エピローグ
当然と言えば、当然だが――。
世界樹の葉を堪能した後の帰路で、俺たちが苦労することは微塵も無かった。チームガーベラに加え、掌握位階に到達しているフレデリカもいるこのメンバーなら、ワーニマの迷宮は楽々探索できる。このメンバーならば、恐らくワーニマの迷宮の最終層にまで届き得るだろう。
「……帰ってきたな」
迷宮の初層、外界と隣接する階層に辿り着いたところでキースが言う。
とても長く感じる、短い冒険だった。けれど、掛け替えのないものを手に入れることが出来た。火龍という強大な敵を倒し、その先にあった光景は、きっと一生、忘れることのない記憶として、脳の中枢に刻まれている。
と、そこで。
感動に浸っている俺たちに、無数の視線が注がれていることに気づいた。
「おい、あれ……」
「チームガーベラだ」
「活動を再開したのか……?」
「見ろ、六人目だ。ってことは仲間が増えたんだ」
偶々、そこにいた数人の冒険者たちが、俺たちの正体をすぐに見破る。
仮面の裏側で狼狽していると、隣にいたフレデリカが一歩、俺たちから距離を取った。
「では、わたくしはこれで」
微笑を浮かべるフレデリカに、キースが返事をする。
「もう行くのか?」
「わたくしがいては邪魔でしょう? 貴方がたも、いい加減、その仮面を外したくて仕方が無いのでは?」
「……まぁな。この仮面、蒸れるんだ」
フレデリカがいると、何時までも仮面を外せない。
彼女の協力は大いに役立った。本来なら、祝勝会にも招きたいところだが、俺たちは正体不明の冒険者集団、チームガーベラである。遅かれ早かれ、彼女とは別れなくてはならない。
フレデリカは、碧眼をキースから俺の方へと移した。
彼女は俺の正体を知っている筈だが、その瞳は同い年の学生に対するものではなく、ガーベラの一員に対するものだった。
「『翡翠』、貴方の戦いぶりは見事でした。いつかまた、お会いしましょう」
「……俺が戦ったのは、最後だけのような気がするけどな」
しかもそれは、俺の力というよりは、俺が偶々契約していた精霊の力だ。
肝心のその精霊は、今は姿を消し、ぐっすりと眠っていた。精霊術を行使したからか、それとも世界樹の頂上にいると言う友人に挨拶をして満足したからか。いずれにせよ今は意思疎通もできない。
「そいつの名前は『翡翠』じゃねぇぞ」
キースが言う。フレデリカが不思議そうな顔をした。
「では、何と?」
「『大口叩き』だ」
それは……できれば、伝えて欲しくなかった。
事情を知らぬ者であれば首を傾げただろう。しかしフレデリカは俺のことを知っている。――俺が、本気でサイハテを目指していることを知っている。故に、彼女は首を傾げる代わりに小さく吹き出した。
「それは、ユニークな名前ですわね」
どうせ「お似合いだ」とでも思っているのだろう。
背中を揺らして一頻り笑った彼女は、目尻の涙を指で拭って、別れの挨拶をした。
「では、ごきげんよう。……『大口叩き』さんも、お元気で」
最後の一言で俺を除く、ガーベラのメンバーの殆どが吹き出した。
「……笑うくらいなら、こんな名前、つけるなよ」
複雑な感情と共に告げる。
チームガーベラは、多くの注目を浴び続けながら迷宮を抜け、そして王都のギルドへと帰還した。
◆
「祝勝会だ!! 酒を持ってこい、酒をッ!」
ギルドに帰還してから小一時間が経過した頃。
俺たちは仮面と外套……つまり、ガーベラの証明である装備品一式を、地下のアジトに置いた後、ギルドの隣にある酒場で祝勝会を行っていた。
「がははッ! やっぱ冒険の後に飲む酒はうめぇな!!」
「キース、五月蠅い」
ぐびぐびと酒を飲むキースに、サリーが辟易した様子で告げる。
ガーベラのメンバーたちは大きなテーブルを囲うように座っていた。酒場は現在、ヴァンの権限によって貸し切り状態である。元々、今日のこの時間くらいには酒場で祝勝会を行う予定だったらしく、貸し切り事態は先日の時点で一般利用客にも知らしめていたため、トラブルが起きることも、誰かに怪しまれることもなかった。別の席には、今回の作戦に協力してくれた『縁』の者たちも座っている。
そう言えば、偶に、ここの酒場が貸し切り状態になっていることがあった。もしかすると、それらは全て、ガーベラが使用していたからかもしれない。
「しかし、まさかシオンが精霊と契約してるとはな」
「そうそう。私の言った通り、やっぱりシオン君には才能あるんだよ!」
エミリィが胸を張って自慢気に言う。
対し、ヴァンもグラスを傾けながら頷いた。
「そういう才能は期待してなかったけどね。戦う力は、これから僕たちで鍛え上げればいいと思ってたし。でも、やっぱり仲間に入れたのは良かった。ジンとサリーも少しは納得してくれたんじゃないかな?」
確か、元々、彼らはガーベラの試練を執り行うよりも前に、俺を仲間に引き込むことを考えていたのだ。その際の推薦人は、キースとエミリィとヴァンの三人。残る二人であるジンとサリーは、どう思っていたのだろう。
「そうだな」
ジンは静かにグラスを置いて言った。
「探索中、シオンは一度も怯えを見せなかった。火龍と対面した際は恐怖に足が竦んでいたが、アレは今のシオンの実力では仕方ない。……未知に対する好奇心は、俺たちにも引けを取らないだろう。いや、俺たちより上かもな。キースといい、ヴァンといい、よくもまあこんなイカれた人間を見つけたものだ」
「見つけたのは私なんですけどー?」
程よく酔っ払い始めたエミリィが、唇を尖らせながら言う。
「お前たちの言う通りだ。シオンは、今の俺たちに足りないモノを持っている」
「だろ?」
どうやらジンは、俺のことを認めてくれたようだ。
小声で「ありがとう」と感謝を告げると、ジンは「ふっ」と笑みを返す。
「私は、まだ、認めない」
酒によって、僅かに頬を紅潮させたサリーが言った。
彼女は明らかに俺と同い年からそれ以下にも関わらず、俺と違って躊躇無く飲酒していた。ローネイル王国において、飲酒は十八歳以上と法律で定められているが、冒険者は誰もその法律を守ろうとしない。サリーも例に漏れることなく、ちびちびと酒を飲んでいる。
「単純に、実力が足りていない。精霊術が使えるからって……精霊本体と契約しているからって、それはシオン自身の力じゃないんだから。そんな、他人から貰っただけの力なんて、私は絶対に認めない」
サリーの声音には相変わらず棘が潜んでいた。
だが、俺は彼女の言葉に反論できなかった。正論だ。俺が持つ精霊の力は、父親の優しさによって、偶々手に入れたものである。
「過程を無視して得た結果は、いつか必ず自分を裏切る」
先程まで騒いでいたキースが、神妙な面持ちで言う。
「冒険者の間でよく言われる……まあ、教訓みたいなもんだ。俺たち冒険者は、偶にとんでもない幸運に恵まれることがある。だが、そういう天から振ってきたようなものに依存していると、人は次第に自分の力を過信し、分不相応な行動を取りがちになっちまう。……結局のところ、本当に信用できるのは、努力の末に得たものだけだ。努力は必ずしも報われるとは限らねぇが、努力したという過程だけは、絶対に無くならねぇからな」
そう言って、キースは神妙な面持ちを浮かべたまま、少しだけ酒を飲んだ。
「そう言えば、シオンの父親ってどんな人なんだ?」
不意に繰り出された問いに、俺は目を丸める。
「天帝宮殿に行けるなんて、相当、腕のいい冒険者だぞ。名前は何て言うんだ?」
「あ、ああ。名前はレイン……レイン=ベイルだ」
「レイン=ベイルか。ヴァン、知ってるか?」
「いや、知らないね。本名では活動してないのかも」
キースだけでなく、ヴァンも同様の疑問を抱いていた。
今まで父親のことを、父親として尊敬したことはあっても、冒険者としてはあまり意識していなかったため、こういう話題は斬新である。
「まあいい。機会があったら、また調べるとするか。……天帝宮殿に行けるような冒険者が、そう簡単に死ぬとは思えねぇんだよなぁ」
キースが何かを呟く。
それから、グラスを置いて軽く周りを一瞥した。テーブルに所狭しと置かれていた料理も殆どが平らげられ、グラスに入っていた酒も半分未満となっているが、追加の注文を頼む者はいない。
「食事も程よく済んだところで、少しだけ重要な話をするぞ」
そう言って、キースは俺の方を見た。
「シオン。新たにガーベラの一員となったお前には、これから三つのルールを守って貰う」
キースがまず、人差し指を突き立てて言う。
「一つ。正体を明かすな」
自身がガーベラの一員であることを隠す。
これは、ガーベラに入る以前から、理解していたことだ。
「俺たちは良くも悪くも有名だ。……つまり、敵も味方も多いってことだ」
「敵?」
「冒険者の行動は、一部団体にとっては批判の的だからな。例えばこの国の場合、冒険者が迷宮を探索していると、『騎士の仕事を邪魔するな』って言われちまう。他にも古代文明の調査をしていると『墓荒らしはよせ』って言われたりな。……当然、中には苛烈に反対してくる連中もいる。俺たちが正体を隠しているのは、身内への飛び火を防ぐためだ。後はまあ、俺たちが所有している情報や財産の悪用を、未然に防ぐためだな」
「案外、シオン君の父親も、同じ理由で名前を隠しているのかもね」
ヴァンが補足するように言う。
ガーベラが正体を隠している理由は、想像以上に思慮深いものだった。ローネイル王国において、冒険者は騎士と違って国に厳正に管理されるわけではない。その情報や財産が簒奪されても、自己責任となる可能性が高いだろう。
何より、身内への飛び火を考えた末、俺は深く頷いた。
幼馴染みのグレンやラクシャ。悪友のテッドやケイル。彼らの日常を、俺のせいで破壊したくはない。
「二つ。学院を辞めるな」
キースが二つ目のルールを告げる。
一つ目は納得できた。だが、その二つ目のルールを聞いて、俺は首を傾げた。
「シオン、正直に言え。お前、近々学院を辞めるつもりだったろ?」
「……まあ。ガーベラの活動に支障をきたすなら、辞めようと思ってたけど」
僅かに濁したが、実際は必ず学院を退学するつもりだった。現状、ただでさえ足を引っ張っている状況だ。俺がガーベラの皆の手助けになるためには、少しでも努力を積み上げるしかない。学院で、冒険の役に立たない勉強をする暇はないのだ。
「学院は辞めるな。冒険者にも帰るべき日常ってのは必要だ。……たとえ、どれだけ冒険が好きだとしても、常に冒険を続けることは不可能なんだ。心は確実に摩耗するし、身体はそのうち休養を求める。心身を休めるための居場所は重要だ」
「……その居場所は、別に学院じゃなくてもいいんじゃないのか?」
「居場所ってのは簡単に作れるものじゃねぇんだよ。例えばお前が明日学院を辞めたとして。それから数年くらいなら、まあ何とか保つだろう。だが、五年も経てば誰もお前のことを覚えちゃいない。……お前は故郷に帰ってきても、一人寂しく宿屋暮らしだ」
そう言われると、途端に俺の未来は薄暗く見えてきた。
ガーベラは正体を明かさずに活動する。そのため、肩書きとしては使えない。つまり……学院を辞めた俺は、他の者にとって「何をしているのか分からない人物」だ。胡乱な目で見られることも多いだろう。
口を噤む俺に、キースは続けて言う。
「ローネイル王国は学歴が重視される国だ。学院を卒業さえすれば、居場所作りで困ることはない。……卒業後はヴァンやエミリィのように、冒険者ギルドで働くってのもアリだ。なんだかんだ、俺たち五人は冒険者以外の、もう一つの顔を持っているしな」
「キースも持っているのか?」
「ああ。別の国だがな」
キースが言う。
しかし、俺が学院を辞めないとなると、他にも懸念事項が生まれる。
「でも、学院に通いながら、冒険をするのは難しくないか?」
「それなんだけど」
俺の問いに答えたのは、ヴァンだった。
「レイゼンベルグ魔術学院って、結構、学外の交流も盛んだよね。外泊許可証の制度もあるし。後はほら、ギルドの依頼も幾つか学院に斡旋している筈だ。そういうのを上手く活用すれば、学生と冒険者の兼業も可能なんじゃないかな」
ギルドマスターなだけあって、ヴァンは学院とギルドの繋がりにも詳しかった。
ヴァンの言う制度は実在する。レイゼンベルグ魔術学院は、生徒が冒険者になるのを禁止しているが、学院側の許可さえ下りれば、冒険者登録せずともギルドの依頼を受注することが出来る。学院はギルドの依頼を、幾つか生徒向けに紹介しているので、機会も十分用意されている。
だが、その制度を十全に利用できるのであれば、俺はとっくに利用している。
「いや……外泊許可証にせよ、学院でギルドの依頼を請けるにせよ……あれらは俺たち学生にとっては、特権みたいなものなんだ」
「特権って、どういうことだ?」
キースの問いに、俺は言葉を整理しながら答える。
「……つまり、普通の生徒には出来ないってことだ。試験でいい成績を取るか、先生たちに気に入られるか、或いは序列持ちになるか」
「序列か……そんなのあったね」
ヴァンが納得する。一方、キースは首を傾げた。
俺はキースへ、序列について簡単に説明する。
「レイゼンベルグ魔術学院では、特に強い生徒たちに、序列というものが与えられる。序列は一位から五位まで。つまり、上から五番目までの生徒に与えられる」
「強いって……またえらく曖昧な基準だな。つまり喧嘩に強い奴が序列持ちってことか?」
「まあ、そんな感じだ。ただ、今は学院全体が騎士という進路を推奨していて、そして生徒も騎士になりたがっている人ばかりだ。だから序列持ちというのは、より騎士に近い生徒と言っても過言ではない。……かもしれない」
「成る程。じゃあ序列一位ってのは、学院で最も優秀な、騎士の卵ってことか」
キースの解釈に首を縦に振る。
「じゃあ、序列を手に入れりゃあいいじゃねぇか」
「……それができたら苦労しねぇよ」
恨みがましい声が出た。
序列を手に入れられるなら、とっくに手に入れている。
キースを睨む俺を他所に、ヴァンが少し考えて言った。
「いや、序列持ちは目立つよ。僕は何度か学院の序列持ちと話したことがあるけど、色々と面倒な義務が生じると聞いている。彼らはその義務にやりがいを感じているようだったけど……僕らにとってはただの足枷だろうね」
「じゃあ、どうするってんだよ」
「一番は学院の権力者と協力関係を結んで、便宜を図って貰うことだね。でも僕らは正体を明かしちゃいけないから、簡単に協力は取り付けられない。とにかく、目立たず、自由に学外に出られさえすればいいんだけど」
「そりゃまた難しいな」
キースとヴァンの会話に、俺もまた頭を悩ませる。
そこで、サリーが発言した。
「脱走すればいいじゃない」
その一言に、俺たちは口を開き呆然とする。
「なんで態々、学院のルールを守らなきゃならないのよ。バレずにこっそり抜け出せば、それで万事解決でしょ? 目立たないし、自由だし。……っていうか、アンタ既にそうしてるんじゃないの?」
「……言われてみれば」
冷静に考えれば、俺は思いっきり学生寮の門限を破っている。講義も無断で休んでいる。今更、学院に対して従順な姿勢を取る必要はない。
「というか、そうなんだよね。実は僕らの権力を使えば、そういうのも可能なんだよね」
ヴァンが苦笑しながら言う。
「例えば、シオン君は学院を辞めなくても、冒険者登録することができる」
「え、なんで」
「ここのギルドマスターは誰だい?」
ヴァンの一言に、俺は思わず「うわぁ……」と声を零した。
「後日、登録しておこうか」
「……お願いします」
あくどい笑みを浮かべるヴァンに、俺は口角を引き攣らせながら頷いた。
「脱走は、いざという時の選択肢にしておこう。失敗したら余計な手間を取られそうだし。さっき言ったように、学院の偉い人と仲良くなるか、或いは外泊許可証を貰うか、この二択を優先的に狙うべきかな。序列持ちにはならなくても、成績を上げるだけならシオン君の努力次第で可能な筈だ」
「……そうだな」
「それに正直なところ、僕らも次の冒険は未定でね。暫くは王都で情報収集するつもりだし。何より、今は冒険よりもシオン君の基礎能力を向上させるべきだ。学院に籠って、勉学に励むというのも悪くないよ。……勿論、僕らが用意した特訓メニューもこなしてもらうけれど」
「お、お手柔らかにお願いします」
ガーベラの仲間になってから、何度か特訓の話題は耳にした。
剣術の稽古、博物学と考古学の学習。前者はキースが腕のいい師匠を招くと言っていたが、後者に関しては学院の図書館を活用することで十分学べる。
「長くなっちまったが、二つ目のルールについては理解したな?」
「ああ」
「じゃあ、次で最後だ」
キースが三つ目の指を立て、口を開く。
「三つ。俺らのリーダーになれ」
キースの言葉を、俺は――全く、理解できなかった。
「は?」
口を開けたまま、訊き返す。
チームガーベラの現在のリーダーについては、過去、何度もはぐらかされていた。現状、皆を纏めているキースは、本人曰くサブリーダーとのことだ。本当のリーダーは別の誰かだと思っていたが――流石にこれは想定していない。
「……どういうことだ?」
「今じゃなくてもいい。だが、いずれお前がガーベラのリーダーになれ」
「だ、だから。なんで、そんな急に」
「最初からそのつもりで、お前を誘ったんだ」
グラスを持ち上げ、酒で咽喉を湿らせた後、キースは続きを述べる。
「お前も聞いたことくらいはあるだろう。ガーベラは一年前にリーダーを失い、その結果、活動を休止することになった」
「まあ、聞いたことはあるが……」
「ありゃ事実だ」
キースが、過去を懐かしみながら言葉を紡ぐ。
「元々、俺たち五人は完全にバラバラの人生を歩んでいた。故郷も身分も何もかもが違ぇ。それでも唯一共通していたことが、五人とも、未知への好奇心っていう漠然とした理由で、冒険者の肩書きを背負っていたことだ。ただ……当時の俺たちは、誰も本気でサイハテなんて目指してなかった」
「……サイハテを目指してなかった? ガーベラの目的はサイハテに行くことなんだよな?」
「ああ、そうだ。だからその目的は、ガーベラが結成された後に生まれたんだよ」
またグラスを傾けて、キースは言う。
「ある日。俺たち五人のもとに一人の男が現れた。そいつは誰よりも情熱的で、そして頭のイカれた冒険者だった。そいつは俺たちにこう言った。『俺と一緒に、サイハテに行かないか?』ってな。
馬鹿だと思ったぜ。狂ってると思った。こんな奴の傍にいれば早死にしちまうって、本気で考えた。けれど……成り行きで、そいつと組んで冒険してみれば、世界が一変した。俺はその時、こいつと冒険するのは面白ぇって思ったんだ。……他の奴らも同じだろ。ヴァンやエミリィ、サリーにジン。皆、俺と似たような理由で、そいつについて行くと決めた筈だ。そして俺たちは、チームガーベラを結成した」
キースが名を出した四人の顔を見る。
四人とも、首を縦に振って肯定した。
「だが、そいつは一年前、俺たちを残して冒険者を辞めた。理由は、心が折れたからだ」
「……心が折れるほど、困難な冒険をしたということか?」
「違ぇ。そいつはな、冒険に、冒険以外の目的を見出してたんだよ」
吐き捨てるように、キースが言う。
その瞳には失望と……そして、未練が滲んでいた。
「俺たちは、冒険そのものが目的だ。そいつも、ガーベラを抜ける直前まで確かにそう言っていた。だが、そいつは嘘をついてたんだ。そいつの本当の目的は冒険じゃなかった。そいつは俺たちみたいな好奇心や探究心ではなく、もっと確たる目的を持って、冒険をしていたんだ。……だから、その目的が叶わないと発覚した瞬間、そいつは冒険を辞めた。
分かるか? 冒険ってのは、常にリターンを得られるもんじゃねぇ。……リターン目当てで冒険すると、それを得られないと判明した瞬間、冒険の意義が無くなっちまう。あのフレデリカって女がいい例だ。あいつの腕は一流だが、その目的は神杖を入手することだろ? なら、杖を入手すれば、フレデリカは冒険を辞める。たとえ仲間に加えたとしても、サイハテに到達するよりも早く、離脱される可能性が高い」
キースたちの懸念は正しいと思った。
俺はサイハテを、冒険の終着点だと考えている。故に、大抵の願いは、サイハテへの途上で叶ってしまうだろう。金銀財宝は勿論、死者を蘇生する薬や、フレデリカが望む神の杖だって、きっとサイハテに辿り着く前に見つけてしまう。
「リーダーが抜けた後。最初は俺たち五人だけでも、サイハテを目指そうとした。だが……駄目なんだ。俺たちのサイハテを目指すという動機は、全て元リーダーが与えてくれたものだからな。俺たちが自力で掲げたものじゃねぇ。俺たち五人だけだと……どうしても、心の片隅で思っちまうんだよ。『やっぱりサイハテなんて、何処にも無いんじゃないか』ってな」
キースの説明を聞きながら、俺は他のメンバーたちを一瞥した。皆、真顔で唇を引き結んでいる。
どうやら、事実らしい。彼らは……彼らだけでは、サイハテを目指せないようだ。
「俺たちには道標が必要だった。もう一度、俺たちをサイハテへと導いてくれるような、そんな人間が必要だった。……もう、理解できるよな? それが、お前だ」
そう言って、キースは真っ直ぐ俺を見た。
「シオン、頼む。俺たちをサイハテに導いてくれ」
キースが頭を下げる。
ヴァンも、エミリィも、サリーも、ジンも、皆が俺に頭を下げてきた。
はっきり言って、その光景は少し不愉快だった。――まさか、ここで俺が首を横に振るとでも思っているのだろうか。
「分かった。俺が、皆をサイハテに導く。その代わりに――」
交換条件の存在を臭わせると、キースが顔を上げた。
目を見開くキースたちへ、俺は笑みを浮かべながら告げる。
「――皆は、俺の背中を押してくれ」
彼らが俺に、リーダーとしての役割を期待していることは理解した。
だが、サリーも言った通り、今の俺には実力が足りていない。だから決して、驕ることは出来ない。
俺たちは、同じ目的を共有できる仲間だ。
適材適所はあっても、上下はない。そういう関係を維持したい。
そんな俺の意図は、果たして上手く伝わったのだろうか。
キースは、きっと今の俺が浮かべている笑みと、似たような表情で答えた。
「任せろ。サイハテまで押してやる」




