21話『再会』
金髪碧眼の少女、フレデリカは、すぐに俺たちの存在に気づいた。
その鋭い目を丸くして、驚愕の表情を浮かべる。
「ガ、ガーベラ!? 何故ここに!?」
大袈裟なくらい驚いてみせるフレデリカの反応は、新鮮だった。ガーベラに対する人々の反応は、これが普通である。今の俺は外套と仮面を装備しているため、正体が悟られることもない。
「『翡翠』、念のため下がってろ」
キースが小さな声で耳打ちした。正体を隠し慣れていない俺を心配しているのだろう。素直に指示を聞き入れ、俺は他のメンバーの影に隠れるよう下がった。
「チームガーベラ、ですわね。……活動は休止している筈では」
「今日、再開した」
「今日?」
キースの言葉に眉根を寄せたフレデリカは、俺たち全員を満遍なく眺めた。
そして、一番後ろにいる俺の存在に気づく。
「六人目…………そう、ですの。仲間を、加えたんですわね?」
「そういうことだ」
「試練の合格者は、いない筈では?」
「てめぇの知らない、別の試練があったってことだ」
フレデリカはそれ以上、何も言わなかった。試練に参加していた彼女には、もっと、様々な疑念がある筈だ。あの試練に合格者はいなかったのに、何故、今になって仲間は増えているのか。あの試練は全て意味のないものだったのか。そんな疑問を、彼女は一切口にしない。まるで全てを把握したかのように、得心した様子で黙す。
「その杖の紋章……アインズホルン公爵家か?」
フレデリカの携える杖を見て、キースが言う。
共に探索していた時は気づかなかったが、フレデリカの杖には丹精な紋章が拵えられていた。キースの問いに、フレデリカは首を縦に振る。
「仰る通り。わたくしは、フレデリカ=アインズホルン。アインズホルン公爵家の者ですの」
その名に、俺は声を失った。
アインズホルン公爵家。ローネイル王国の国民において、その家名を知らない者はいない。
公爵は王族の次に権力が高い家柄であり、ローネイル王国には四家存在するが、アインズホルン家はその中でも特に注目を浴びている。その理由が――。
「代々、優秀な騎士を輩出することで有名な家系だね」
ヴァンが言う。
アインズホルン家は騎士の輩出で有名な家系であり、騎士団も抱えている家系だ。元々、戦時中から軍事色の強い家系であり、王国が騎士の優遇を始めると同時に、騎士の育成、輩出にも注力するようになった。時流に乗って更に財を築いた家系と言える。
「確か当代は二人の息女がいて、跡取りは次女の方だったかな」
「ええ。そしてわたくしは長女。つまり次期当主の姉ですわ」
頷くフレデリカに、キースは「はんっ」と荒々しく息を吐いた。
「跡取りを妹に譲って、身軽になったから、自分は自由に冒険してるってことか」
「……そういうことですの」
挑発とも取れるキースの言葉に、フレデリカはあくまで落ち着いた態度を保った。
「冒険者なら、ここが未探索領域だって知ってるでしょ? 未探索領域を一人で進むなんて自殺行為に等しいわ。……アンタ、どうして一人でここまで来たのよ?」
サリーが腕を組んで言う。
フレデリカは、神妙な面持ちで答えた。
「灰色の髪をした少年を探しております」
「……は?」
一瞬、呆けたキースが、無言でこちらに振り返った。
首を横に振る。心当たりはない。全く無い。
「歳は、わたくしと同じくらい、恐らく十五か十六でしょう。試練の際、レイゼンベルグ魔術学院の制服を着ていた人物です」
「ね、念のため訊かせて貰いたいんだが、そいつの名は何て言う」
「シオンですわ」
再びキースが振り返って睨んできた。
だから心当たりはない。心当たりは無いが……どうやら俺のことらしい。
「なんでその、シオンって奴を探してんだ」
「一言、謝罪したいからですわ」
後悔を滲ませた声音で、フレデリカは説明した。
「貴方がたが主催した試練に、わたくしとシオンは参加しておりましたの。試練の際、わたくしたちは一時的に協力関係を結んでおりましたが、その途中、意見の食い違いから解散する羽目となりました」
「……別に解散は珍しくねぇだろ。意見の食い違いなんて、良くあるもんだ」
「ですが、彼は薄人なのです」
フレデリカが言う。
「幾ら目的が食い違ったとしても、薄人を一人迷宮に置き去りにするなんて、決してあってはならないことです。……幸い彼は生き残りましたが、わたくしは、彼を見殺しにしていた可能性があるのです」
心底、反省の色を見せるフレデリカ。
キースがこちらを一瞥した。気持ちを汲んでやれ、ということだろう。
元々、俺とフレデリカは利害一致で一時的に協力していたに過ぎない。その後はやや喧嘩別れのようになってしまったが、互いの目的が食い違っていることは完全に認識していた筈だ。どちらが悪いということではない。あの解散は仕方ないことだった。
罪悪感を抱く必要はない。それでも謝罪したいと告げるフレデリカは、きっと優しい心根の持ち主なのだろう。
「気持ちは理解した。しかし、それなら何でこんなところにいるんだよ」
「それは……試練が終わった後、彼が再びここを探索しようと話していたのを聞きましたので、先回りしていたのですわ。ところが一向に彼が現われなかったので、まさか既に探索しているのかと思い、慌てて中に潜ったのです」
「成る程、成る程……」
キースが小さく溜息を零す。仮面の内側では困った顔をしているだろう。
俺も困った。フレデリカの待ち人は既にここにいるわけだが、それを伝えるわけにはいかない。かと言って、何も伝えずに突き進んでしまえば、フレデリカはいつまでも訪れない俺を待ち続けることになる。事情を聞いてしまった手前、それはしたくなかった。
「あー……その少年だがな。今、思い出した。そいつ、さっきまでギルドにいたぞ。仲間探しに苦労しているみたいだった。あの様子だと、今日中に探索することはねぇだろう。だから謝りたければ、さっさとここから出るんだな」
キースが機転を利かせる。
フレデリカは、すぐに頷くかと思いきや――首を横に振った。
「情報、感謝致しますわ。ですが、わたくしは先へ進みます」
「何故だ?」
「ここに来たのは、シオンに謝罪するためだけじゃありません。……この先には、恐らく火龍がいますの」
フレデリカの語る情報は、既知の内容だった。
しかしキースはそれを知らなかったかのように「何?」と訊き返す。
「火龍をこの領域に追い込んだのは、わたくしの責任です。できればその始末だけはしておきたいのですわ。最低でも、この領域から引き摺り出す程度のことは」
恐らくフレデリカは、火龍とこの領域の関連性を見出していない。俺たちガーベラは、火龍は守護者であり、この領域を守っていると推察している。推察が正しければ、火龍がこの領域を離れることは無いだろう。
「そのくらいなら俺たちがやっとくぜ」
説明を省いて、キースが淡白に告げる。
「……簡単に言ってくれますわね、流石はガーベラです。ですが、遠慮しておきます。これでも公爵家の長女。自分の失態は自分で拭いますわ」
フレデリカの、責任感の強さが際立った。
キースも少し驚いている。ただでさえ迷宮という特殊な環境だというのに、その上で後続の迷惑にならないよう気を遣うなんて、あまりに冒険者らしくない。
「騎士道精神ってやつか?」
「まあ、そんなものです。……後は、少し、気になることもありますし」
「気になること?」
「わたくしは一度、八層で火龍と戦闘しましたが、あの個体は少し特殊な気がします。……幾ら龍でも、あの硬さは以上ですわ」
どうやらフレデリカも、火龍に対して違和感を覚えていたらしい。
やはり彼女は一流の冒険者だ。魔物を倒すための腕っ節のみならず、観察眼も備えている。他のメンバーたちも、フレデリカの言葉に感心していた。
「ところで、急な話で申し訳御座いませんが、チームガーベラの皆様に一つ頼み事がありますの」
不意に告げるフレデリカに、キースは小首を傾げた。
「先の件の反省もあり、今は、あの試練に不合格だったことも納得しております。ですが、だからといって、わたくしは諦めたわけでは御座いません」
フレデリカが、真剣な面構えで言う。
「決闘を申し込みますわ。わたくしが勝てば、ガーベラに入れて頂きます」




