25話『冒険者でしか手に入らないモノ』
ワーニマの迷宮、第八層で発見した隠し扉。その先にある隠し部屋は、まだ冒険者ギルドにも登録されていない領域――つまり、未探索領域だった。未探索領域には、現存の常識を覆すような、未知の景色や物質が眠っていることがある。それらの資源は、莫大な財産に変貌することもあり、未探索領域は冒険者にとって夢に溢れた場所だった。
火龍を倒し、あからさまに異質な気配を漂わせる、門を潜る。
門を抜けた先に広がっている光景は――抜けるような青空と、その麓に広がる広大な草原だった。
「な、んだ、これ……」
門を抜けた直後、唇から驚愕の声が漏れる。他の者も同様、門から出た足をすぐに止め、目の前の光景に絶句していた。
一面に広がる緑の絨毯の上で、草食動物が駆けていた。迷宮に動物は生息していない筈だ。だからここは……迷宮の内部ではないのかもしれない。あの門は、迷宮の外部と繋がっていたのだ。
俺たちの視線を釘付けにしているのは、頭上に広がる青い空だった。
雲一つない青空は、それだけでも十分、心に清々しい風を送ってくれる景色だが、よく見ればその空に薄緑の何かが浮かんでいた。薄緑の物体は楕円形に広がり、空全体を覆っているかのように見える。まるで神様が、広大な空をキャンバスにして、絵画を描いたかのような光景だった。
「世界樹の葉だ」
キースが、ポツリと言った。
「この世界を守護していると言われている、伝説の樹……世界樹。その葉だ。間違いねぇ」
徐々に声音を明るくしながら、キースが言う。
他のガーベラのメンバーたちも、きっと仮面の裏側では目を輝かせているだろう。
「すげぇ! すげぇぞ! こいつは大発見だ! こんなところで世界樹を見られるなんて!」
大騒ぎするキースに、俺の心もまた激しく興奮した。
眼前の光景は、形容し難いほどに美しく、壮大だ。思わず涙がこぼれ落ちる。
――冒険をして、良かった。
ガーベラの試練で、隠し扉の先を見に行って良かった。
火龍に敗北しても、諦めずに探索を続けて良かった。
チームガーベラの勧誘を受け入れ、彼らと共に冒険を初めて良かった。
ずっと――サイハテへ行くという夢を、貫き続けて、本当に良かった。
この幻想的な光景を目の当たりにできる人間は、世界で何人ほどだろうか。
胸の高鳴りに、確信する。この感覚こそが、俺の求めていたものだ。これは、平凡に生きているだけでは決して手に入らない感動だ。学院の生徒として、ただ流されるままに過ごしているだけでは、絶対に得られないモノだ。
勿論、世の中には騎士を志した末に、今の俺と同じような感動を得る者もいるだろう。だが俺はその人物とは違う。俺は冒険者になって、そして冒険することでこの感動を得られる人種なのだ。そして恐らく、それ以外では感動を得られない人種なのだ。
「はぁ~……世界樹の葉って、こんな風になってるんだね~」
「肉眼でもはっきりと捉えられるということは、僕たちが今いる場所は、この世界でもかなり外側にあたるのかな」
「ふむ。見事なものだ」
エミリィ、ヴァン、ジンも、各々の感想を口にする。
『ユグちゃんだーっ! おーい!』
背中に乗っている精霊、陽之姫が、空に向かって手を振った。
誰かに挨拶をしているような素振りだが、俺の目には誰も映っていない。
「ユグちゃんって?」
『えっとねー、あの樹の真ん中に住んでる、わたしの友達!』
精霊にも友達がいるのか、と思ったが、陽之姫とは人間同士のように意思疎通が可能だ。友達の一人や二人、いても不自然ではない。
「そう言えばお前、ここに来る前、『懐かしい感じ』とか言ってたな」
『うん! ユグちゃんの臭いがした!』
「臭いって……」
ユグちゃんとやらが訊いたら顔を顰めそうな回答だった。
陽之姫がここに来たがっていた理由は、友達と顔を合わせたかったからのようだ。心底嬉しそうにはしゃぐ精霊に、俺もどこか嬉しい気持ちになる。
『ユグちゃんが、ありがとう、だって!』
「ありがとう?」
陽之姫の言葉に、俺を含めキースたちも振り返る。
『あの真っ赤な龍、ユグちゃんの力を吸い取ってたみたい』
「……成る程。そういう繋がりか」
キースが納得の声を漏らす。
火龍は確かに、大切なものを守るために、あの未探索領域を守護していた。だがそれは、思ったよりも利己的な価値観によるものだったらしい。火龍は、己の力が割かれることを恐れて、門の守護をしていたのだ。
改めて空に広がる薄緑の物体を眺める。
龍さえも魅了した、神秘の塊が、頭上に浮かんでいた。
「世界樹の葉、か……」
キースの話によれば、俺は過去に、世界樹を目にしたことがある。
確かに、目の前の光景には何となく見覚えがあった。俺が見たのは、楕円形の物体ではなく、縦方向に延びる緑の物体だったが……あれこそが、世界樹の本体なのだろう。
「……今は、何も考えなくていいか」
難しいことは、また今度、考えるようにしよう。
今はただ、目の前の光景を満喫したい。
立ち尽くすように、ただ空を見上げている俺に、一人分の足音が近づいてきた。緑の絨毯を、大人しい足音で踏み進めてきたのは、フレデリカだった。彼女は俺のすぐ隣にまで来て、誰にも聞こえないような小さな声で告げる。
「貴方、シオンですわね?」
一瞬、頭が真っ白になった。
振り向くことすら出来ず、硬直する俺に、フレデリカがクスリと笑う。
「心配無用です。このことは誰にも吹聴致しません。ですが……これから先、魔力の色は隠した方がいいですわよ」
断絶しかけた思考の中、フレデリカのアドバイスはきっちり受け取った。
確かに、魔力の色は正体を隠す際に注意するべき事柄だった。元々、魔力量の多い俺は、その色を人に見せてしまうことが多い。
選択肢は二つ。
ガーベラとして活動する時は、魔力の色を隠すか。
それとも普段の日常で、魔力の色を隠すか。
――迷うことはない。
後者を選択するべきだ。
全力を出すと、どうしても魔力の色は見えてしまう。つまりこの選択肢は、俺がどちらの分野で全力を出したいか、という問題に置き換えられる。その答えは決まっている。俺が全力を出すべきは、普段の日常ではなくガーベラの活動だ。
普段の日常で魔力の色を隠すということは、俺はこれからの日常を息苦しく生きる必要があるのだろう。……それでいい。冒険で全力を出せないことと比べれば、遙かにマシだ。
「……アドバイス、感謝する」
身分がバレてしまったことによる緊張から、硬い声音で告げた。
明らかに動揺する俺に、フレデリカはまた僅かに吹き出す。
「貴方がチームガーベラに加えられたこと、今は納得しております。……あなたのお陰で、わたくしは自分に足りないモノを見つけることが出来ました」
そう言って、フレデリカはこちらに手を差し伸べた。
「――貴方がたには、負けませんわよ」
その掌には、過去に潰れたであろう豆と、火龍との戦闘時に生じたと思しき無数の傷があった。公爵家の令嬢として、温室で育てられた者の掌ではない。硬く厚い少女の掌を、俺は握り返した。
「こっちの台詞だ」
サリーの描写が抜けているのは伏線……にするつもりです。




