18話『冒険の仲間』
現状を把握することに、かなりの時間を要した。
ここ数日でチームガーベラの名は常に意識していたし、それに対す憧憬は膨らみ続けていた。だが試練を自ら捨てた俺にとって、その名は最早、手の届かない存在であると思っていた。平たく言えば……完全に、諦めていたのだ。
だが、そんな諦めていた筈の、存在が――。
今度は俺に、手を差し伸べてきた。
「……俺は、試練に不合格なんじゃ」
口から零れだしたのは、どうでもいい疑問だった。
キースが笑いながら答える。
「あのなぁ。俺たちは正体不明の一団だぜ。あんな衆目の的となるところで、堂々と仲間を迎え入れるわけねぇだろ」
言われてみれば――その通りだ。
ガーベラは全員、その正体を世に隠している。となれば、新たな仲間も秘密裏に入れる筈だ。あんな注目されている場で誰かを招き入れることはない。
「じゃあ……キースも、ヴァンさんも、エミリィさんも。皆、ガーベラの一員だったんですか」
「そういうことだ。俺たちはずっと、てめぇを見定めていた」
キースが答える。ヴァンさんとエミリィさんは、微笑しながら頷いた。
全く知らなかった。全く気づかなかった。
「……騙された」
「はっはっはッ! これでも長いこと、正体を隠して活動してっからな! 演技には自信あるんだよ!」
「キースとか……絶対、ただの性格悪いおっさんだと思ってたのに」
「んだと、てめぇ!!」
まだ酒が入っているのか、キースが唾を吐きながら叫んだ。
キースの振る舞いは、やはり世間が持つガーベラのイメージとはそぐわなかった。
元よりキースとは敬語抜きで軽口を叩き合っていた仲だ。いきなりガーベラの一員だったと言われても、正直、敬意を持つのは難しい。
「ったく、少しは胸を張って貰わねぇと困るぜ」
キースが後ろ髪を掻きながら言った。
「俺たちがお前を選んだ理由はただ一つ。本気でサイハテを目指しているからだ」
その一言に、俺の胸が熱を帯びた。
本気でサイハテを目指しているから、俺を仲間に迎え入れた。
なら、チームガーベラは――。
「チームガーベラの最終目標は、サイハテに行くことだ。たとえ世間が何と言おうと、俺たちの目指すモノは何一つ変わらねぇ。サイハテに到達すること……それが俺たちの目標であり、そして冒険をする理由だ。この志を共にできる人間を、俺たちは一年前からずっと探していた。そして……漸く、見つけた」
キースが、俺を真っ直ぐ見据えた。
「お前の覚悟、はっきりと聞き届けたぜ。ここにいる連中は、全員お前の同胞だ」
集う視線と掛けられる言葉に、かつてない情熱を感じる。
これほど純粋で、火傷しそうなくらい熱い感情を向けられたことがあるだろうか。押し潰されそうな重圧の中、希望に満ちたものが確かにあった。冒険者として生きる覚悟。逆風に耐えながらサイハテを目指す覚悟。学院では……これまでの人生では一度も感じなかった、他者の強靱な想いが、正面からぶつかってくる。
涙が垂れた。身体が震えた。
俺はずっと、これを求めていたのだ。馬鹿にされ、見下され、それは幻だと吐き捨てられて。それでも手放すまいと掴み続けていた、ひとつの願い。自分でも抑えきれない、どうしようもないくらい強いこの想いを――俺は、誰かと共有したくてたまらなかったのだ。
ここにいるのは俺と同じだ。
たとえ世界中から見放されても、愚直にサイハテを目指す。
そんな馬鹿で、一途で、最高の仲間たちだ。
「一応、主要メンバーを紹介しとくぞ。……おら、涙拭け」
「……悪い」
止めどなく流れ落ちる涙を、手の甲で拭う。
それからキースは、親指で自らの胸をさした。
「まずは俺、キース=ウィニング。二つ名は『黄土雷震』だ」
「二つ名か……」
「主要メンバーは全員、二つ名を持っている。ガーベラとして活動している間は、正体を隠すためにも、この二つ名で呼び合うのがルールだ。幸い俺たちは全員、二つ名に色がついてるから、それで呼んでくれ。俺の場合は『黄土』でいい」
キースの説明に頷く。
次はヴァンさんが口を開いた。
「ヴァン=クルーデット、『漆黒の蛇』だ。改めて、よろしく」
次は、隣のエミリィさんが、朗らかに笑いながら声を発す。
「エミリィ=ハイナー、『灼薬牡丹』だよ。シオン君とは多分、一番付き合いが長いんじゃないかな」
恐らくはその通りだ。彼女とは初等部からの付き合いである。
エミリィさんが自己紹介を終えると、その後ろから灰色の外套を纏った男が現われた。
「ジンディス=オルギル、『死の銀灰』だ。普段はジンと呼んでくれ」
フードを外して男が告げる。
美しい銀髪の男だった。その顔立ちは、腕の立つ職人が造形した人形の如く丹精であり、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。背は高く、一見すれば細身だが実際は筋肉質の身体であり、鍛錬によって肉体が洗練されていることが窺える。
その男の声は、やはり聞き覚えのあるものだった。
「確か、冒険者ギルドに来た人……ですよね。後、試練の時も……」
「そうだ。俺は他国の人間だからな。正体を見破られる可能性が低いと考え、人前に出る役を担った」
その声音や佇まいから、硬い印象が取れる男だった。
感情が読めない。だが、こちらを嫌悪している様子では無さそうだ。
「で、最後の一人が……」
キースが視線を横に逸らす。
その先にいた、
「サリー=マクドラセル、『群青の公』よ」
薄群青の髪をツインテールに結んだ少女が、端的に名を告げる。
年下だろうか。体格も顔立ちもあどけない。その丸々とした目は、刺々しく俺を睨んでいた。
「多分、シオンと全く接点が無いのはサリーだけだよな? まあコイツ、病的なまでに人見知りだから、暫く苦労するだろうけど宜しくやってくれ」
「うっさいわね、脳筋」
吐き捨てるように言ったサリーは、再び俺を睨む。
「私、まだアンタのこと認めてないから」
鋭い瞳で俺を睨みながら、サリーは言った。
少し驚いたものの、俺は不敵に笑って答えてみせる。
「なら、認めてもらうよう、善処する」
「……ふん」
そっぽを向くサリーに、俺は苦笑した。
元より、俺はこの瞬間まで自分がガーベラの人間になるとは思っていなかった。心構えなんて全く出来ていない。――精進は必要だ。ここが俺のゴールではない。
主要メンバーの自己紹介が終わったらしく、キースが再び前に出た。
「ガーベラは基本的に、この主要メンバーで冒険に挑む。つまりシオンは六人目だな」
「あれ、じゃあ残りの人たちは……」
「現地協力者だ。ガーベラ内では『縁』と呼んでいる。『縁』の役割は、主に冒険に役立つ情報収集や、様々な支援活動だ。シオンは後で、そいつらと装備を調達してくれ」
キースの説明に、酒場に集まる他の者たちが小さく礼をした。俺も一応、礼を返しておく。
「それと、ガーベラでは敬称、敬語を禁止している。うちは構成員を徹底的に秘匿しているからな。一方が謙った態度を取れば、そいつらの上下関係は丸見えだ。そこから正体を推測される可能性もある」
「成る程……」
「活動中は二つ名で呼ぶから、別に敬称は問題ない。その辺は臨機応変に対応してくれ。……もう俺だけタメ口にはすんなよ?」
若干、キースは強調して言う。
自分だけ敬語抜きだったことを気にしているのだろうか。
「シオン君、試しに私のこと呼んでみて」
エミリィさんがニコニコと笑いながら言った。
少し恥ずかしく感じながらも、俺は応じる。
「……エ、エミリィ」
「おぉーっ! なんだか新鮮な気分……!」
「エ、エミリィは俺のこと、君付けで呼び続けるのか?」
「私はちゃんと使い分けられるから大丈夫だよーん」
臨機応変というか、要は各自の判断に任せているようだ。新入りである俺は、一先ず指示に従っておくべきだろう。敬称ありで敬語なしは、確かに話し辛い。
「エミリィは……その、冒険者だったんだな」
敬語抜きでの対話に慣れていないため、少しぎこちない言葉で訊いた。
「まぁね。こう見えてかなりのベテランだよーん?」
「……そう言われると、確かにそう見える」
この個性的な面子の中、エミリィは確かに馴染んでいた。
「シオンも一応、自己紹介しとけ」
キースに言われ、俺は頷く。
僅かな緊張を胸に――だがそれ以上の期待を抱き、声を発した。
「シオン=ベイルです。これから宜しくお願いします」
名を告げた直後、酒場全体が揺れるほど、冒険者たちが騒ぎ立てた。
大勢が、俺を歓迎しているようだった。
だがそこは冒険者。とても感動的なムードとは言い難い。
「一発芸やれ! 一発芸!」
「面白い話しろ!」
「なんか渾名とかねぇのか!」
罵声にも近い大声で、茶化すような言葉が聞こえてくる。
悪気は感じないが、どう応えればいいものか。困っているとキースが笑いながら近づいてきた。
「渾名はともかく、これからガーベラとして活動して貰う以上、仮の呼び名が必要だな。いずれは二つ名も取って貰うが、流石に今すぐは無理だろう。……なんかねぇのか? 学院で呼ばれている名とか」
「……一応、ある」
その名を告げることに逡巡したが、俺はゆっくり、告げた。
「大口叩きだ」
そう告げた直後、まるで世界が凍り付いたかのような静寂が訪れた。
何だ? 俺は何か変なことを言ったのか?
不安が過ぎる中、やがてキースが、大きな声で笑い出す。
「くくっ、そうか。大口叩きか……くは、ははははははっ! そうかそうかぁ! じゃあ、お前は今日から、『大口叩き(ビッグマウス)』だ」
キースが笑いながら宣言する。
それに対し、傍に立っていたサリーが目を剥いて反応した。
「ちょ、ちょっとキース! その名は――」
「いいじゃねぇか。何の因果かは分からねぇが、ぴったりだと思うぜ、俺は」
そう言って、キースは何かをこちらへ投げ渡した。
放物線を描いて落下するそれを、片手で受け取る。開いた掌の上には、銀色の鍵があった。
「暫くはギルドの宿泊施設に泊まってけ。明日は装備調達、明後日に冒険開始だ」
順調に、冒険の足音が近づいている。
騒がしい空気の中、俺は大きく返事をした。




