15話『作戦会議』
試練が終わり、十層から初層に戻った俺たちは、そのまま王都に帰還した。
キースとヴァンさんの冒険者としての腕前は確かなもので、もしかすると二人とも、フレデリカと同じくらい優秀なのかもしれない。二人に礼を言った後、俺たちは王都の冒険者ギルドに到着した。
ギルドの戸を開くと同時、粗野な罵詈雑言が聞こえてくる。
「ガーベラなんて、糞喰らえだッ!」
「そうだそうだ! なーにが、伝説の集団だこらぁ!!」
「わはははははっ! わははははっ!」
騒がしいのは、ギルドの受付から一枚扉を隔てた所にある酒場の方だった。見れば、複数の冒険者たちが不満気な顔を浮かべつつ、酒に入り浸っている。
「えらく騒がしいな。どうなってんだ、これ?」
キースが顔を顰めて呟いた。
その時。ギルドの奥にいた受付嬢のエミリィさんが、俺たち三人――特に、ギルドマスターであるヴァンさんの存在に気づいて、慌てて駆け寄ってくる。
「マ、マスター。その、お帰りなさい」
「エミリィ、これは……?」
「ええと、その、すみません。ガーベラの試練で合格者が出なかったことに、色んな人が不満だったようで……」
「成る程。その不満をここで発散してるわけか……まあ、いいけどね。酒場で騒ぐ分には止めなくていいよ」
王都の冒険者ギルドに属している、全ての冒険者が試練を受けたわけではない。試練を受けていない冒険者たちは「何事だ」と、酒場の方へ歩み寄り、不満を吐き続ける男たちと共に酒を飲み交わした。
酒場の盛り上がりは、そうやって熱を増したらしい。試練に合格者が現われなかったことに対する不満と、そもそも試練に呼ばれなかったことによる不満が混じり合って混沌と化している。
「エミリィ。二階の応接間って空いてるよね」
「え? あ、はい。空いてますけど、本日利用する予定はありましたっけ?」
「急遽予定が出来てね。……それじゃあ二人とも、行こうか」
ヴァンさんは、俺とキースに視線を配って言った。どうやら二階の会議室とやらで、未探索領域の探索に関する作戦会議を行うらしい。一階がこれだけ騒がしければろくに会議も出来ないだろう。ギルドマスターの特権に、大人しく肖ることにする。
「シオン君」
「はい?」
階段を上ろうとした時、エミリィさんに声を掛けられた。
「お疲れ様。取り敢えず、無事で良かったよ」
「……ありがとうございます」
本心から安堵した様子を見せるエミリィさんに、少し照れながら礼を言う。
冒険者ギルドの二階は、大きな応接間となっていた。冒険者たちは基本的に、個人ではなく複数人で活動することも多いため、数十名単位の来客も少なくはない。そのための広々とした空間があり、椅子とテーブルも常備されている。
「――さて。そんじゃ、作戦会議といこうじゃねぇか」
手頃な位置にあった椅子を引き、腰掛けたキースが言った。
「隠し扉がずっと同じ場所にあるとは限らない。探索するなら、なるべく早めがいいね」
「俺はいつでも行けるぜ。シオンはどうだ。確かまだ学生だったよな?」
キースの問いに、俺は僅かに逡巡し、答える。
「俺もいつでも行けるぞ」
半分嘘である。
本当は、今日も明日も明後日も、学院の授業がある。
だが今の俺にとって、学院の授業など二の次だ。
「了解。僕は立場上、未探索領域の報告が必要だから、ちょっとだけ時間が掛かるかも。最短でも明後日かな」
「あ? おい、報告しちまうのかよ? んなことすれば、先を超されるかもしれねぇだろうが」
「いや、そうは言っても。仕事だし……」
「報告なんて後でいいじゃねぇか。なあ、シオンもそう思うよな?」
急に意見を求められ、動揺する。
暫し考えた後、俺は――首を縦に振った。
「まあ正直、どうせなら俺たちが最初に攻略したいですね」
「よし! 多数決で俺らの勝ちだ。ヴァン、報告は後にしろ」
「……分かった。分かったよ、仕方ないなぁ」
ヴァンさんが溜息混じりに頷いた。
「というか、僕はシオン君のこと、もう少し常識人だと思っていたよ」
「んなわけねぇだろ。こいつ薄人のくせに、一人で隠し扉を潜ろうとしてたんだぞ。冒険馬鹿だよ、冒険馬鹿」
「いやぁ、それほどでも」
「多分、褒めてないと思うんだけど……」
何故かヴァンさんが頭を抱えた。
自分が普通ではないことくらい自覚している。というか、普通の人間ならば、学院で平和に過ごせる筈だ。冒険者は皆、どこか頭の捻子が外れているに違いない。
「まずは目標を決めようぜ。シオン、何かあるか?」
「そうだな……一先ず、隠し扉の先にあった、あの石造りの門は潜りたい。もし龍が何かを守るために、あの場にいるんだとしたら……その正体は知りたいな」
「いいじゃねぇか。異論ねぇぜ」
「僕もそれでいいと思う」
二人の同意を得られたことに、僅かに安堵した。
「なら問題はあの火龍だな。逆にあれさえどうにかすりゃあ、門は潜れるだろう」
「そうだね。見た感じ、あの領域に龍以外の魔物はいなかった。……龍はどうする? 倒すかい?」
「龍って、倒せるんですか?」
俺の知る限り、龍を倒すような者は、それこそ御伽噺の勇者や英雄だ。
ガーベラの冒険者なら、倒せるかもしれないが――彼らはいない。
「現時点じゃ無理だな。だが龍だって無敵じゃねぇ。傷を付けることが出来れば、倒すことも出来る筈だ」
「ただ、掌握位階でも殆ど傷つけられなかったのは、疑問を抱くべき点だ。龍にも個体差はあるけれど、それにしたってあれは、強すぎるような気もする。……もしかすると、龍自身の力ではないのかも」
ヴァンさんが述べる推論に、俺とキースは首を傾げた。
ヴァンさんは続けて説明する。
「何らかの存在によって、一時的に強化されてるんじゃないかな。単に強い個体だったり、恒久的に強化されている個体なら、少なからず外見に変化が現われる筈だけど、あの龍は見た目だけは普通だったから」
「成る程な……」
「そうなると、ますます門の先が怪しいですね」
「その通り」
門の向こうに龍を強化している何かがあるのだとしたら、まずはその破壊、もしくは妨害を試みた方が良いのかもしれない。そんな俺の考えを見透かすかのように、ヴァンさんは深刻な面持ちで口を開く。
「ただ、龍との戦いを避けて、あの門を潜るのは難しいと思うよ。二人とも気づいているかもしれないけれど、あの龍、ずっと門の傍を離れなかった。掌握位階の魔術でも殆ど動きを止められなかったし、手分けしても厳しいだろうね」
「ってことは、やっぱり、倒すしかねぇな」
そう言いながら、キースは僅かに口角を吊り上げた。
その様子を見てヴァンさんが溜息を漏らす。
「キース。君はもう少しこう、怖じ気ついてもいいと思うよ」
「あぁ? んな女々しい真似できっかよ。シオンもそう思うよな?」
「いや、俺は別に戦闘狂というわけじゃないし」
次は多数決で、俺とヴァンさんの勝ちだった。
キースが軽く舌打ちする。
「あの龍を倒すなら、火力が不足しているね。これを解決するには――」
「道具か人手だな。だが前者を用意するには金が必要だ。……つまり無理だな」
「まあ、そうなんだけど。……えっと、シオン君。念のため聞くけれど、資金に余裕はある?」
「全く無いです」
そもそも俺は冒険者登録すらしていない学生である。
自由に使える資金など殆どない。
「となると、人手……仲間を増やすしかないね」
「火龍は強敵だぜ。仲間を増やすと言っても、半端な冒険者には務まらねぇ」
「うちのギルドの冒険者じゃ、正直、厳しいかもね。シオン君は、誰か、心当たりはあるかい?」
「……すみません。無いです」
必然、俺が紹介できる相手となれば学院の生徒だが、冒険者を目指す生徒なんて一人も知らない。
「んだよ、役に立たねぇな」
「ぐっ……そ、そういうキースは、心当たりあるのかよ」
苦し紛れにそう言うと、キースは神妙な面持ちで答えた。
「あるぜ」
そう告げるキースの顔は、いつになく真剣だった。
「だが、そいつらを紹介するには、ちょいと面倒な手続きが必要でな。上手くいくかどうかも分からねぇ」
「キース、それは……」
ヴァンさんが物言いたげな様子でキースを見る。
キースはそれに、無言で視線だけを返した。
「シオン。明日の夜、もう一度ここに来てくれねぇか? その時には結論も出ている筈だ」
「あ、ああ。分かった」
今のやり取りの意味は気になるが、仲間に心当たりがあるというなら、余計な口出しをする気もない。
兎にも角にも、こうして方針は決まった。
集中力が弛緩し、徐に窓の外を眺める。外は既に暗かった。
「そう言えばシオン君。学院に戻らなくてもいいのかい?」
「え? ああ、大丈夫ですよ。うちの学生寮、門限は結構遅いので」
「そうじゃなくて、遺書、渡したんだよね? 回収した方がいいんじゃないかと思うんだけど」
一瞬、俺はヴァンさんが何を言っているのか、サッパリ分からなかった。
少しずつ、ゆっくりと、俺は重大なことを忘れていると自覚した。
「……あ」
マズい。非常にマズい。
完全に忘れていた。だらだらと、冷や汗が垂れる。
今すぐに戻ろう。そう思った、次の瞬間――ギルドの一階から、一人の少女が現われた。
「シオン君!」
砥粉色の髪を揺らしながら現われたのは、ラクシャだった。
ラクシャの右手には、グシャグシャに握り潰された一枚の書面がある。
嫌な予感がした。
「ラ、ラクシャ……」
きっと学院からここまで走って来たのだろう、俺の姿を確認したラクシャは、乱れた髪を直すこともなく、肩で息をしたまま黙った。それから、真っ直ぐ大股でこちらに歩み寄り――。
パン、と。軽快な音と共に、ラクシャは俺の頬を平手打ちした。
「……馬鹿」
ラクシャが肩を震わせながら言う。
「こんなもの、置いて……し、心配したんだから……」
「……ごめん」
遺書を残した時点で、ラクシャが取り乱すことは予想していた。
勿論、俺は生還したいと思った上で冒険していたから、ラクシャを悲しませたかったわけではない。しかし、悲しませるかもしれないと分かった上で臨んだのだから、俺はこの現状を受け入れるべきだ。
「……ねえ。なんで、冒険者ギルドにいるの?」
涙を流しながら、ラクシャは俺に言う。
「そ、それは……」
「シオン君、帰ってこないから、私ずっと、色んなところを探してたんだよ? でも、何処にもいなくて……まさかと思って、ギルドに来てみたら……本当に、いるなんて……。ねえ、どうして冒険者ギルドにいるの? シオン君、冒険者にはならないって言ってなかった?」
怖い。本当に怖い。
誠心誠意、謝罪するべきなんだろうが、ラクシャの豹変っぷりが怖すぎて口から言葉が出てこない。何を言っても、間髪を入れず返される気がする。
「なんで、答えてくれないの?」
ラクシャが小さく首を傾げた。
唇は弧を描いているが、その瞳は笑っていない。
「シオン君の、馬鹿……」
ラクシャが怒りに肩を震わせる。
その全身に薄らと、黄色の魔力が迸った。
脳内で激しく警鐘が鳴る。
ラクシャがこうなったのは一度や二度ではない。そして、その度に俺は――。
「ラクシャ、待て! それは流石に――」
「――シオン君の馬鹿ぁ!!」
一瞬、ラクシャの身体が消えたのかと思った。
それほど、彼女の突き出した拳は速く、肉眼で捉えられる速度を優に超えていた。
咄嗟に正面に魔力を解放する。だが、その勢いは相殺できない。
「ごふあああぁああぁぁ――ッ!?」
黄色い閃光と共に、俺は吹き飛び、ギルドの壁を突き破った。
そのまま、ギルド前の道に放り出される。
朦朧とする意識の中、ギルド二階に空いた穴から、キースとヴァンさんの姿が見えた。
「なんつー威力……今の、掌握位階の《強靱》か?」
「発動の兆候が全く見えなかった。あれで学生か……恐ろしく優秀だね」
そんな暢気なことを言っている場合ではない。
一刻でも早く、助けて欲しい。
「シオン君」
「ひっ」
まさか追い打ちを掛ける気か?
これ以上は冗談抜きで死んでしまう。
俺が遺書を残したのは、この時のためではない。
「どうして、分かってくれないの……?」
ラクシャが、絞り出したような声で言った。
「冒険なんて、しちゃ駄目だよ」
「ラクシャ。でも、俺は……」
「あんなの危険なだけで、良いことなんか一つもない!」
ラクシャが怒鳴り声を上げる。
「グレン君の腕が無くなったのも! ――シオン君のお父さんが死んだのも! みんな、冒険者になったからなんだよ!」
涙を流してラクシャは告げる。
そんな彼女に、掛ける言葉は一つしかない。
「……ごめん」
心の底から、謝罪する。
「本当にごめん」
何度も、ラクシャに頭を下げて謝罪する。
改めてラクシャの様子を見ると、彼女は本当に、全身汗だらけで、疲労困憊だった。朝から冒険を続けていた俺よりも疲れているように見える。精神的に、追い詰めてしまったのだろう。彼女がこうなっているのは俺のせいだ。
「ラクシャ。学院に戻ろう」
立ち上がり、ラクシャの腕を引く形で学院に向かった。
ギルド二階からこちらを覗く二人の男に、軽く会釈する。
最後にもう一度だけ、ラクシャに謝罪の言葉を掛けた。
――ごめん。
それでも俺は、冒険者になりたいんだ。
◆
「自惚れだな」
二人の男女が去った後、キースがポツリと呟いた。
「正しい生き方なんざ誰にも分からねぇもんだ。それを人に説くことなんざ、出来るわけがねぇ」
「説かれる側の僕たちが言っても、説得力はないよ」
「奴らは自分を正当化したいだけだ。そのために俺たち冒険者を責めている」
実感を込めた声音でキースが言った。そこに怒気は含まれていない。ただ、諦念にも似た寂寥感が滲み出ていた。
「キース。本気かい?」
ヴァンが問う。
「さっき話していた、仲間を増やす方法って、あれのことだろ?」
尋ねるヴァンに対し、キースは口角を吊り上げた。
「ああ、本気だぜ」
「もう少し様子を見る予定じゃなかった?」
「十分だろ。あいつ以上の適任は何処を探したっていねぇよ。覚悟も……頭のおかしさも、な」
笑みを浮かべながら告げるキースに、ヴァンは笑うことなく視線を下げた。
ラクシャによって空けられたギルドの壁から、肌寒い夜風が入ってくる。
「父親が死んだと言っていたね。彼が、その敵討ちを望んでいるのだとしたら、この話は無しだ」
「分かってる。ルールは守るさ。冒険より優先するモノがある奴は、仲間に入れられねぇ。それが叶わないと知ると、冒険を辞めちまうからな。……でも、あいつなら大丈夫だと思うぜ。なんせ試練をほっぽり出して、冒険を優先するくらいだからな」
「シオン君のこと、気に入ったようだね」
「ああ。……シオンなら、あの男の二の舞にはならねぇだろうよ」
闇夜に浮かぶ月を眺めながらキースは言う。
かつて二人には、あの月のように、自分たちを照らし、導いてくれる光があった。
だが今、その光は無い。二人と、その仲間たちは、光を失ってしまったのだ。
彼らは今、何処に進めば良いのか分からず、足踏みしていた。
「この一年間ずっと思っているけれど、彼の抜けた穴は本当に大きいね」
「そりゃあそうだろ。あいつは俺たちのリーダーだったんだぜ」
そう言って、キースは自らの掌を見つめた。
厚く硬いその掌は、明らかに燻っているだけの冒険者のものでは無かった。
「今の俺たちに必要なのは力じゃねぇ。新たな導き手だ」
掌を閉じ、拳を作りながら、キースは言う。
「明日、シオンの本音を聞く。それで全てを決めるぞ」
「了解。サブリーダー」




