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17話『邂逅』

 学院の校門へ向かうと、その傍に、壁に背中を預ける人影があった。

 少し薄暗い景色の中、近づくにつれその人物が誰だか分かる。


「キース?」


 土色の短髪に、筋骨隆々の体躯。学院の中では滅多に見られない、恵まれた体格をしたその男は、こちらの存在に気づくなり小さく笑みを浮かべた。


「よお、シオン。迎えに来たぜ」

「態々迎えに来る必要なんて無いだろ」

「まあ、ちょいと不安だったからな」


 含みのあるキースの言葉に、首を傾げる。


「……あの嬢ちゃんは、いいのか?」


 その問いに、キースが抱いていた不安とやらの正体を悟った。

 先日はラクシャのせいで慌ただしい解散となった。俺がラクシャに説得され、もう冒険しないのではないかと危惧したのだろう。


「問題ない。寧ろ、気が引き締まった」

「そうか。……まあ、そうだろうとは思ったぜ」


 キースが微笑し、冒険者ギルドへと足を向けた。

 それに続く形で俺も学院を出る。


 心は何処か空虚だった。

 ラクシャと分かり合えなかったという事実がずっと頭に残っている。幼馴染みで、かつては一緒にサイハテを目指そうと約束していた彼女だが、今となっては完全に俺と交わらない、平行線の未来を見据えている。


 これから冒険について話し合うというのに、気分はいまいち高揚しない。……恐れているのだ。俺は結局、幼馴染みとも、そしてキースやヴァンさんたちとも分かり合えないのではないかと、不安を抱いている。


「仲間の件だがな。まだ結論は出てないらしい」


 キースが言う。


「まだ協力してくれるかどうか、分からないってことか?」

「そういうことだ」

「なら、別に今日は集まる必要無いんじゃ……」

「折角だから、ここらで友好を深めとくってのも悪くねぇだろ?」


 豪快に笑い声を発しながら、キースが言う。

 やがてキースと共に辿り着いた場所は、冒険者ギルド――ではなく、その隣の酒場だった。


「友好を深めるといったら、やっぱここしかねぇな」

「……いや、俺一応、未成年なんだが」

「冒険者が律儀にルール守ってんじゃねぇよ」


 キースが酒場の扉を開ける。

 酒場には既に十名近くの客が入っていた。馴染み深い喧噪の中、黒髪の青年が歩み寄ってくる。


「やあ、シオン君。こんばんは」


 先日と同じ装いで、ヴァンさんが現われた。


「こんばんは、ヴァンさん」

「キースから聞いているとは思うけれど、どうやらまだ仲間の方は確保出来てないらしい。とは言え折角、今日は集まる予定だったんだから、ついでに友好を深めたらどうかと思ってね。元々、僕らは現地で手を組んだんだし、あまり互いのことを知らないだろ?」

「友好を深めるのは問題ないんですが……ヴァンさんはいいんですか? ギルドマスターの仕事とかあるんじゃ」

「これも仕事の内さ。ギルドマスターではなく、冒険者としてのね。それに、作戦前に友好を深めると、冒険の成功率が上がるんだよ。これは統計的な事実だ」


 有り得る話だ。フレデリカと組んでいたことを思い出して納得する。フレデリカとも、こうして話し合う機会を設けていれば、あんな結末にならなかっただろう。


「ついでに言うと、てめぇの心持ちを知りたくてな」


 ヴァンさんが確保してくれた席に、キースが腰掛けながら言う。


「心持ちと言うと?」

「あのなぁ。相手はあの火龍だぞ。死ぬ気で戦わねぇと勝ち目はねぇ」


 キースが近くの店員に、三人分の酒を注文する。

 その隣に腰を下ろした俺は、少し考えて答える。


「死ぬ気の覚悟に関しては、この中の誰よりもしたことがあると自負している」

「ほぉ。妙に自信あるじゃねぇか」

「薄人は何をするにしても命懸けだ。火龍以前に、迷宮を探索する時点で俺は死を覚悟している」

「……それ、あんまり嬉しいことではないね」


 苦笑いするヴァンさんに、俺も顰めっ面で頷いた。その通りである。

 

「ま、その辺の話は、酒を飲みながらでもいいだろ」


 既に料理の注文は通っていたのか、テーブルに次々と皿が並べられる。冒険者の食卓に、貴族らしいマナーは微塵もない。前菜も主食も、大きな皿に豪快に盛り付けられ、広めのテーブルに纏めて乗せられる。

 拳四つ分の大きなジョッキが、三人分、運ばれた。


「先日。無事、生還できたことに――」


 キースがグラスを前に突き出す。


「そして、これからの冒険に――」


 ヴァンさんも、グラスを突き出す。


「――乾杯!」


 最後に俺がグラスを出し、それぞれ酒を飲み出した。






 ◆






「成る程なぁ。薄人ってのは、面倒な柵の中で生きてんだな」


 酒も食事も程々に取り始めて暫く。

 俺たち三人は共に顔を赤くしながらも、言葉を交わしていた。


「でも少し納得したよ。シオン君の物怖じ無い性格は、薄人だからこそ養われたものなんだね」

「俺って、そんなに物怖じ無い性格してます?」

「隠し部屋に一人で挑もうとするなんて、普通は有り得ないよ。そういう話を耳にしたら、十中八九、嘘を疑うくらい」

「……そんなに、ですかね」


 何故か素直に納得できなかった。

 多分、それは俺が持っている、冒険者の印象によるものだろう。


「坊主ぅ! 言いたいことは分かるぜ! 最近の冒険者は腑抜けてるってことだろぉ!?」


 たらふく酒を飲み続け、完全に出来上がった様子のキースが言う。


「未知の世界を見つけたら、迷わず突っ込むのが冒険者ってもんだ! だというのに最近の連中は、やれ装備が足りねぇ、やれ体調が万全じゃねぇって、言い訳ばかりしやがる! 冒険に命を賭けねぇなら、冒険者なんて辞めちまえ!」


 力説するキースに、周りの客たちがこちらへ振り向く。

 キースの告げた言葉は、俺の胸にも鋭く突き刺さった。


「…………その通り」

「あ? なんだって?」

「その通り!!」


 思わず叫ぶ。

 多分俺も、キースに負けないくらい酔いが回っていた。


「冒険者の仕事は冒険だ! それのみに没頭して何が悪い! たとえガーベラの試練の最中だとしても、目の前に冒険があればそれを第一に優先するべきなんだ! だからあの時、フレデリカと別れた俺は、間違ってない!」

「おう! よく言ったぞ坊主!」

「断じて! 間違いではなぁい!!」

「一応まだ気にしてたんだね……」


 勿論気にしていた。というかモヤモヤしていた。

 多分、あの時の俺とフレデリカは、どちらも正しくて、どちらも誤っていたのだろう。冒険者の生き様に正解なんて無いのだ。それでも、好みはある。俺にとって冒険は目的そのものだ。故に、冒険を手段として考える人とは、どうしても根底の部分で意見が噛み合わない。

 そうした好みを共感できたのは、純粋に嬉しかった。


「酒だ酒! 追加しろ!」


 キースの大声が酒場に響き渡る。

 奥の方から、ジョッキを両手に抱えた店員がやって来た。


「はいはい、お酒追加ねー。って、あれ? なんだか珍しい組み合わせ」


 酒を持ってやってきたのは、エプロンを纏ったエミリィさんだった。


「やあ、エミリィ。ごめんね、受付だけじゃなくこっちの仕事も任せちゃって」

「いいですよー。この時間は依頼を請けに来る冒険者も少ないですし。私も帰るには少し早いですから」


 ヴァンさんの労りの言葉に、エミリィさんは普段通りの柔和な笑みで返した。

 俺はいつも、この時間には学院の寮に戻っていたため知らなかったが、どうやらエミリィさんは夜になると、ギルドの仕事だけでなく酒場の仕事も任されることがあるようだ。


「おうおう、受付の餓鬼んちょじゃねぇか」

「私、餓鬼んちょじゃないですよー! これでも十七歳です!」

「十分餓鬼じゃねぇか」

「シオン君よりは年上ですよ。ねえ、シオン君?」

「まあそうですけど……正直、同い年に見えますよね」

「ちょっと!?」


 俺にとって、エミリィさんとは初等部からの付き合いだ。酒によって緩んだ気のまま、つい軽口を叩いてしまう。


「折角だから、エミリィも一緒にどう?」

「え、いいんですか? じゃあ、ちょっとだけ失礼しますよーっと」

「お、いいねぇ! やっぱ酒飲むなら、華も必要だよな!」

「やだなぁ、私が華だなんて。まったく、キースさんはお目が高い!」

「はっはっは! これでも女を見る目は確かなんだぜ?」


 ほんとかよ、と。思わず内心で呟いた。


「女といやぁ、昨日シオンを持ち帰った女も、かなり上玉だったなァ」

「も、持ち帰った!? えぇーっ!? シオン君、そういう関係の人いるんだ!?」

「エミリィ、そういう意味じゃないよ」

「そういう意味だったとしても、普通に失礼ですよね」


 突っ込みを入れる。エミリィさんも存外、失礼だ。

 後、俺が持ち帰ったのではなく、ラクシャが持ち帰ったのだ。

 中々冒険者らしい、がさつな雰囲気になってきた。これが学院の、騎士を目指す生徒たちにとっては、敬遠したがるものなのだろう。だが俺にとっては居心地が良かった。


「シオン、あれがてめぇの言ってた幼馴染みってやつか?」

「ああ」

「あれは将来、絶対にいい女になるぜ! 今度俺に紹介してくれよ!」

「しねぇよ」


 そんなことしたら、キースが死ぬ。次に俺も死ぬ。


「そう言えば、あの女の子、気になることを言ってたね。シオン君の父親がどうとか」


 ヴァンさんが言う。

 ジョッキを軽く傾けた俺は、三人に注目されていることを察し、ゆっくりと語った。


「俺の父親、冒険者だったんですけど……俺が五歳の時に冒険に出てから、帰って来てないんです。最初の数年は、まだ生きているかもしれないと思っていましたが……もう十年になりますから。流石に、既に死んでいるだろうと、諦めています」

「成る程ねー……まあ、冒険者には、ありがちの結末だよね」


 エミリィさんが、慰めでも挑発でもない、純粋な事実を述べる。


「シオン君が冒険者になったのは、父親が関係しているのかな?」


 ヴァンさんが、ジョッキから手を離して訊いた。


「どうでしょう。……影響はあると思います。冒険者を目指す切っ掛けになったのは、父親かもしれません。けど、あくまでそれだけです。俺は別に、父親の行方を探すために、冒険がしたいわけじゃありませんから。冒険者になると決めたのは、父親ではなく俺自身です」


 薄情と誹られるかもしれないが、俺にとってはやはり冒険が一番だ。父親の行方は確かに気になるところだが、それが冒険と逸れる場合、俺は迷うこと無く冒険を優先する。……きっと父親も、俺にそうして欲しい筈だ。

 少し真面目な話題になったからか。次はエミリィさんが神妙な面持ちで口を開いた。


「前にも似たようなことを言ったけど、冒険者って色々と不遇だよ? 危険なことも一杯あるし」

「危険は承知です。昨日、まさに生きるか死ぬかの瀬戸際を見ました」


 あの火龍を前にして、死を覚悟しない者はいないだろう。

 散々騒いでいたキースが、ジョッキをテーブルに置き、俺を見る。


「普通の社会には戻れねぇぞ」


 どこか重みのある声音で、キースが言った。


「てめぇが今通っている学院ってのは、いわば社会の縮図だ。そこに馴染めるかどうかで、今後、社会に適応できるかどうかが決まる。……てめぇはまだ若ぇ。今は馴染めなくても、馴染めるよう努力すりゃあ、いずれ社会にも適応できるようになるだろう。だが、このまま道を踏み外すなら、てめぇの将来は不安定なものになる。冒険者をやるために学業が疎かになったと知られちゃあ、たとえ学院を卒業したとしても、どこも雇ってくれねぇぞ」


 真摯に告げるキース。

 その姿が、一瞬、幼馴染みの男と重なった。


『あまり夢ばかり見ていると、現実に嫌われるぞ』


 グレンだ。キースは、グレンと全く同じことを俺に伝えているのだ。

 妙な偶然もあるものだと少し驚く。答えに詰まることはない。俺はこの問答をとうに終えている。


「覚悟の上だ。俺は、自分の人生を全部、冒険に捧げたいと思ってる」


 そう言うと、キースは目を細めた。


「何故、そこまで冒険者に拘る。何がてめぇをそこまで突き動かす。……てめぇの言ってた、冒険者でしか手に入らないものってやつか?」

「……ああ、そうだ」

「へっ。なら、訊かせてくれよ。そいつは何処にある」


 キースが前のめりになって、俺に問いかける。


「てめぇは、何処に行きたいんだ?」


 キースの問いに、俺の頭には一つの、明確な答えが浮かんだ。

 だが同時に、これまでそれを口にしたことによって、散々馬鹿にされたことも思い出した。


 ――サイハテ。


 それは、俺にとって希望の言葉であり、呪いの言葉でもあった。

 幼い頃から目指している場所だ。冒険の果てにある、未知が眠った世界だ。

 だが、この言葉を口にしたことで、俺は大口叩きビッグマウスと呼ばれ、学院中で馬鹿にされた。


『くっだらねぇ』

『巫山戯るのは止せ』


 学院のクラスメイト。

 悪友の二人は、最早、本気とすら思わなかった。


『大人になろうよ』


 かつて、志を共にした幼馴染み。

 ラクシャは、その夢をあっさりと愚弄した。


『空想と現実の分別くらいつけるべきではなくて?』


 一時的とは言え、背中を預けた仲間である、優れた冒険者。

 フレデリカは、それは実在しない虚構であると断言した。


「……馬鹿にされるのは、分かってるんだ」


 口から、弱音が零れ出す。

 これからまた、同じように馬鹿にされるのだろう。

 そんな未来を予測してなお、俺の口は閉じることなく、想いを吐き出し続けた。


「それでも――」


 キースと、ヴァンさんと、エミリィさんが、黙って俺の言葉を待っていた。

 どうせ馬鹿にされる。もしかしたら、協力関係が終えるかもしれない。

 それでも――この想いを、躊躇したくはなかった。

 たとえ世界中の誰もが馬鹿にしたとしても、俺だけは躊躇うことなく、想いを貫きたい。


「――俺は、サイハテに行きたい」


 目を伏せながら言った。言ってしまった。

 テッドやケイルのように、本気とは思わないだろうか。

 ラクシャのように、見下してくるだろうか。

 フレデリカのように、諭してくるだろうか。


 反応が怖くて、俺は恐る恐る、視線を持ち上げた。

 折角、冒険の仲間が出来たのだ。冒険に対し、似たような志を持つ、掛け替えのない仲間なのだ。

 そんな彼らに馬鹿にされたら……蔑むような目で見られたら、きっと立ち直れない。

 不安と戦いながら、ゆっくりと、彼らの反応を窺うと――。


 ――誰一人、笑っていなかった。


 時が停まったかのように誰も動かない。だが、強烈な熱を感じた。

 目の前に、とても大きく、そして熱く燃え盛る、何かがある。


 キースも、ヴァンさんも、エミリィさんも。

 まるで待ち侘びていた答えを聞いたかのように、ギラギラと瞳を輝かせていた。瞳の内側には、常人であれば焼け死んでしまうほどの情熱を秘めている。

 これは、何だ?

 この熱は――彼らが発す、煮え滾るような情熱は、一体何だ。


「――集合!」


 キースが大声を発す。その直後、酒場の客が一斉に立ち上がった。

 驚きのあまり口を開いたまま硬直する俺を他所に、彼らはあっと言う間に俺たちの席を囲むように集まった。その表情は、先程まで酒に酔っていた者とは思えないほど真剣だった。


「この男の意志は聞いたな? この男の覚悟は聞いたな!? 俺は、こいつは本物であると判断する! こいつは俺たちを、導くに足る男だと判断する! ――お前らはどうだ!? この男に、俺たちの未来を託してみねぇか!」


 キースが大きな声で告げる。

 ポツリ、ポツリと、返答の言葉が聞こえてきた。


 ――賛成、と。


 ヴァンさんが言った。エミリィさんも言った。

 立ち上がった酒場の客たちも、次々と、その言葉を口にした。


「満場一致だ」


 キースが、ギラギラとした瞳を俺に向けて言う。


「シオン!」


 大きな声で俺の名を呼び、キースは勢い良く立ち上がった。

 未だ現状が理解できず、呆然としている俺に、キースはその逞しい腕を差し伸べた。


「――ようこそ、チームガーベラへ」



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