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01話『冒険者と書いた馬鹿』



「もう一度言うぞ。よく聞け」


 広くも狭くもない、見慣れた教室の正面。

 教卓の前に立つ男性教師は、小さな紙束をひらひらと揺らしながら言った。


「――進路希望に"冒険者"と書いた馬鹿は、正直に名乗り出ろ」


 溜息混じりに告げる教師の言葉に、教室中の生徒たちがざわめいた。

 朝のホームルームのことである。本来なら、尾を引く眠気と争っている内に勝手に終えるこの時間だが、今回は少しばかり長引きそうだった。クラスメイトたちが視線を左右にやり、「余計なことをした犯人」を探し始める。


「おい、シオン。お前じゃねぇの?」


 その時、横合いから、悪友のテッドが声を掛けてきた。

 その短い茶髪と阿呆面は数年来の付き合いで見慣れている。見た目通りの頭の悪さには定評がある男だ。その代わり身体能力は高く、体格も整っているが、如何せん頭の悪さが酷すぎるので、誰にもその長所を称賛されていない。

 からかうようなテッドの仕草に、俺は深く息を吐いた。


「ちげぇよ」

「へー? ほんとかなー?」

「ほんとだって」


 中々引き下がらないテッドに対し、俺は極めて無関心な体を装った……と思う。

 内心、僅かばかり、砂粒ほどではあるが、少しだけ期待していた。

 もしかして、この教室には、本気で冒険者を志している人間がいるのだろうか。


「すみませーん、俺でーす!」


 巫山戯た声音が聞こえた。

 教室の中心で、ゲラゲラと笑いながら、その男子生徒は挙手をする。

 クラスメイトの筈だが、その人物の顔と名を俺は知らなかった。……覚えていないということは、それほど興味が無い相手だったのだろう。

 胸中にあった微かな期待は、一瞬で無惨にも崩れ去った。


「ったく、余計な手間を取らせんな。おら、再提出しろ」

「いや、でも俺ら、まだ高等部に入ったばかりですよ? 進路なんて分かりませんって!」

「それでも冒険者は無いだろ、冒険者は」


 教師が後ろ髪を掻きながら言う。


「とにかく、書き直せ。全く……路頭に迷いたいなら、学院なんて辞めちまえ。冒険者になるなんて、人生を棒に振るようなもんだぞ」


 男子生徒がやる気のない返事をしたところで、チャイムが鳴った。

 生徒たちが次の授業の準備をする中、二人のクラスメイトが俺の席に近づいてくる。


「なんだ、シオンじゃなかったのか」

「お、ケイル。やっぱそう思うよな」


 ホームルーム中、声を掛けてきたテッドに加え、もう一人、別の悪友が声を発した。

 青紫の長髪を後ろで縛ったケイルという男だ。整った目鼻立ちに、賢しらな口調と仕草をしているが、肉付きが悪く、骨が浮き出たヒョロヒョロの体躯がそうした魅力を悉く相殺している。テッドとは真逆の、頭はそこそこいいが、運動はからっきしの男だった。

 テッドと同じく、ケイルも数年来の付き合いである。


「どいつもこいつも……なんで俺なんだよ」


 顔を顰めながら言うと、すぐにケイルが答えた。


「なんでも何も。シオンは冒険者を目指してるのだろう?」

「だから目指してないって言ってるだろ」

「しかし中等部の頃は、冒険者になりたいって言ってたじゃないか」

「何のことだかサッパリ分からん」


 適当にしらばっくれる。

 ケイルとテッドは笑っていた。今の会話は、そんなに面白いものだったのだろうか。


「別に、冒険者も珍しい職業じゃないだろ」


 呟くようにそう言うと、テッドが考える素振りを見せる。


「うーん、珍しくはないけど、学院を卒業してまで冒険者になる必要なくね?」

「テッドの言う通りだ。冒険者は、割に合わない肉体労働と評判だしな」

「どーせ肉体労働するなら騎士の方がいいよな。格好良いし信頼もあるし」

「そうだな。まあ、どのみち俺たちでは無理だが」

「その通り」


 ケイルの言葉に、テッドが深く頷いた。

 二人は妙なポーズを取って、声を張り上げる。


「我等、落ちこぼれ三人衆!」

「抜け駆け禁止! 努力も禁止!」

「将来の夢は、三人揃って――――」


 続きを告げろと言わんばかりに、二人が俺に視線を注いだ。

 少し考える。だが、答えは分からなかった。


「……なんだっけ?」

「逆玉の輿だよ! 逆玉!」

「つまり、お婿さんだ!」


 悪友二人が大袈裟な素振りで言う。

 そう言えば、そんなことを言ってたなぁ、と。無駄な記憶が蘇った。


「何あいつら」

「きもっ」


 教室の片隅にいた女子生徒たちから、罵倒を浴びせられる。

 落ちこぼれ三人衆。――その内の一人が自分であることを、今更、悔しがることはしない。いっそ、彼らのように開き直った態度を取ることができれば、俺も気が楽になるのだろう。そうしないのは、俺の中に残る、ちっぽけなプライドのせいだ。


「ちなみに俺独自の情報網によると、学院の女子たちが将来、結婚したい相手の職業として、一番選んだのは……」

「選んだのは……?」


 真剣な面持ちで続きを待つテッドに、ケイルは生唾を飲む。 


「騎士だ」

「んだよ、やっぱり騎士かよ」

「コメントも寄せられているぞ。『収入が安定していて頼もしい』『知人に自慢できる』『格好良い』とのことだ。ちなみに最下位は冒険者となっている。主な意見としては、『収入が安定していないから嫌』『がさつで、だらしない印象』『汚そう』などがある。残念だったな、シオン」

「別に残念ではないけど汚くはないだろ」

「汚くはないかもしれないが、汚そうというのが問題なのだろうな」


 中々、的確な考察を述べるケイルに、俺は釈然としないものの納得した。


「そういや、シオンは結局、進路希望になんて書いたんだ?」

「取り敢えず騎士にしておいた」

「無難だな。まあ皆そんなものか」

「少なくとも冒険者はねーよな」


 他愛もない、意味のない、何一つ変容のない会話だ。

 それが、癪に障る。俺たちが抱えているこの常識は、本当に普通のものなのだろうか。

 騎士が持ち上げられ、冒険者が見下される。それは正しいのだろうか。


「……冒険者にしか、出来ないこともあると思うけどな」


 無意識に、口から思考がこぼれ落ちる。


「例えば?」


 俺の呟きにケイルが反応した。

 例えば、そう、例えば――。


「サイハテに、行くとか」


 後先を考えることなく、胸中の蟠っている願望を吐露した刹那、俺は我に返った。


 ――しまった。


 余計なことを言ってしまったと、瞬時に自覚する。

 それは、俺が最も口にしてはならない一言だった。

 俺はかつて、似たような発言をしたせいで苦い経験をしたことがある。

 負の感情が渦巻く中、恐る恐る、視線を持ち上げてみると――。 


「ぶはっ!」

「ふっ」


 二人の悪友は、小さく吹き出していた。


「何言ってんだ、お前。くっだらねぇ」

「シオン、巫山戯るのは止せ。俺は真面目な話をしているのだ。とにかく女子の気を引くためには――」


 あっさりと話題は流される。

 俺は一瞬、拍子抜けしたが、すぐに我に返った。

 

 ――まあ、それが普通の反応だよな。


 二人は決して、俺の言葉が本気であると、捉えない。

 先程の俺の発言は冗談なのだ。冗談に決まっていると、世間の常識が言っている。

 安堵と寂寥感を綯い交ぜにしつつ、俺は二人の会話に相槌を打った。

 


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