24話『絆人』
光の一閃に両断された龍が、ゆっくりと地に落ちていった。
白と翡翠の輝きが消えると同時、俺もまた、浮遊感に身を包まれた。
「お、落ち――――――な、い?」
落下速度が緩やかになり、浮遊感が小さくなる。
反射的に閉じてしまった目を再び開くと、俺の身体は白い光に包まれていた。
呆然とする中、視界の片隅で龍の残骸が地面に叩き付けられる。脅威が去った空の上で、俺は輝きに包まれながら、傍に寄添う少女を見た。
「これも、お前の力なのか……?」
『そうだよー! お空は私の"てりとりー"なのっ!』
明るく告げるその少女が、自身の契約した精霊であることは、直感で理解していた。
だが、俺の記憶に、彼女と契約したという事実はない。記憶に欠落でもあるのだろうか。本来なら、見知らぬ仲……赤の他人と言っても過言ではない少女だが、何故か俺は、彼女に親近感のようなものを抱いていた。まるで幼馴染みのグレンやラクシャのように、長年、傍にいた間柄のように感じる。
やがて地面に降り立つ俺に、無数の視線が注がれた。
真紅の衣装を身に纏った少女、フレデリカが、着地する俺を呆然とみる。
「貴方……」
奇異なものを見るような目だった。
呆然とする彼女の横を、キースが通過してこちらに歩み寄る。
「おい。お前……」
キースは、いつになく緊張した面持ちで俺に訊いた。
「お前、天帝宮殿を攻略したことがあるのか?」
「天帝宮殿?」
「惚けるな」
キースが真顔で言った。
「八代迷宮の一つ。空に浮かぶ城と言われている、天帝宮殿だ。お前が今、背負っている子供は、その天帝宮殿にいる精霊だろ」
懇切丁寧に説明される。だが、やはり俺には心当たりが無かった。
ただ一点、気になることがある。
「この子が、見えるのか?」
『やっほー!』
相変わらず暢気な声を出す少女――いや、精霊。
この声は、俺が今まで幻聴と認識していたものだ。その認識は誤りであり、正体はいつの間にか、俺と契約していた精霊の声だった。
ここまでは分かる。漠然とだが、直感で理解している。
だが、それ以外のことは何一つ分からない。例えば、この子が天帝宮殿と言う迷宮の精霊であることなんて、全く知らなかった。
「ああ、見える。……精霊が人に憑いてるってことは、お前、本体と契約したんだな」
「本体って……」
ヴァンの説明を思い出す。精霊と契約する場合、大半が精霊の力の一部のみを借りられるようになるらしい。精霊本体との契約――つまり、精霊の力を十全に使えるようになるのは、極めて稀であるとのことだ。自分がその、稀な事象であることに驚きを隠せない。だが恐らく、キースの言葉は正しいのだろう。俺は、少女の力を十全に使える。そんな確信がある。
「待ってくれ。そもそも俺は、精霊と契約した記憶が――」
精霊が棲まうのは、通常の人では辿り着けない、特殊な地。
そこまで考えて――俺は、ある事実を思い出した。
精霊と契約した記憶はない。だが、精霊がいてもおかしくないような、特殊な地に足を運んだことはある。
「……昔。一度だけ、父親に不思議な場所へ連れて行かれたことがある」
「不思議な場所?」
「あまり覚えてないんだが……凄く大きな、雲を突き破るくらい大きな木が見えた。後は、巨大な歯車で組み立てられた、時計みたいな……」
掘り起こした記憶は掠れていた。
父がどうして俺を、あの場に連れて行ったのかは知らない。だが、父が連れて行ってくれたあの場所は、とても幻想的で、俺の心に大きな衝撃を与え――俺を、冒険者の道へ引き込む魅力があった。
「……世界樹と、万象時計だ」
キースが、目を見開いて答えを導き出す。
世界樹。万象時計。そう言えば、父がそんなことを言っていたような気がする。
「天帝宮殿には、この世の全てを見渡せる空間があると言われている。……間違いない。お前は過去に一度、天帝宮殿に入ったんだ。そして、そこで精霊と契約した……」
ブツブツと呟いたキースは、急に俺の両肩を力強く掴んだ。
「おいおいおい! 羨ましいな! 天帝宮殿なんて、俺たちでもまだ行けてねぇんだぞ! どんな景色だった!? どんな魔物がいた!?」
「ま、待て……ぐえっ、苦しい……っ!」
激しく頭を揺さぶられ、吐き気を催す。疲労困憊な状況で、この仕打ちは拷問に等しい。
「『黄土』、落ち着いて。『翡翠』が死にそうだ」
「あ、悪ぃ」
吐く寸前、キースはヴァンに窘められて俺の両肩から手を離した。
「やはり、絆人だったか」
その時。今まで沈黙を貫いていたジンが言う。
「絆人?」
キースの問いに、ジンは抑揚の無い声で答えた。
「端的に言えば、精霊と縁故を結びやすい、特殊な体質を持つ人種だ。厳密には、精霊が好む特殊な魔力を持っているとのことだが……それ故に、絆人は極めて短命であると言われている。大抵は齢十に満たないまま死んでしまうらしい」
「何故だ? 精霊に気に入られやすいなら、逆に長生きしそうじゃねぇか」
「無垢な精霊……或いは未熟な精霊が、絆人から際限無く魔力を吸い取ってしまうからだ。精霊に魔力を吸い取られると、様々な後遺症が残る。例えば髪の色が抜け落ちたり、または――属性を失ったり」
俺の両親はどちらも黒髪だ。だが、俺だけ灰髪だ。
ジンの説明に息を呑む。髪の色。そして、属性。二つは最初から存在していなかったわけではなく、後天的に失ったものなのか?
「そうか。だから『翡翠』は……」
薄人なのか。――そう告げようとしたらしいキースは、すんでのところで言葉を止めた。今、この場にはフレデリカがいる。薄人の冒険者など稀だ。俺が薄人だと知れば、彼女は必ず、俺がシオンであるという結論に行き着くだろう。
口を噤むキースに、ジンは説明を続ける。
「魔力を吸い取られ続けると、死に至ることもある。だから絆人は確認された数が非常に少ない」
「……じゃあ、なんで俺は、死んでないんだ?」
俺は無事、生きている。寿命が縮んでいるという実感もない。少なくとも、他人と比べて老化が早いとか、そういう目には遭っていない筈だ。
「それはお前が、天帝宮殿の精霊をその身に宿しているからだ。その精霊は見たところ、相当"格"が高い。これなら他の精霊も安易に近づけない筈だ。……恐らく、お前の父親は、お前を救うために天帝宮殿へ足を運んだのだろう」
父は――俺の、絆人という体質を改善するために、俺を天帝宮殿に運んだ。そして、背中で暢気に佇む精霊、陽之姫と契約させた。
辻褄が合う。穴の空いていた記憶のパズルが、ぴったりと埋められたような気がした。
張り詰めた空気が立ちこめる。
絆人。天帝宮殿。精霊本体との契約。
途端に現われたそれらの情報は、俺にとっては容易に処理しきれるものではない、濃密なものだった。
『あっち!』
背中にのし掛かる精霊が、腕を伸ばしながら大きな声を出した。
その指先が示す方向には、俺たちが此処に来た当初の目的である、石造りの門が屹立している。
『あの先に行きたいっ!』
陽之姫が言う。
どうやらキースたちは、少女の姿だけでなく、声も認識しているらしい。これで、少女は俺の幻聴でも幻覚でもないと明らかになった。太陽のように明るい笑みを浮かべて言う少女に、キースは小さく吹き出す。
「そうだな。龍も倒したわけだし、この冒険も、そろそろ締め括らなきゃな」
そう言って、キースは石造りの門の方へ足を向ける。
「龍が守っているモノの正体を、見に行こう」
一同は反対することなく、門の方へと向かった。




