからは、領地の治安維持に専念する形となった。戦時中と違い、特定の街で働き続ける騎士が増えたことで、騎士の集まり――騎士団も数多く結成された。


 元々、領地の治安維持は衛兵や自警団の役割だったが、それらはお世辞にも頼りになるものとは言えなかった。衛兵に戦時に街から出てしまうし、自警団は所詮、街の住人たちが立ち上げた組織であるため、権力が絡む問題には手を出せない。その点、騎士団は軍と比べると戦場に駆り出されることも少なく、また、特定の課程を修了することで平民でもなれるため、人員不足に陥ることもない。更に主の権力を借りることで政治的問題にも介入できる。ローネイル王国における騎士団は、いわば権力を持った自警団だった。


 街の発展が進み、人口が増加する中、治安維持という仕事は重大なものとなった。騎士の待遇は年々向上しており、一部有力な騎士は貴族の当主よりも財を得ている。


 ローネイル王国ほど、騎士が優遇されている国はない。

 この国で騎士になれば、将来は安泰だ。注がれる社会的信頼は絶大である。だからこそ、学院の講師たちは皆、生徒に騎士を志して欲しいと願っているのだ。それが生徒にとって一番幸せな選択であると、信じて疑っていない。


 ――それでも、騎士ではサイハテに行けない。


 保健室での、二人の幼馴染みとのやり取りを思い出す。

 ラクシャがいた手前、「大人になった」と適当に誤魔化していたが、実際はグレンの言った通りだ。

 俺は全く、大人になんかなれちゃいない。

 黒歴史も絶賛更新中だ。


 幼少期――俺は、冒険者になりたいと思っていた。


 全ては、父が俺に見せてくれた景色と、父が語ってくれた想いが切っ掛けだ。

 いつの日か見た、あの神秘的な景色は今でも思い出すことが出来る。

 父は腕利きの冒険者だった。だが父は、冒険の末に、財宝の類いを持ち帰ったことは一度もない。


 ――冒険者にしか手に入らないものがある。


 きっと父にとって、それは他の何よりも貴重なのだ。

 金銀財宝が路傍の石に見えるほど、尊い夢を、俺もまた追いたいと思った。


 冒険者が目指す到達点の一つとして、サイハテと呼ばれる場所がある。

 それは、この世界に存在するとされる、果ての地のことだ。伝承でしか語り継がれていない場所であり、実在するかどうかは不明で、しかも、辿り着いたところで何があるのか、何が実現できるのかも、一切不明だった。


 それでも冒険者たちはサイハテを目指していた。

 恐らくはそこに、語り尽くせぬ浪漫があるからだろう。

 伝承の出所は不明だが、少なくとも現代に至るまで、サイハテに辿り着いたという記録や、サイハテから帰還した者がいるという記録は残っていない。――だからこそ冒険者の血は滾った。今まで誰もが成し遂げられなかったことを、我こそが成し遂げてみせるのだと、躍起になった。


 しかし、終ぞ、サイハテに辿り着いた者は現れなかった。

 それどころか、冒険者の中でも優れた実力を持つ者たちが、次々と道半ばで挫けたのだ。

 強者たちが手を組んで挑んだこともある。だが彼らも例に漏れず、心が折れたり、或いは折れる間もなく死んでいった。サイハテに挑むことの無謀さを、冒険者たちは学んだ。そして、サイハテへ挑む冒険者は、気がつけば殆どいなくなっていた。


 その矢先だ。冒険者の地位が失墜したのは。

 サイハテ攻略の挫折。これが、冒険者の地位を貶めた一因であることは間違いない。


 冒険者の地位が失墜したのは今から三十年近く前の話。つまり、俺がこの学院の初等部に入学した頃、既に他のクラスメイトや教師陣は、冒険者を見下している者ばかりだった。


 そんな環境下で、俺は堂々と「冒険者になって、サイハテに行きたい!」と公言した。

 初等部にいた頃は、同級生の内、何人かが賛同してくれた。大人たちも「子供の言うことだから」と微笑ましく思っていたらしい。だが、歳を重ねるごとに、少しずつ俺の傍から人は離れていった。彼らは最終的に、俺に冷めた視線を注ぐようになった。


 それでも俺は諦めなかった。例え、仲間が減っても。――‒絶対に裏切ることはないと高を括っていた、二人の幼馴染みと袂を分かつことになっても、諦念に支配されることなく、全力で、サイハテへ至る道を模索し続けた。

 そして中等部でも、俺は同じように「サイハテへ行きたい」と公言し――。


 ――結果、大口叩き(ビッグマウス)と、蔑まれるようになった。


「死ね、くそが」


 口から呪詛がこぼれ落ちる。幸い、周りの生徒には聞こえなかったらしい。

 大口叩き。それは、出来もしないことを、出来ると言う馬鹿に与えられる称号だった。「どうせできない癖に」「どうせ諦める癖に」、彼らのそうした決めつけは俺を徹底的に孤立へと陥れた。お陰様で中等部の三年間は、殆どが地獄のような日々だった。

 だが、あれから俺が成長したかと言われると、そうでもない。


 何が大人になっただ。

 何が黒歴史だ。

 俺は今でも、冒険者になって、サイハテに行きたいと思っている。


「……仲間、か」


 古い記憶が蘇る。かつて父に言われたことだ。

 サイハテへ至る道は過酷だ。薄人である俺は、尚更そう感じる。だからこそ、仲間が重要になる。今の俺に仲間は一人もいない。寧ろ敵ばかりだ。薄人、落ちこぼれ、大口叩きと馬鹿にされている俺の肩を持つ者は、少なくともこの学院にはいないだろう。


「仲間が欲しいなぁ」


 仲間を作るなら、学院の外しかない。

 例えば、冒険者ギルドだ。冒険者の互助を目的としたその組織に顔を見せれば、他の冒険者たちとの人脈も築ける。ギルドは冒険者が冷遇されている今もなお各地に点在する。学院があるこの街にだって一応はある。


 しかし――本気でサイハテを目指している冒険者なんて、果たしているのだろうか。

 思い出すのは、今朝のホームルームでのことだ。あの時、俺は、悪友のテッドとケイルについ本音を漏らしてしまった。だが彼らは、俺の発言をまるで本気にしていなかった。あたかも寝言であったかのように、聞き流したのだ。


 ローネイル王国で「サイハテに行きたい」などと言うと、大抵、そのような反応が返ってくる。

 サイハテへの到達は、一般人は愚か、冒険者すら諦めているのだ。それもその筈。かつて、国内でも五本の指に入るであろう冒険者たちが挑み、そのいずれもが失敗に終えたのだから。向こう見ずの冒険者だって、サイハテ到達は分不相応な夢であると考えを改める。


 それでも行きたいのだ。

 俺は、サイハテに行きたいのだ。


「どうするべきか……」


 この想いを誰かと共有したい。この願望を誰かに吐き出したい。

 いっそのこと、同じ志しを持つ者が、俺を誘ってくれたらいいのに――。


「そう言えばさぁ、今朝、学院に来る時にちょっと聞いたんだけど――」


 隣に座る、姦しい女子生徒たちが何かを話していた。

 胸中で沸々と煮えたぎる憤懣を紛らわすべく、俺は彼女たちの会話に耳を傾ける。


「――なんかね。冒険者ギルドに、すっごい有名なチームが来ていて、仲間を募集してるんだって」


 その一言を聞き、俺は聴覚に全神経を注いだ。


「有名なチームって?」

「名前は知らないけど、世界的にも有名らしいよ」

「でも冒険者でしょ? 大したことないんじゃないの?」

「私もそう思ったんだけどさ。ほら、一部の冒険者は凄く強いって話、聞いたことあるでしょ。セシリア先生も、稀に近衛騎士よりも強い冒険者がいるって授業で言ってたじゃん。今、ギルドに来ている冒険者もそういう実力を持っている人たちなんだって」

「えぇ、それ本当? それだけ実力あるなら、態々ギルドで募集する必要なくない?」

「まあぶっちゃけ、私もそう思ったけど」

「やっぱり。なーんか怪しいよねぇ」


 いいや、全然、怪しくない。

 勢い良く立ち上がった俺に、会話していた二人の女子生徒がビクリと驚いた。


 騎士が大きな権威を持つこの国とって、近衛騎士とは力の象徴でもある。

 近衛騎士はいずれも指折りの実力者だ。武術と魔術、どちらも極めて高い練度で習得している。そんな、近衛騎士に並ぶ冒険者がいるならば――もしかしたら、話くらいは聞いてくれるかもしれない。


 余ったパンを強引に口にねじ込み、走って校門を抜けた。

 件の冒険者たちがいるというギルドへ急いで向かう。

 午後の授業? ――知らん。





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