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14話『結果発表』

 隠し扉の向こうから八層に戻ってきた俺たちは、そのままワーニマの迷宮、第十層へ向かうことにした。ガーベラの試練は諦めたが、ここからなら初層の出口よりも十層の方が近い。試練に参加していた身として、念のため顔を見せることにしたのだ。


 火龍はあれ以来、八層に出てくることは無かった。俺たちを追ってすぐに出て来るのかと思ったが、その予想に反し、火龍は隠し扉の先から現われない。――それだけ、あの龍は大切なナニかを守護しているのかもしれない。


 無念だ。

 何かあると判明しているにも関わらず、それを垣間見ることすら出来ずに退くなんて。


「あったぞ。十層へ降りる階段だ」


 斥候役を買って出たキースが、前方でこちらに振り返りながら言う。

 俺たちはキースを先頭に、階段を降りた。


「……成る程、安全地帯セーフティ・エリアか」


 階段を抜け、十層に降りたキースが、辺りを見渡して言う。

 ワーニマの迷宮、第十層は安全地帯のようだ。安全地帯とは、迷宮の中に一定数存在する、魔物が出現しない層、もしくは部屋のことである。辺りに魔物の影は見えず、試練を受けた冒険者たちが大勢、集まっていた。


「試練を受けた冒険者だな」


 階段を降りたばかりの俺たちに、横合いから声が掛けられる。

 そこにいたのは、『死の銀灰』だった。あの時と全く同じ仮面で顔を隠したその男に、俺は首肯する。


「……はい」

「分かっているとは思うが、時間切れで失格だ」


 当然、分かっていることだ。

 結局のところ、今回の冒険は、最悪の結果に終わってしまった。ガーベラの試練には失格し、そして隠し扉の先も、満足に探索できないまま引き返した。


「あまり落ち込む必要はないよ」

「ヴァンさん……」

「冒険で、確かな成果を得られることは稀なことだ。初見の未探索領域なんて、そう簡単に踏破できるものでもないしね」


 ヴァンさんが、落ち込む俺に慰めの声を掛ける。

 その言葉に、ヴァンさんの隣に立っていたキースも頷いた。


「ヴァンの言う通りだぜ。……寧ろ、ここからが本当の冒険ってもんだろ」


 生きて帰れた時点で儲けもの。

 ここからが本当の冒険。

 その二つの言葉が、胸に強く響く。


「ここからが、本当の……」


 そうだ。俺は、何を全てが終わった気でいたのだろう。

 冒険は無謀な特攻を繰り返すことではない。課題を見つければ、その都度、対策を立て続けるのだ。


 プロの冒険者の場合、冒険前の準備活動は、実際に冒険する時間よりも長いと言われている。

 俺たちはまだ準備をした上での挑戦をしていない。諦めるのは早計である。


「――冒険者たちよ」


 その時。『死の銀灰』をした男が、冒険者一同の前で声を発した。


「試練の参加者は五十六名、うち二十二名が十層に到達することが出来た。お前たちには、まあ一応、労りの声を掛けておこう。ご苦労だった」


 男は、ゆっくりと冒険者たち全員に目を通しながら言う。


「だが正直なところ、もう少し残ると思っていた。ワーニマの迷宮の難易度は、それほど高くはない。十層までに特に脅威らしい脅威もなかった筈だ」


 男の言葉を聞いて、俺は眉間に皺を寄せる。


「脅威はなかったって……火龍が出たのに?」

「多分、別の道があったんだろうね。迷宮探索は進めるにつれ、遅かれ早かれ強敵と出会うものだけれど、大抵は直接的な戦いにならないよう、横道を見つけて突破することが出来る。今回もそれが可能だったんだろう」

「ま、俺たちは敢えて危険を冒したからな。こりゃガーベラにとっても想定外だろうよ」


 キースの言葉に相槌を打つ。

 『死の銀灰』が語る中、声を交わしている冒険者は俺たちだけだった。

 途中、試練を諦めた俺たちと違って、他の冒険者たちは最後まで本気で挑んだのだろう。

 彼らの心は一つだ。――試練の結果は、どうなった。


「さて、それじゃあ結果を発表しよう」


 冒険者たちが固唾を呑んで、男の言葉をただ待った。

 僅かな間が空く。緊張によって鋭く渇いた空気の中、ガーベラの男は鼻白むことなく、声を発した。


「今回の合格者は――無し。全員、不合格だ」


 『死の銀灰』が言う。

 その言葉の意味を、冒険者たちは、そう簡単に理解できなかった。合格の期待も、不合格の覚悟もしていた冒険者たちだが、心の片隅で「誰かが合格するのだろう」と思っていたのだ。そして自分が不合格だった場合、その者を称賛するか、或いは自分と比較するか、各々決めていたに違いない。


 だからこそ、全員不合格という結果には、驚きを通り越して理解不能だった。

 誰もが呆ける中、大きく声を荒げる者が現われる。


「な、納得いきませんわ!」


 特徴的な口調と、よく通るその声音には、聞き覚えがあった。

 フレデリカだ。彼女は無事、十層に到達していたらしい。だが、そんな彼女も今は余裕綽々の態度を崩し、ガーベラの男に食って掛かっている。


「わたくしは、定められた時間内に、それもトップで目的地に到達しました! これで不合格と言うならば、納得のいく理由を説明してくださいまし!」


 怒り心頭に発するフレデリカ。対し、ガーベラの男は冷静なまま返す。


「……お前、開始時点では仲間が一人いただろう。何故、今はいない」

「そ、それは……」

「短い間とは言え、協力関係は安易に結ぶべきではないし、一度結んだ以上は安易に別れるべきでもない。この短期間で別れたということは、大方、共有するべきものを共有しなかったのだろう。仲間を軽視する人間を、仲間に迎え入れると思うか?」


 フレデリカが返答に窮する。 

 すると、他の冒険者たちからも声が上がった。


「お、おい待て! じゃあ俺たちはどうなんだよ!」

「そうだ! こっちは最初から最後まで、真面目に探索したんだぞ!」


 口々に、試練に関する不満が告げられる。当然だ。彼らは自分が合格するとは信じていなくても、試練が公正に行われることは信じていた伝説の冒険者集団であるチームガーベラが、それを裏切ったのだから、不満が爆発するのも無理はない。


「そもそもの話。――誰も合格条件が、十層に到達することだとは言っていない」


 はっきりと、ガーベラの男は告げた。


「そ、そんな……し、試練の内容は、十層に到達することだって――」

「内容は、だ。俺たちガーベラは、別の基準でお前たちを見定めていた」


 ガーベラの男が言う。

 確かに、合格条件が十層に到達するとは明言していないが……それは些か横暴で、無茶な物言いだった。試練の直前、あの男は明らかに、十層到達を合格条件であると誤認させるような説明をしていた。


「これにて試練を終了する」


 不平不満が残る中、ガーベラの男は告げる。

 次の瞬間、男の姿は、まるで煙のように霧散した。その様に冒険者たちは驚愕するが、それ以上にやるせなさを感じる者が多い。


 困惑する冒険者たちは、次第にこの理不尽な現実を受け止め、帰路に着く。

 十層から、再び初層へと冒険者たちが目指す中、金髪碧眼の少女が目の前を横切った。


「貴方のせいですわよ……っ!」


 フレデリカが、忌々しげに俺を睨んで言う。

 その背中が見えなくなった頃、隣に立つキースが小さく呟いた。


「逆恨みじゃねぇか」


 肯定も否定もできず、俺は無言でフレデリカを見送った。

 既に試練を諦めていた俺にとって、合格者無しという発表は驚愕に値するものだったが、動揺するほどのことではなかった。代わりに、俺の頭には別の考えが浮かんでいた。――キースの、「冒険はここからである」という言葉だ。


 試練は失格。未探索領域から持ち帰ったものは無し。

 成果がないことに悲観していたが――何も得られなかったわけではない。


「……あの」


 キースと、ヴァンさんに声を掛ける。

 振り返った二人に、俺は緊張と共に、意思を伝えた。


「あの未探索領域、また攻略してみませんか」


 冒険はここからだ。――ここで諦める必要はない。

 次は、綿密な準備を整えて冒険に挑む。火龍を倒すための術を用意して、勝算を持った上で臨む。

 次へ繋げなければ、俺たちは今回、意味もなく挫折しただけだ。

 ただでは転ばない。次へ繋げるという意思が、失敗を価値あるものにする。


「面白ぇ」


 緊張しながら答えを待つ俺に、キースは不敵な笑みを浮かべた。


「いいね。それじゃあ、早いとこ地上に戻って、作戦会議といこうか」


 次いで、ヴァンさんが微笑して返す。

 二人の賛同を得た俺は、その後、二人の協力によって初層へと戻った。


 





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