僕らのゲートボール政策
2035年、増え続ける高齢者層、それに反比例するかのように減っていく労働者層。日本政府は新たな解決策を求められていた。今までと同じ制度を用いるならば、遠からず日本の財政は福祉補償のための支出で押し潰されてしまうからであった。その時の内閣総理大臣田邊及び財務長官池田らが話し合った会議でひとつの大変革が行われた。それは、2050年までに終身雇用年齢を現在の平均寿命のマイナス5年に繰り上げるというものであった。つまり男性75歳、女性、80歳である。これには少子高齢化に悩まされる欧米諸国等を含む先進工業国にとって驚愕的な出来事であった。
田邊が大まかに語るにはこうだ。曰く「これまで少子化対策として子育てへの援助に注力していたが、それでも子どもの数は年々減っている。このままでは、高齢者の生活を支えることができない。だから、高齢者層も社会に極力参加していかなくてはならない。もちろん、働いて賃金を稼いでいる以上、その間、年金の受給はできない。年金を受給できるのは、国の示す特定の条件を満たす者のみとする。」
この政策に大きく反対の意を示したのはやはり雇用者をもつ企業で会った。特に、多くの社員を持つ大企業からの抗議は強かった。
60~65歳の社員の賃金はその会社の初任給と大差ないが、これは、いざとなれば、その年齢層の人たちは年金生活に逃げることができ、そうなれば、彼らに健康で文化的な最低限度の生活を営まさせなければならないという責任は雇用している会社ではなく、国になるからであった。さらに、決定的なことには、この年齢になるとすでにボケが始まる人もおり、社員としての利用価値が薄くなるということである。
大企業の言い分は結局のところ、雇用者がいち労働者として機能するのなら良いがそうでないのならば、この政策はさらなる経済の衰退しか生まない悪策であると。そして、会社はチャリティではないのだと。
しかし、この反対も田邊、池田の想像するところであった。
曰く「あなた方の言うとおり、この政策を本当に実施するのであれば、雇用される高齢者たちが健康かつ健全な思考能力を保っていなければならない。我々は、その解決策をすでに見いだしている。それは、ゲートボールである!今年以降、全高齢者に対して、つまり、65歳以上の全国民に対して、ゲートボールを義務化し、定期的に健康状態、思考能力のテストを行う。もし、15年後までに、基準に達していなければ、この政策は取りやめとする。もちろん、先ほど、全国民と言ったがこれも国の示す特定の条件を満たしていれば、免除される。」
最初は、誰もがダメダメ首相の作り出したチ愚かな政策だと思っていた。しかし、国と日本ゲートボール連合、さらには各種メディア、ゲートボール用品の製作に携わっている会社との連携などにより、少しずつ国民に浸透していった。だが、真にこのゲートボール政策の浸透を促したのは、他でもない当事者の高齢者層であった。息子や娘が成人し旅立ち、再構築される家庭で取り残された彼らにとって、あるのはただゆっくりと死を待つ時間のみであった。それが、ゲートボールという新たな目標ができたことによって、彼らの多くが生きる喜びを、若かりし日の躍動を再び感じ始めたのである。彼らのゲートボールへの熱情は計り知れないものがあった。それに比例して、高齢者層の健康水準や思考能力は飛躍的に向上し、このゲートボールブームを逃すまいと各会社がゲートボール関連の事業を開始。ついには、ゲートボールの大会の優勝チームには多くのスポンサーによって莫大な賞金が払われるようになった。
「…とこいういうわけよ。わかった?お兄ちゃん。」
妹が俺の知らなかった現実を事細かに教えてくれた。他にも、全国大会は各地域ごとにチームが決められていること、政策以前のゲートボールのルールとは少し異なっているところもあり、例えば参加者は全員65歳以上でなければならないというルールが存在することをおしえてくれた。
「……あっ、うん。」
俺が生返事で答える。
「ちょっとお兄ちゃん、ちゃんと聞いてた?」
妹が俺のいい加減な返事に対して怒る。
「いや~、時代って変わるものだなぁとしみじみ感じちゃってて少しぼーっとしてたわ。」
「はぁ、こんなことも知らなかったとなると、先が思いやられるわ。」
ゲートボールの全国大会の会場に、3億円以上の衝撃でも待っているのだろうか?もしそうだとすれば、とても気になる。俺が妹に聞こうとしたとき。
「もうそろそろ会場だから、ここらあたりで着替える時間をとろうか?」と竹中さん。
うわっ、そうだった。また、あれ着ないといけないんだ。もうホントきついっすわぁ。
竹中さんの車が人気のないところに止まると、俺のお着替えタイムが始まった。俺が嗅覚と感情を捨て去り、着替えてる最中、明るい声で妹が竹中さんとおしゃべりしている声が聞こえてきた。
あのやろう、あとで服こすりつけてやるからな。あっ、やばいッ、やばいッッ、ふぅ、セーフ。臭いのことは考えてはいけない。気にした瞬間に、猛烈な悪臭による吐き気が襲ってくるからだ。そう、感情を捨て去るのだ。
「あっ、そう言えば、うちんちゲートボールの道具とかなくて持ってないんですけど、大丈夫ですか?」と妹。
「それは大丈夫だよ。ぼくらのチーム、亀の子ゲートボールファイターズはゲートボールのスティックとか試合専用のジャージとかをチームで管理しているんだ。今は、大会の会場にあるはずだよ。」
うん?今なんて言った?
「へぇ~、そうなんですね。」と妹。
確か今、とても重要なことを言ってたような。例えるなら、そう、地獄に咲いた一輪の花のような。砂漠で干からびそうになりながら、やっと見つけたオアシスのような。
「そう言えば、竹中のおじいさん、今日の対戦相手ってどうなんですか?強いんですか?」妹がそう尋ねる。
もう俺には、この二人の会話はほとんど聞こえていなかった。俺の頭の中をしめるのは、先ほど竹中さんが言った一言。
「…実はね。今日戦う相手が前回、僕らが負け、さらには秋田県予選を優勝、そのままの勢いで全国準優勝したチームなんだよね。」
確か試合専用のジャージと…
「うわぁ、それはすごい。。因縁の相手は強敵ってやつですね。じゃあ、お兄ちゃんには死ぬ気で頑張ってもらわないと!」
ということは、おれはまさかまさか…
「ハハハ。でも、確かにそうでもしないと勝てない相手だね。一応、僕たちも優勝候補なんだけどね。」
この猛烈でどうしようもない悪臭から逃れられると言うことですか!!
その瞬間、俺は今まで経験したことのないくらいの量を勢いよく吐き出した。
すると、妹がくるっとこちらに顔を向け、
「どうやらお兄ちゃんはすでに死ぬ気で頑張っていたみたいですね。うふっ。」とそっと俺にだけ聞こえる声でつぶやく。
くそっっぉぉおお!!前に絶対この服着せてやるぅ!
……………。
…………。
…………………俺の弱みに関する記憶を消し去った後で、だけどな。