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幼き花は小さく咲き誇る

客を振り自身に絶対の自信を持つ太夫が消えた後の吉原には、花魁と呼ばれる少しだけ庶民派の遊女が現れた。

あらゆる芸事に優れている…というわけではないが、大商人や時たま訪れる武家の方々と対等な話が出来る程には器量と主に容姿が優れた人達だ。

そんな遊女の研修時代は大体三つに分かれる。

引込新造、振袖新造、留袖新造。

その内の一つ引込新造は所謂超エリート。

振袖新造、留袖新造達の幼い頃は禿(かむろ)と言って、遊女の世話をしたり勉強をしたりして過ごすのだけど、引込新造は子供時代から格が違う。

遊女の世話や楼の廊下の雑巾掛け、客に茶を出したりと忙しい普通の禿と違って、引込禿と呼ばれる彼女らは勉学以外は何もしない。

吉原のなんたら楼に売られてきた容姿端麗な彼女らをエリートととして楼の主が選び、店で客と顔を合わせさせる事の無いように楼の奥に引っ込ませ、楼主やその奥様に大切に育てさせるのだ。

将来全盛を極める花魁候補の彼女らは蝶よ花よと育てられ、その後は格調高い花魁として世に出されて格高い客を相手取る。

正にエリート、庶民には手の届かざる人達だ。


と言っても何て事は無い、生まれは地方の田舎くさい貧民か、人口の多い町。

前者は借金のカタか飢餓を救う為売られた子供、後者は単に連れ去られた子供だ。

じぜんと云う者が彼女らを連れてきた後、生まれ持った田舎くさい村娘っぽさを如何にかして見栄え良く見せて吉原の様々ある楼に売り飛ばす。


お上から認可された正規の犯罪は江戸の文化を形作る確かな礎となった。


一見平和な世で跋扈する、乞食親無しの集りを飾り立てた豪奢で哀しい吉原の世界。

人はそれを、苦界と呼ぶ。




〜〜




「すみ、すみや、何処に居る。」

「はい、此方に。」


幾らの全盛を誇る花魁と云えど、女である限り妊娠は避けられないこの時代。

江戸後期、危なげな避妊治療と迷信の混ざった祈祷に楼主の必死の頼みも叶わず、全盛の花魁”大巻”は二人の子を産み落とした。

一人は吉原には不要の、父親が引き取った男児、朔弥。

もう一人は生まれた瞬間から遊女になる事が運命付けられた女児、華澄。

…というか、私。


っていうか私。

現代日本で死んだ後流行りの転生をしたんだけど、何故か日本の過去に飛んだ不幸な奴です。

前世と性別が同じなのは前世持ちとして嬉しい事だけど、花魁の娘に生まれた瞬間よりこの世に希望を持つのは辞めました。


産まれた時から禿のようなものだけど、一応規定年齢に達さない私を彼らは禿とは言わず。

ただ華澄、略してすみと呼ばれ大切に育てられている。

…楼主に。


日頃を花魁として働き詰める母様が子供の私を育てられる訳もなく、子供が居たら仕事にならないと楼主が母様の手から私を奪い取り楼の奥で育てる事にしたのだ。



「今日は大事な日、おめかしには気ぃ遣いませんとね。」



因みに私という子供を産ませた父親だが、全盛の花魁を身篭らせたのが誰か、というのが詳しく分かるはずもなく。

もう産まれること確定の頃、男児の未来を案じて『花魁大巻の客の中で一番将来性もある金持ち』に「わっちのこと身篭らせんしたのはあんた様でありんす」と言ったらしい。

江戸は身篭る花魁は半人前だと勝手な事を言われる社会だが、美しい花魁が自らの子を身篭るとあって、商人は夜中に飛び上がって喜んだらしい。

実際は父親じゃないかもしれないが、DNA鑑定の無い世界では遊女が父親だと言った者が父親だ。

楼主にとって遊女を身篭らせた父親は憎むべき存在だが、”父親として”要らない男子を引き取ってくれる存在は寧ろ感謝する方だ。

父様と呼ぶ気にはなれないが、顔も覚えていない兄弟の未来を安泰にしてくれる存在は私にとってもまあ良い存在だ。

その父親っぽい人は私の事もかなり気になっているらしく、世間に出していないから会った事もない為よく話題に出るらしい。



「首の白粉薄かったかしらぁ」



客の相手をし、道中歩いて皆を引き寄せる現在最高級遊女、花魁の中でも三つの位が存在する。

呼出し、昼三、付回し、中でも一番高い位である”呼び出し”の母様と遊ぶには一般の者では用意の出来ない大金がかかる。

その為、毎日客が来れる程安価ではない母様には暇が出来る。

母が暇を持て余す日などは大体の予測をつけて、その日だけは私も母の部屋へ遊びに行く事が出来るのだ。


でもそれは非公式の逢瀬(笑)

公式にて会えるのは私が禿となってから。


つまり今日。



「すみや、今日は晴れ舞台。めかしこみませんとな。」



数えで七つの私は今日禿名を戴いて、全盛の母様と共に花魁道中を歩くのだ。


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