初めての魔物
さすがにこれ以上森で遊ぶのは危険だ。
奥だとか村の近くだとかは関係なく森が暗闇に支配され帰れなくなる危険がある。
『そうだな。十分満足したし帰ろう。
そろそろ祭りの準備も終わってるだろうしな。
ところで…村どっち?』
普段来ない場所まで来て、陽も沈みかけていたため俺は自分の場所がわからなくなっていた。
これエドが来ていなかったらヤバかったかも(笑)
エドが前を歩くのを、
俺はまだ持っていた木の枝を振り回しながらついていくと不意に
『ジャック…あそこに居るのは誰だろう…?』
ん? こんな場所に俺達以外に人がいるはずないだろ?
またエドの心配性が出てきて
どうせ人に見える木か何かだろ。
そう思いつつエドの視線の先を目を凝らし見てみると…
確かに誰かいるぞ?
背の高さだけで考えると大人じゃなさそうだ。
ただ子供かと言われればそれも違うと思う。
なぜならボロボロになっている鎧のようなものを着て、
手には短いながらも鉄でできていそうな剣を握りしめている。
村にそんな物騒な子供は居ないし、他所からわざわざこんな森の奥に来るとも考えれない。
顔も確かに人に見えなくもないけど、
耳と鼻が異様に長く、
なによりも…
目が赤い…?
ってそもそもあれは人間じゃないだろ!?
『た…確かに誰か…と言うか、何か?いるけどあれは…。』
俺の様子をみたエドも同じことを考えていたようで
『人じゃない…
多分魔物だろうな…』
そう呟いた。
何でこの森に魔物が?
何年も姿を表してないのになぜ?
それもなぜ今日なんだ!?
など考えていると
『ック…おいジャック!
何をボーッとしてるんだ!?
とにかく村に戻り大人達に知らせないと!』
『そ…そうだな…。
早く村に戻らないと…。 』
エドに何とか返事はしたけど…怖い!
とにかく怖い!
あの赤い目を見てから体の震えがとまらない。
あれはダメだ。
俺達みたいな普通の子供が近寄っちゃダメな相手だ。
とにかく相手がこちらに気がついてない間に逃げなきゃ!
俺達は来た道をまず戻ろうと身を屈めた状態で踵を返した。
パキパキ!
ん?何の音だ?
見ると俺が先程まで握り締めていた木の枝を
エドが踏み折ったらしい。
『おいいいいい!!!
お…お前何やってんだよ!?』
『お…お前こそいつまでそんな物を握り締めているんだ!』
落ち着け俺!
今はエドと言い争ってる場合じゃない!
魔物はまだ気がついてないよな…?
『…?』
見てる!メッチャこっちを見てるぞ!
てか今…目があった気が…
『…!?』
ヤバイ!やっぱりこっちに気がついてる!
人を見たら襲ってくるらしいけど、それを確めてる場合でもない!
『エドが音を出すから見つかってるぞ!』
『くだらんことを言わんでいいからサッさと逃げるぞ!』
『言われなくても逃げるよ!
ホントにいつもはしっかりしてる癖に肝心な時には何かやらかすよな。
あの時だって…』
『わかったから走れ!
無事帰れたら謝罪でもなんでもしてやるから!』
エドが悪いとか本当は全く思っていない。
ただあの目を見てから怖くて仕方なく八つ当たりしたかっただけだ。
とにかく俺達はその場から逃げようと走り出した。
魔物もこちらに向かい走ってきているが、そこまで速くはない。
多分大人の足なら土地勘がある部分も含めて十分逃げ切れる速度だ。
そう、あくまで大人だったらの話だ。
体格的にも運動能力的にも劣る俺達子供が走るよりは確実に速い。
その証拠に徐々だけど俺達との距離が縮まってる。
障害物を利用しようにも、ここまで奥に来たのは俺達も初めてで、
実際どこを走ってるのかもわからない状態だ。
ただ俺達には逃げるしか手段がない。
手足が重くなり心臓が悲鳴を挙げていても走るしか今この場から生きて帰れる方法はないんだ。
追い付かれたら殺される。
それだけは確実に起こる現実だと子供の俺にだってわかる。
あれは完全に人間の敵なんだと。
そんな事を考えてると背後から
『あっ!!!』
声と同時に近くの木に当たる鈍い音がした。
足を止め振り返ると
どうやら木の幹に足を捕られ、走っていた勢いもあり、近くの木に体を打ち付けて倒れているエドの姿がそこにはあった。
『エ…エド?大丈夫か?』
反応がない…。
どうやら頭からぶつかったようで気を失っている。
『嘘だろ…』
エドを置いて逃げるわけにはいかない。
だがどうする?
抱えて逃げるなんて無理だし、もちろん魔物に立ち向かっても先に俺が殺されるだけで意味がない。
考えてる間にも魔物はすぐ近くに迫ってきている。
『誰かいませんかぁ!誰か助けてぇ!』
もう叫ぶことしか出来ない。
こんな森の奥にまで村人が立ち入らないのはわかってる。
わかっているけど…
『助けて!』
気がつくと魔物はエドのすぐ傍まで来ていた。
どうしよう…
と頭は冷静な判断が出来ない状態だ。
だが体は無意識に行動していた。
俺は…足元に落ちていた、少し大きめの石を気がつくと魔物目掛けて投げつけていた。
『ギャギャ!』
投げた石が当り、
目標をこちらに変えた魔物が近寄ってくる。
突然の攻撃に怒りの形相だ。
どうせ殺されるなら、
死ぬ前に少しでも抵抗してやる。
先程まで感じていた恐怖や絶望感よりも、
自分達にとって理不尽な存在とそれに抗えない無力な自分にたいする
開き直りにも近い、怒りの方が勝ったがゆえの行動だと思う。
だがそんな事をしても自分達が死ぬという現実は変わらず、
時間稼ぎも相手にダメージを与えることも…何も出来ないまま
魔物はすぐ目の前まで来た。
そして手にした剣を俺目掛けて降り下ろす。
思わず眼を瞑ってしまい、眼前にいる魔物を見続けることは出来なかった。