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20話『リベンジ』

 チームガーベラの冒険を初めて目の当たりにした俺は――呆気に取られていた。


「行くぜ行くぜぇぇぇ!」


 フレデリカが傍にいたら、「野蛮ですわね」と言いたそうな光景である。

 キースは満面の笑みと共に、目に入る魔物へ次々と突撃した。

 だが、その猛攻は荒々しい。時折、キースの攻撃を回避し、こちらへ迫る魔物もいた。


「あらら、『黄土』は相変わらず大雑把だね」


 エミリィが溜息混じりに呟く。

 そして、キースが討ち漏らした魔物に対し、炎の魔術を行使した。


「《炎弾ファイア》」


 驚くほど流麗に現われた炎の弾丸が、魔物を穿つ。

 大雑把で力任せに魔物を狩り続けるキース。その背後で、エミリィは的確に、討ち漏らしを処理していった。二人が通った後に、魔物は一匹も残らない。息が合っているとは思えないほど単純でお粗末な役割分担だが、二人は完璧に魔物を処理していた。


「『牡丹』。魔術の腕、上がった?」


 ヴァンの問いに、エミリィは「うーん」と悩ましげな声を漏らす。


「どうだろう。久しぶりの実戦だから、ちょっと加減を間違えちゃっただけかも」

「見たところ鈍っているようには見えないけどね」


 普段はギルドマスターと、ギルドの受付嬢という、上下関係にある二人だが、ガーベラとして活動している今は対等な仲間だ。そのためどちらも砕けた口調で声を交わす。


「久しぶりの実戦?」


 二人の会話内容に疑問を抱いた俺は、声を発した。


「ガーベラはここ一年、活動を休止していたからね。と言っても、各々訓練は続けていたから、それほど鈍ってはいない筈だよ」


 フレデリカの説明を思い出す。ガーベラは三年前に突如として現われた冒険者集団であり、そして一年前に活動を休止した。その理由として、噂されているのが――リーダーの脱退である。すぐにでも真偽を問いたかったが、ガーベラのリーダーに関しては、キースが後で説明すると言っていた。なら、今は待つべきだろう。


「よっしゃ、階段発見!」


 前方でキースが叫ぶ。二層へ向かう階段を見つけたらしい。

 早過ぎだ……開いた口が、暫く塞がらなかった。ワーニマの迷宮は、初層から第七層まで迷路型の構造をしている。俺とキースとヴァンは、つい先日、ワーニマの迷宮に来たばかりだが、この複雑な道筋を記憶するのは決して簡単ではない。

 まさに、粗野な冒険者のイメージそのものと言っても過言ではないキースだが、その脳内には非常に優れた記憶力が宿っているらしい。


「『漆黒』、ガーベラの役割分担はどうなってるんだ?」


 二層に降りると同時、俺はヴァンに訊いた。


「前衛が『黄土』。これはまあ、見た通りだね。いわゆる攻撃役アタッカーだ。中衛が僕と『銀灰』で、僕は全体の補助役サポート、『銀灰』は補助もするんだけど、どちらかと言えば攻撃役アタッカーかな。そして後衛が、『群青』と『牡丹』だ」

「『牡丹』が後衛?」


 『牡丹』、つまりエミリィは、今まさにキースと共に最前線で魔物を狩っている。その迅速な動きはとても後衛には見えない。


「彼女は後衛の回復役ヒーラーだ。後衛の攻撃役アタッカーは『群青』に任せている」


 ヴァンの説明に、俺は少し後ろで歩くサリーを見た。


「……まあ、『群青』が攻撃役アタッカーなのは納得か」

「ちょっと! どういう意味よ!」


 その気性の荒さは、まさに攻撃役にぴったりである。

 怒鳴り散らすサリーを宥めつつ、ヴァンは説明を再開した。


「当初は回復役が欲しくて『群青』を仲間に入れたんだよ。彼女、水属性の使い手だから」


 魔術の属性には、それぞれの特徴がある。

 水属性は、回復系の魔術が多いことで有名だ。そのため、水属性を得意とする者には、回復役としての活躍が期待される。

 至極真っ当な説明に相槌を打っていると、ヴァンが顔を近づけてくる。どうやらここから先の説明は、サリーには聞かせられないものらしい。


「でも『群青』は、ほら、見ての通り気が強くてさ。なんていうか、その……回復系の魔術、凄く下手なんだよね。あれって繊細な魔力操作が必要になるだろ? 彼女は魔力操作が下手だから、とても回復役を任せられなかったんだ」

「ああ……納得した」

「対照的に、『牡丹』には当初、攻撃役に回って貰う筈だったんだ。彼女が得意とする火属性は、攻撃力に長けているからね。でも彼女はとても器用だから、回復役も十分、任せられた」


 かつての苦悩を滲ませながら耳打ちするヴァンに、俺は同情と共に納得した。

 魔術は、本人の性格によってしばしば齎す結果を変える。回復系の魔術に求められる、精密な魔力操作には、集中力と精神力が必要だ。気が短い者に、この手の魔術は使えない。

 エミリィが回復役を任されたという事実は腑に落ちる。冒険者ギルドの受付嬢として働いていた時の彼女は、どんな面倒な客が現われても終始笑顔で対応してみせるし、冒険者たちへの気配りも上手だ。立ち回りの器用さは、柔軟な思考力を証明する。


 しかし、火属性で回復役とは珍しい。

 水属性とは反対に、火属性は高火力な魔術が多い。火属性の使い手と聞けば、大抵が攻撃役と想像する筈だ。


「流石ガーベラ。個性的だな」

「今のところ、一番個性的なのは君だけどね」


 ヴァンが言う。


「薄人は凡そ千人に一人、現われると言うけれど。その中でも冒険者を選んだのは君だけじゃないかな」

「……そうかもしれない」


 有り得ることだった。

 薄人で冒険することの恐怖は俺自身、はっきりと理解している。


「『大口叩き』には、『黄土』に並ぶ前衛になって貰うよ」


 ヴァンの言葉に頷く。

 と、同時、俺は顔を顰めた。


「……なあ」

「なんだい?」

「その呼び方、どうにかならないか?」


 他のメンバーは色で呼び合っているのに、俺だけ『大口叩きビッグマウス』である。格好良い名ならまだ許せたかもしれないが、大口叩きと呼ばれて嬉しい者などまずいない。しかもその名は俺にとって、苦い黒歴史を彷彿とさせるものだった。


「まあ確かに、ちょっと長いよね。何か代案あればいいんだけど」

「普通に、『翡翠』でいいんじゃない?」


 意外にも、助け船を出したのはサリーだった。


「元々私たちの二つ名って、全部、魔力の色から来てるじゃない。そいつの魔力は翡翠色なんだから、どうせ遅かれ早かれ『翡翠』って呼ぶことになるわよ」

「……それもそうだね。というか、その想定で翡翠色の外套を作ったんだし」


 斯くして――俺の呼び名は、『翡翠』となった。

 さらば、『大口叩き』。


「ああ、でも正式に二つ名を貰うまで、対外的には君のことを『大口叩き』と紹介するから」


 おかえり、『大口叩き』。非常に短い別れだった。

 話の接ぎ穂を失ったと同時、俺は後方を一瞥した。

 灰色の外套を纏う男、ジンディス=オルギル……通称ジンは、探索開始から一度も声を発していない。不機嫌には見えないが、やはり感情が読めない振る舞いだ。


「どうかしたか?」


 視線を向けていることを悟られ、ジンが短く訊いてくる。


「ああ、いや。何でもない」

「そうか」


 やや無理矢理、誤魔化したが、ジンは疑問を抱く様子もなく、口を閉ざした。

 そんな俺たちのやり取りを見て、ヴァンが小さく笑む。


「『銀灰』は自分から喋らないだけで、会話は普通に出来るよ。……そうだよね?」

「会話も出来ずに冒険者が務まるか」


 ジンが短く返す。そして、再び俺に対し声を掛けた。


「『翡翠』、あまり油断するな。俺たちは力量的に余裕だが、お前はそうでもないだろう。いざという時、誰かに守って貰えると思うなよ」


 告げられた言葉に、俺は気を引き締めて頷いた。

 確かに俺は、フレデリカと探索していた時とは比べ物にならないくらい気が緩んでいた。

 気合を入れ直した俺に、ジンは「ふっ」と微笑する。


「新入りは、少し緊張するくらいが丁度いい」


 未だジンの感情は読みにくいが、どうやら感情が無いわけではないらしい。きっと今、その仮面の向こうには、ニヒルな笑みが浮かんでいるのだろう。






 ◆






「――八層、到着だ」


 先行していたキースの言葉に、一同は足を止め、周囲を見渡す。

 ワーニマの迷宮、第八層。ここに、目的となる隠し扉がある。


「ふぅん。話に聞いていた通り、本当に何もない空間ね」

「でも、これだけの自然は珍しいんじゃない? カーナブンの迷宮を思い出すね」


 目の前の光景を、あっさりと切り捨てるサリーに対し、エミリィは感心した様子で眺めていた。

 そんな、まるでこの階層に初めて訪れたかのように言う二人に、俺は疑問を抱いた。


「二人は初めて八層に来たのか?」

「え? そうだけど、どうして?」


 エミリィが訊き返す。


「ガーベラの試練の時、『黄土』と『漆黒』は、俺のことを影から見ていたみたいだから。他のメンバーも、別の誰かを観察していたのかと」

「あー、そういうことか」


 納得した素振りを見せるエミリィは、続けて言った。


「ぶっちゃけ、『翡翠』のことしか見てなかったよ」

「え?」

「元々、君のことは何年も前から、私と『黄土』と『漆黒』の三人が推薦してたからね。あの試練は、どちらかと言うと『縁』になってくれそうな人を探してたの。だから、直に様子を見ていたのは君だけだよ。私たちは普通に休憩してた」

「何年も前って……そんな昔から、俺の勧誘を考えていたのか?」

「うん。だって君、サイハテに行きたがっているようにしか見えなかったから」


 少し神妙な面持ちになって、エミリィが言う。


「サイハテなんて馬鹿げた目標を掲げる人は、やっぱり、他の冒険者とは見ているものが違うよ。君は子供の頃からずっと、そういう雰囲気があった。……ふふっ、やっぱり『大口叩き』って名前は、君にぴったりだね」


 それは褒めているのだろうか。

 言われて悪い気はしない。照れていると、脛をサリーに蹴られた。


「痛っ!?」

「鼻の下伸ばしてんじゃ無いわよ。さっさと隠し扉に案内しなさい」


 サリーに急かされ、俺は隠し扉の方へ足を向ける。

 口調は厳しいが、後衛の攻撃を任されているサリーは自らの役割を全うしていた。時折、周囲を見渡しているのは龍を警戒しているからだろう。見たところ八層に龍の姿はない。突然、隠し扉から現われることも警戒しながら、俺たちは扉へと近づいた。


「それじゃあ潜るぞ」


 キースを先頭に、隠し扉の中へ入る。

 玻璃を突き抜けたような感覚がした直後、目の前の景色は一変した。


「おぉー……これは、絶景だね」


 エミリィが感嘆の声を漏らす。見れば、サリーも目の前の幻想的な光景に絶句していた。

 流石にこればかりは、ガーベラも見慣れた光景ではないらしい。自然と崩壊した人工物は絶妙に調和しており、さながら庭園のような雰囲気を醸し出している。ここに訪れるのは二度目の俺でも、絵画の世界に迷い込んだかのような錯覚に陥った。


「調査に入るぞ。各自、何か発見したらすぐに共有してくれ」


 キースの指示に、景色を眺めていた一同が気を引き締める。

 未探索領域の探索は、綿密な調査によって安全度が増す。今回、俺たちが最も警戒するべきは火龍だ。そのため、火龍の行動圏内であるこの領域から、少しでも現在の火龍の状態を把握しておきたい。

 足元に目を配っていたヴァンが、何かを発見した。


「足跡がある。……重心が左に傾いているな。これは多分、『黄土』の攻撃を受けた影響だ。だとすると、この足跡は僕らが戦った後に出来たのものだね。……例の門とは逆の方……八層方面へと移動している。一度、僕らを追いかけて八層に出たのかも」


 顎に指を添え、ヴァンは冷静に分析を続ける。


「自己防衛を優先するならこの場に留まる筈だ。傷が癒えるよりも早く僕たちを追って八層に出たということは、それだけ僕たちを、早急に倒すべき敵だと判断したんだろう。……魔物にしては考えられないくらい執念深い。龍は何かを守っているという説が、より濃厚になってきたね」


 足跡ひとつから様々な情報を導いてみせるヴァン。

 次いで、ジンも地面から何かを発見する。


「潰れてはいるが、動物の糞があるぞ」

「糞?」


 キースが訊き返し、すぐにジンの方へ近づいた。


「焦げ茶色で粒状……青鹿あおじかだな。だが、迷宮に動物は生息しねぇだろ。なんでこんなところにある?」

「可能性があるとしたら、例の門の先だな」

「成る程……俄然、あの先が気になってきたな」


 キースが不敵な笑みを浮かべる。

 龍が守護しているナニかがあるかもしれない、門の向こう。今回の冒険の目的は、その門の先にあるナニかを確認することだ。

 未探索領域の調査はまだ続く。


「ねえ、あの木に細かい傷がついてるんだけど。これは龍がつけたものかしら?」


 サリーの疑問に、傍にいたヴァンが答えた。


「見たところ自然とついた傷じゃないね。ここの主が龍一匹なら、マーキングの線も薄いし。……『牡丹』、確か植物に詳しかったよね? これを見てくれないか」

「はーい。どれどれ……ああ、これは龍じゃないね。鉋蔓かんなづるっていう、刃物みたいな蔓があるんだけど、それがつけた傷だと思う。ほら、そこに生えてるし」

「へぇ、初めて見るかも。役に立つなら採取しておくかい?」

「うーん……珍しいものではあるんだけど、あんまり用途は多くないからねー。磨り潰すと薬の材料になるんだけど、効果は薄いし」


 目の前の光景から次々と冒険に役立つ情報を得る彼らを見て、俺は申し訳ない気持ちになった。俺も、こうした冒険に役立つ知識は、本を読むなどして身につけていたつもりだが、彼らとはその質が違う。今の俺では彼らの役に立てそうもない。

 まるで学者だ。

 ここに粗野な冒険者は一人もいない。


「冒険者だって頭は使うんだぜ?」


 唖然としていると、キースが笑みと共に声を掛けてきた。


「……みたいだな」


 深く頷く。


「『翡翠』、今後は最低でも、博物学と考古学を学べ」

「博物学はともかく、考古学?」

「冒険では過去の文明と遭遇することが多い。迷宮だって、もう何十年も前に生まれたものばかりだしな。いずれは学者レベルの知識を身につけて貰うつもりだ。覚悟しておけよ」

「……お手柔らかにお願いします」


 鍛えるのは身体だけではない。頭もだ。

 勿論、冒険のためになることなら進んで学ぶつもりだが、苦しむことは確実だろう。冷や汗を垂らしながら、俺は承諾した。


「ん?」


 探索を続ける中、キースが小さく声を漏らす。


「誰かいるな」


 遠くを見つめながらキースは告げる。同時、ガーベラの仲間たちは最低限の戦闘準備を行った。次第に俺の目にも、遠くにいる人影が映る。


 金色の髪に、真っ赤な衣服。

 派手な容貌をしたその人物を前にして、俺は思わず呟いた。


「フレデリカ……?」



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