僕らの秘密
あらすじにも書いたように、基本的には頭をからっぽにして読むくっっだらないコメディーです。仕事で疲れたとき、暇なときにお読みください。少しでもふふっと笑っていただけたら幸いです。誤字や脱字がありましたらごめんなさい。
駄目だ。暑すぎて集中できない。描きかけの絵を見つめながらそう思う。俺は筆とパレットを床に置き、扇風機のある居間へと移動する。そこでは妹が数学か何かの宿題をしていたが、構わず、扇風機をこちらに向け、固定する。
「あ~、あ~、ああ~暑い~。」
古びた扇風機の前で、寝転びながら、怠そげにそう愚痴を垂らす。
高校、大学と東京で過ごしていた俺が、せっかく大学の夏休みを利用して、ここ秋田まで帰ってきたというのに、この暑さはいただけない。地球温暖化すげぇなぁ。
「お兄ちゃん、うざい!こっちまで暑くなるからそういうのやめて!あと、扇風機独占すんな!」
中学3年の妹が夏休みの宿題を切り上げ、キレながらそう言う。
お前は、相変わらず口が悪いなぁ。全く、久しぶりに帰ってきた兄をいたわるという発想はコイツにはないのか。
「うっせぇ、今、暑すぎて元気ないから話しかけんな。」と俺が言い返す。
その瞬間妹からの蹴りが跳ぶ。どうやら妹の悪いところは口だけではないらしい。扇風機の前で寝転がっていた俺はもちろん避けられるわけもなくもろに蹴りのダメージを受ける。
「うっ……、うっ…、いや鳩尾はないで…しょ。」
「どけ。」
妹が上から俺をのぞき込むようにしてにっこりと微笑む。
こ…、怖~。お前は絶対鬼嫁になるよ。将来の妹の旦那さんが今から憐れに思えてきた。…とは言っても、妹も手加減してくれているので、めちゃめちゃ痛くて動けないという訳でもない。……いや、本当は痛いけど。
黙って俺が腹を抱えて扇風機から退くと今度はやつが扇風機を独占し始めた。
あ~、なんか腹立つわ。でもこれもぜ~んぶ、うちにエアコンがないのがいけない。都会のマンションとかだったらエアコンは必ずついているのだろうが、生憎ここはドドド田舎の古ぼけた木造一軒家だ。いや、そもそもエアコン買うだけの金がないことが問題かぁ。さっきまでいた居間を移動し、今度は、ジュースを取りに台所に向かいながらそんなことを考える。
「え~と、オレンジジュース、オレンジジュースっと。おーい、オレンジジュースいるか?」
俺がそう妹に聞くと、
「いらん。」
手短に返事が帰ってくる。あっ、そうすっか。ジュースを入れたコップに氷を入れて縁側に移動する。
縁側に移動すると、小さな子どもたちが汗を流しながらサッカーをやっているのが見えた。少子化の激しいこの村では珍しい光景だ。そもそも、2040年現在、ここ秋田県は高齢者が最も多い県であり、子ども自体が特別天然記念物のようなものだ。
暑い中ようやるわ~。もうわしには無理ですよ。ヨボヨボ。なんて、元気に走り回る子どもたちを見ながらのんきに考える。その時、
<ピンポーン>
どうやら誰か来たらしい。
「はぁ~い」
妹が出てくれるようだ。自分としてはできるだけ動きたくないので助かる。
「あっ、竹中のおじいさん。こんにちは(ニコッ)。どうされたんです?」
外用フェイス発動ちゅ~う。
「あ~、いのりちゃん。お久しぶり。可愛らしくなったね。今日は菊地のおじいさんに用があって来たんだけど、居るかな?」
竹中のおじいさんが、早口で話す。どうやらかなり急いでいる様子。
竹中のおじいさんは今年で67歳になるが、外見は全く衰えておらず、すらっとしたやさしそうな顔立ちに、引き締まった体つきを持つ。おそらく初めて会った人なら40歳前後と間違うのではないだろうか?
「おじいちゃんですか。今日は猪狩りに山に行ってます。」
妹が先ほどの質問に答える。
ちなみにこれは嘘じゃないです。うちの筋肉じじい(祖父)は猟師(兼農家)やってます。父と母は普通に市内で働いているけど…。
「…………そうでしたか。」
気丈に振る舞おうとして居るのだろうが、声の中に抑えきれない落胆が含まれている。竹中のおじいさんはかなり落ち込んでるようだ。
「どうかされたんですか?」
「今日、実はゲートボール全国大会の秋田予選の決勝戦があるんだよ。でも、あと一人、人数が足りなくて…。それで補欠の菊地さんに出てもらいたかったんだけど…。」
へぇ、ゲートボールに全国大会とかあったんだー。
でも、これはおかしな話だ。確かに御老体にとってゲートボールの大会は大切で楽しい行事かもしんないけど、うちのじじいは【みんなで仲良くチーム競技】なんて大嫌いな人だからおそらくそのチームの中でもかなり後方の補欠のはずだ。ホント、うちのじじいはチーム力ゼロだかんな。
ってか、そもそもゲートボールでしょ!?おじいちゃん、おばあちゃんがいつものんびりほがらかにやっている競技でしょ。人数足りなくて出られないからってそんな落ち込むかな?
「えっ、本当ですか!?それ、とっても大変じゃないですか‼‼」妹が声を荒げる。
えっ、大袈裟すぎない?妹君。
「もう他に代わりに出られる方居ないんですか!?私にできることだったら何だってしますよ。」
いや、外用フェイスだからってそれはいきすぎじゃね。
「いや、もう行ける所には全部行ったんだよ。菊地さんの所が最後の綱だったんだけどね…。もう諦めるしかないか…。」
「諦める……って、もしかして不戦で負けちゃうってことですか?そんなの絶対ダメですよ!だって今年こそ全国に行くんだってあんなに頑張ってたじゃないですか。」
いや、何で、お前がそんなに必死なんだよ。心の中で思わず妹にツッコミをいれる。しかし、その直後、妹が外用フェイスではなく心の底からこの事を言っているのだと直感する。
「いや、こっちもそうしたいのは山々なんだけど……。時間も…ないし、も、もう…ど、どうし…ようも………。」
竹中のおじいさんの声が潤み始める。
「ご、ご、ごめんなさい。」妹が先程の発言を申し訳なさそうに詫びる。
「い…や……。こっ…ちの方こそ……。」
このままだとちょっと気まずい雰囲気になりそうだな。このままここにいられても困るので、ちょっと玄関まで行って、悪いけど、竹中のおじいさんを追い返そう。残ったジュースを飲み干す。ヨシッ。
「あの~、すいませんけど…。」と、俺参上。
「あっ…、かい君だね。大きくなったね。おじいさんに似てしっかりとした体つきになって。」
さっきまでの潤みが残っているのだろうか、少し聞き取りづらい。そして俺はあのゴリゴリ筋肉じじいなぞには似てない。それよりもさっさと追い返「あ~!私いいこと思い付きました!」
俺の思考が妹のうるさい一言で途切れる。
「いや、そんなのよりも追い返す方が先。」思わず口が滑る。しまったァ。客人を目の前にやっちゃった。
「お兄ちゃんは黙れ。燃やすぞ。」
燃やす!?フォローひどくない?
「竹中のおじいさん、おじいちゃんの代わりに、このクソ兄貴を変装させて出させましょうよ。」
「いやいや、さすがに無理でしょ。年の差考えろよ。60歳以上ちげーぞ。俺のピチピチのお肌にじじいが敵うわけないって。」
突然、変装しろとか何言ってんだコイツ。
「でも、お兄ちゃん背格好とか声とかおじいちゃんそっくりだから、マスクして、帽子被って、サングラスしたらいけるかも。ど~せやらなきゃ不戦で負けるんだから手は打とうよ。」
「手は打つったって。それルール違反じゃね。アウトっしょ。」
全くこいつにはスポーツマンシップというものがないのか?
そして、マスクして、帽子被って、サングラスっていうのは完全に不審者。そのような重装備で出場しても真っ先に疑われる。それに竹中のおじいさんも…
「変装、それいいですね。可能ならば、是非。」
ちょっと次回のゲートボールの大会のためにもそういうのはよした方が…。
「竹中のおじいさん、わ・た・し・に任せてください。私、メ・イ・クできるんですよ。」
光明が見えたかのようにノリノリな妹。
「いや、中3がほざくな。それに俺の意思も聞けって。」
「黙れ。埋めるぞ(ニコッ)。」
埋めるのか…。
「竹中さん、あとどれくらい時間ありますか?」
コイツ、ガチで俺にメイクして、出場させる気かよ。だいたいお前がそんなにこったメイクできる訳ねぇだろ。
「今日の午後1時から試合ですから…。移動時間や準備の時間もかねるとここで使える時間は、約30分ほどかと。」
「任せてください。」
「いや、待てって。俺の話も聞けって。」
話がトントン拍子過ぎでしょ。竹中さんがよくてもチームの皆は?そして、この真夏日に外に出される俺の身にもなって欲しい。まぁ、絶対にそんな大会にはでないけどね。
「お兄ちゃん、私、知ってるんだからね。」
突然、妹がいかにも思わせ振りな感じで口を挟む。コイツ、俺が単純にやりたくないだけと知ってて、口を挟んできてやがるな。
「えっ、何を?」
とりあえず聞いとく。
「お兄ちゃん、彼女の下着「フッ、竹中さん。是非ともやらせてください‼‼」」
あっぶねェェェェェ。まさか、それだとは思わんかったわ。もうルールとか知ったこっちゃねぇ。そして、あとで、テメェの記憶は消す!
その瞬間、
「えっ、本当にそうだったの?」妹の顔が驚愕一色に染まる。その直後、やつの顔はこれまでみたこともないような笑み(ニタァァァァ)をたたえていた。
しまったァァァァアア!やらかしたァァァァアア!
「お兄ちゃん、じゃあ、メイクしようか(ニコッ)。竹中のおじいさん、今から、兄貴を洗面台のとこでいじるんで、その間にチームのメンバーに事の成り行きを伝えておいてください。心配は無用ですよ。」
25分後
「お前、凄いな。我ながらそっくりだわ。正直、適当にメイクして俺に恥かかせようしてるのかと思ってた。」
そこ(洗面台)には、覚悟を決め、メイクされた俺がいた。
「ハッッ?変なメイクなんかするわけないじゃん。竹中さんたちがどれだけ…(ゴニョゴニョ)。でも、私が大抵のことはこなせるスーパー美少女だってことは認めるわ♪」この夏の暑さのせいで頭がやられたのだろうか、額に汗を浮かべ、やつはそう嘯く。
「うん。いや、似てんのは目元だけだけど。」どうやら、マスクと帽子は外せないっぽい。特に帽子は外せない。じじいの前頭部の頭模様だけは年相応に少数精鋭だからだ。
「あとはおじいちゃんの服を着て完成ね。もちろん長袖長ズボンで。」
うわっ、そうだった。この真夏日にフル装備で外に出されるんだわ。きついなぁ。
そしてじじいの匂いのついた服着んのか。きついなぁ。野性味溢れた臭いすんだよなぁ。
「お兄ちゃん、はい。」
妹が笑顔で用意しておいた服を渡す。いかにも野性臭のしそうな服を選んできやがった。
「臭いきつすぎない?もっと他のあったでしょ。」
「ごめ~ん、今の季節ほとんど半袖しか押し入れに入ってなくて。あとは全部、倉にしまっていると思~う。時間もないし~。」
コイツ、弱みを握ったことをいいことに、完全におちょくってきてやがる。コノヤロォ…。
「飛ばすぞ。」
「晒すぞ。」
「やめてェ↴。」
20歳の成人男性が本気で女子中学生相手にすがりつく。プライドは今、捨てた。
しょうがねぇ。この服と自分の肌を密着させるのはいやなので、自分の肌着の上から着ようとす…………。……ん…んんっ……臭いキッッッッッッッツ!
「ちょ、ちょっと待って。予想の5倍くらいきついんだけど。さすがにこれは……やめて別の探…ウェェ…。」
じじいの臭いには慣れてるつもりだったんだけどね。
この臭い、なんて言うんだろう。例えるならば、ウサギとイノシシと熊とその他諸々が内臓をぶちまけながら混ざり合い、溶け合っているような。…とりあえず人間の出せる臭いじゃねェェェェ!
服の臭いを直に嗅いで悶絶する俺を見ながら、
「ごめん、替えの服、全部倉の中にあって…だから、その…、本当に時間ない。ごめん。」と妹がわりと本気でそう謝る。
「待って、待って。ガチでこれ着ろって言ってんの?」少し泣きそうな俺。
妹が申し訳なさそうな瞳でこちらを見る。
やめてェ↴。ホント、本当に無理無理ィィィ。再び20歳の男性が中3相手にすがりつく。
しばらくたった後、玄関にいる竹中さんの前に、フル装備の俺が向かう。
「すごいなぁ。菊地のおじいさん、そっくりだよ。」と、竹中さん。
「「いや、どうも。」」と、妹と何かを捨てたかのように健やかな笑顔の俺。
「あ~、こうして聞いてみると、声も似てるなぁ。」
「いや、どうも。」と俺。微笑みは崩さない。さっそく出発しようと竹中のおじいさんの方に近づく。
一瞬、顔をしかめたあと、笑顔でこう答えてくれた。
「匂いもつぁいね。」
つぁいって何ですか。(ニコッ)