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11話『決裂』

 迷宮からは時折、隠蔽された空間が発見される。

 それは、通常の探索をしているだけでは、まず到達できない謎の領域だ。大抵は出入り口が特殊な技術で隠蔽されているため、入り口を見つけること自体が最初の難関となる。腕のいい冒険者は、この隠れた入り口を見つけることも可能らしいが、記録されている隠し部屋の殆どは、偶々発見したものである。


「成る程。龍は、この隠し扉の向こうから現われたのですね。だから、わたくしたちは、その接近に気づけなかった」


 フレデリカが顎に指を添え、思考する。

 龍が気配もなく唐突に現われたのは、この隠し扉によるものだろう。あの龍は俺たちの認識の外から、接近してきたのだ。


 だが、今の俺にとって、そんなことはどうでも良かった。

 頭の中を占めるのは、この隠し部屋の先にある何かについてだ。


「好都合ですわ。龍がこの中に隠れている内に、早く九層へ降りましょう。……シオン? 聞いていますの?」


 フレデリカが何かを言っていたが、聞こえない。

 目には見えない、隠し扉へ手を伸ばす。薄い玻璃に、掌を添えたような感触が返ってきた。僅かに揺らめいた景色に、俺は目の前の現象を分析する。


「景色と同化するタイプの隠し扉か……? けど扉にしては外枠が見当たらないし、鍵穴もない。……常に開いているのだとしたら、性質は扉ではなく穴だな。だとするとこれは、黒穴型に該当する。……なら、一方通行ではない筈だ」


 それまで感じていた龍に対する恐怖が霧散した。代わりに、抑えきれない興奮が脳を占めた。

 隠し扉の先にある、隠し部屋。通常は足を踏み入れることが出来ないその空間は、当然、特殊な環境であることが多い。記録では、隠し部屋の中でしか生息しない魔物や植物なども確認されている。


 ――この先には、何があるんだろう。


 好奇心が膨れ上がる。

 気がつけば、俺は隠し扉に足を向けていた。


「フレデリカ。この先、行ってみないか?」


 隠し扉の方を指さして言う。

 フレデリカは――得体の知れないモノを見るような目で、俺を見た。


「何のために?」

「何か、あるかもしれないから」

「何かって、何ですの」

「それを知るために行くんだ。隠し扉だぞ? 普段、目に出来ないものがあるに決まってる」


 そう告げると、フレデリカは嘲笑った。


「正気の沙汰じゃありませんわね」


 眦を鋭くして、フレデリカは続ける。


「火龍が何故、その扉を潜ったと思いますの? あれはまだ、それほど大きな傷を受けておりませんでした。戦いを継続できたにも関わらず、わたくしたちに背を向けて退いたということは……誘っているのですわ。きっと、その扉の向こうは、龍にとって都合の良い環境があるのでしょう」


 彼女の言い分は正しい。

 恐らくこの扉の先には、今よりも危険な環境が待ち侘びている。第一、あの龍がこの扉を潜ったばかりだ。それだけでも十分、手を引くべきである。


 けれど、それがどうした。

 目の前にあるのは、紛れもない、冒険だ。


「それでも、俺は進んでみたい。……フレデリカも知っているとは思うが、隠し扉は、いつまでも同じ場所にあるとは限らないんだ。この機を逃せば、もう二度と入れないかもしれない。……この先に何があるのか。それを知ることが出来るのは、今だけかもしれない」

「ガーベラの試練はどうしますの。こちらも、一度きりの機会かもしれませんわよ」


 フレデリカの言葉に、一瞬、押し黙る。

 試練の合格を目指すならば、あまり余計なことに時間を取られるわけにはいかない。隠し扉の先を本格的に探索するとなると、試練は諦めるしかないだろう。


 しかし。ふと、都合の良い考えが浮かんだ。

 あの伝説の冒険者集団、ガーベラが求める人材とは何だろうか。

 単に、優秀なだけの冒険者は求められていないと、フレデリカは言っていた。恐らくその通りだ。優秀な人材が欲しいなら、こうも大勢の冒険者に声を掛けることはない。ギルドで腕利きの冒険者を個別に紹介して貰った方が遙かに早いだろう。


 もしかして――ガーベラは、俺と同じ悩みを持っているのではないか?

 本気で冒険をするための仲間が欲しいのではないだろうか?


「……もし、もし俺が、ガーベラの一員なら」


 即ち。本気で、冒険に命を賭けている人間ならば。


「他の何よりも、目の前の冒険を優先すると思う」


 きっと、目の前の冒険を捨てるような真似はしない。

 何故なら、それこそが冒険者の本懐である筈だ。

 目的と手段を履き違えてはいけない。俺は人の和に溶け込むために、試練を受けに来たわけではないのだ。仲間が欲しいのは、それが手段として必要だからだ。その先で求めているものは、心躍る冒険の数々である。


「……面倒な。何のために、貴方をここまで連れて来たと思っているんですの」


 フレデリカが、冷めた目で俺を睨んだ。

 その言葉に、高揚していた気分が落ち着く。


「やっぱり、俺を仲間に誘ったのは、何か事情があるんだな」

「当たり前ですの。同情で薄人を連れて行けるほど、わたくしは慢心しておりません」


 溜息混じりにフレデリカは言う。

 それはどこか、自棄になっているようにも見えた。


「今まで黙っていましたが、わたくし、ワーニマの迷宮は既に十層まで探索済みですの。だから、はっきり言って、この試練に合格するのは容易いことなのですわ。でも、それは恐らく、わたくしだけではない。だから私は、他の者との差別化を図るために――自らハンデを背負うことにしたのです」


 フレデリカは続けて言う。


「薄人という足手まといを連れた上で、目的地に到達した。これなら、わたくしの相対評価は上がる筈ですわ」

「……俺が薄人だと、最初から分かっていたのか?」

「ローネイル王国ではまだ広まっていない知識ですが、薄人は外見的特徴からある程度、見分けることが出来ますの。灰色の髪はその特徴の一つですわ」


 成る程、と俺は頷いた。思わず、大きな溜息を吐いてしまう。

 どうやら彼女は、最初から俺を利用するつもりで近づいていたらしい。その可能性については考えていたが、まさか俺を最初から薄人と見抜き、それを今の今まで隠し通していたとは思わなかった。


「と、言うわけで。死にたくなければ、わたくしに協力して下さいませ」


 淡々と。一切悪びれることなく、フレデリカは言う。


「随分とまあ、堂々とした脅迫だな。これでも俺は、フレデリカのことを尊敬していたんだが……」

「わたくしだって、本来ならこのような手段を取りたくありませんわ。それに、わたくしも貴方のことは認めておりますの。……薄人の身でありながら、火龍相手に囮役を買って出たその胆力は、称賛に値しますわ。ですが……やはり貴方は、薄人なのです」


 フレデリカの瞳に、慈悲が灯ったような気がした。


「いいですか、これは貴方のためにも言っております。薄人が迷宮で置き去りになって、無事に生還できるとでも?」


 確かに、彼女の言う通りだ。

 俺一人での探索なら、この八層にすら来ることが出来なかっただろう。往路で無理なら復路も無理だ。ここから出口に戻ることは勿論、十層へ向かい、試練の参加者へ助けを求めるのも厳しい。


「貴方を無理矢理、連れて行くわけにはいきません。ガーベラの前で余計な口出しをされては困りますからね。ですから、あくまで貴方の方から、わたくしに協力して頂きたいのです。……試練の結果によっては、報酬を用意しても構いません」


 報酬を用意する。

 それはフレデリカにとっては、最大限の譲歩だったのかもしれない。


 ――逆効果だ。


 薄々感じてはいたが、やはり、そういうことだ。

 フレデリカは・・・・・・本当の意味で冒険者で・・・・・・・・・・はない・・・

 彼女は神杖というものを探すために世界中を旅している。その手段として選んだのが、冒険者だっただけだ。


「冒険者を舐めるな」

「……え?」

「冒険者は、冒険に命を賭ける人間のことだ。神の杖だか何だか知らないが、探しものがしたいだけのお前は、冒険者じゃない。少なくとも俺は――報酬のために、冒険がしたいわけじゃない」


 どこか頭が麻痺しているのだろう。

 フレデリカは俺よりも遙か格上の人間だ。掌握位階に達している彼女は、学院で俺を痛め付けてきた、どの生徒よりも強い。だが、そんな彼女に対して、俺は恐れることなく敵意を示していた。


 譲れない一線だと思った。

 これだけは、絶対に貫き通したい信念だと思った。


「冒険者に夢を見過ぎですわね。ですがまあ、分かりました」


 そう言って、フレデリカは踵を返す。


「死にたければ、お一人でどうぞ」


 九層へ降りる階段を探しに行くのだろう。

 振り返ることなく立ち去るフレデリカの背を、俺は無言で見送った。



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