02. 冒険者ギルドでの出会い。
ここ数カ月のあいだ拠点としている街、「ガノアス」から少し離れた森の中。三年前に現代日本から剣と魔法のファンタジーな異世界に迷い込んでしまった私は木陰で息を殺していた。
ただいま冒険者としての仕事の真っ最中だ。
人や魔物など捜したいものを簡単に探知できるメガネに、ポポと呼ばれる鳥の居場所が森MAPに▼マークで表示されている。
ポポの見た目は鳩によく似ており、肉が美味しく色々な調理ができるので多くの地域で愛されている食材だ。性格は大人しく、新米冒険者どころか子供でも狩ることのできる弱い鳥である。とは言っても魔物の一種なので、油断していると鋭利な爪や嘴で突かれて怪我をする可能性も無きにしも非ず……。
今回はそんなポポの、色違いを仕留めに来たのだ。
ポポは灰色の身体をしているのが一般的なのだが、実は肉の質によって体毛が鮮やかになるという性質を持っている。肉質の順に、灰色・青・緑・黄・赤・桃・水色・虹色と色分けが続く。しかし、それに伴って仕留める難易度も上がる。
実は赤以降のポポも見つけたのだけど、あえて黄までのポポを冒険者ギルドへ持ち帰ることにしている。理由は言わずもがな、目立たないためだ。
一応Cランクの冒険者なので不可能ではないが、あまり目立った功績を残すと絡まれたりパーティに誘われたりと面倒なため、私は常日頃から「その他大勢」に分類されるよう心がけていた。
ファンタジー小説なんかでは主人公が大きな依頼を達成して一気にランクを上げたり、お偉いさんに注目されたりという流れが定番かもしれないが、私はそんなのは遠慮させて頂く。
悪いドラゴンを退治して欲しいとか、国の危機を救ってくれとか、囚われのお姫様を取り戻してくれとか。自分の命を賭けてまで挑戦したいなんて微塵も思わない。
冒険者生活をそれなりに続けて貯金を増やし、良さそうな土地や街を見つけたら庭付き一戸建てと犬を飼って平和に暮らす。それが私の目標なのだ。
だから冒険者デビューした三年前の初依頼「薬草採取」でも過剰採取なんて馬鹿な行動はしなかったし、臆病者だ役立たずだと周りに認識されようとも一歩一歩慎重に冒険者としての経験を積んできた。
慎重で堅実で謙虚。いいじゃないか、私の大好きな言葉だ。
「……これくらいでいいか」
つい今しがた仕留めた黄色のポポを手に、頭の真上より幾分西へ傾いた太陽を見上げて呟く。
三年も冒険者をしていれば、生き物の命を奪うことは既に慣れてしまっている。最初は顔から出る液体全てを垂れ流しながら犠牲となったポポに土下座で謝っていた。その日から三日ほど寝込んだ。
ポポに限らず、私の命をいとも簡単に奪いにくる強力な魔物も殺したし、魔物に限らず現代日本では御法度とされている――殺人も経験した。
相手は極悪非道を繰り返していた盗賊だったが、まぁ……その辺の話は語っても楽しくも何ともないので割愛だ。現代の常識なんて一切通用しないこの世界では、時に非情になることも必要だった。今では私が生きていくために仕方がなかった事だと割り切って考えている、とだけ。
あまり遅くなると夕方の受付を担当している女性ギルド職員を目当てにした男共のせいで受付が込みだすので、今日の仕事を切り上げることにした。
見目麗しい女の子を見て疲れを癒したい気持ちは分からなくもないが、所詮顔が全てなんだなーと理不尽さを感じるのも事実だ。私の容姿? 平凡だよ畜生め。
ただ有難いのは、この世界には西洋系の容姿をした人達だけではなく、私のような明らかに東洋系の人も多く住んでいるので悪目立ちすることがない。
ついでに言えば犬や猫の耳を持つ獣人もいるし、とんがり耳のエルフさんやお髭がダンディなドワーフさんもいる。会ったことはないが、北の方には魔族の国があって魔王様もいるとか何とか。ひえええ、さすがファンタジー。
「よっこいしょ」
鮮度も保ってくれる素敵な空間魔法が施された収納鞄に黄色のポポを詰め、別に重くも何ともない鞄を肩に掛け直す仕草をしながら、森の出口へ向かって歩き出す。
鞄の中には黄ポポ2羽、緑ポポ3羽、青ポポ1羽。ついでに道中で摘んだ薬草が少々。これだけあれば私が掲げている一日の収入目標は達成できているはずだ。むしろ余裕だろう。
今夜は少しだけ贅沢な夕食にしようかな。そんなことを考えつつも、決して警戒だけは怠らず。なるべく足音を消しながら森を後にしたのだった。
あ、ちなみにこの空間魔法だが、私が希望すれば空間内部で血抜きや解体作業も行ってくれる優れモノだ。本当にいつもお世話になってます。この便利さからもう一生離れられない……。ダメ人間一直線である。
◆◇◆◇◆◇◆◇
場所は変わって、冒険者ギルド。
無事に森を抜けて受付が混む前にギルドへ到着した私は、持ち込んだ魔物やアイテムを鑑定して買い取ってくれる換金所の前に居た。
薬草の採取やポポ狩りは常に依頼板に張り出されている案件なので、わざわざ受付を通さなくても直接換金所へ行けば良い。
なら何故受付が混むことに文句を言っていたのかって? それは所謂、人口密度の問題だ。ガチムチ筋肉だるまの男共が鼻の下を伸ばして密集している場所に、誰が好きで長居したがるもんか。たぶんその人気の受付嬢の対応が丁寧で優しいのが人気の秘訣なのだろう。特に用事もないのに現在ギルド内で暇を持て余している男共の目的も美人の受付嬢だと思う。
ぶっちゃけ見た目や優しさではお腹は膨れないし一銭の得にもならないので、私としてはスピード感を重視してもらいたいものである。丁寧なのは良いことなんだけどね。
その点、この換金所の職員は対応もサッパリ簡潔で分かり易く手際も良い。たとえ顔面が厳つい中年職員であろうとも、私はこちらを選択するというわけだ。
おっちゃん、今日もポポの状態確認をする顔が怖くて痺れるー!
「どれも状態が良いんで1羽あたり黄が25ゴルド、緑が20ゴルド、青が15ゴルドに薬草がまとめて5ゴルドになる。それで構わないか?」
「はい、大丈夫です」
「あいよ」
手渡されたのは、銀貨が1枚と大銅貨が3枚だ。うほっ、130ゴルドの稼ぎとは嬉しいですな! 日本円にするとだいたい日給1万3千円という感じだ。うんうん、満足満足。
ここから宿代や食事代と雑費に50ゴルド使用すると考えて、貯金が80ゴルドだ。でも久々に今日はちょっぴり豪華な夕食を取りたいので10ゴルド余分に食費に回そう。それでも貯金は70ゴルド。良いね良いね!
ほくほく顔で鞄の中に硬貨を突っ込み(正確にはお財布用空間魔法を使用)、夕食をどこで食べようか考える。
そしてちょうどその頃、ギルド内で暇そうにしていた冒険者達が身だしなみを整えたり、そわそわしだした。どうやら美人の受付嬢が交代する準備に入ったようだ。
職員用の通用口から出勤する姿は直接目にしていないけれど、受付の窓口の先にある職員の事務スペースに彼女が見え隠れしている。
金色の綺麗な髪を赤いシュシュでまとめた彼女が、朝から受付に座っていたお爺さん職員と交代するため業務の引き継ぎに入った。それに伴って一時受付停止となっているはずの窓口に男達が列を作り始める。
この清々しいまでの行動に何とも言えない気持ちになる。空いているはずの窓口を担当している隣のおばちゃん職員がめっちゃ微妙な顔してるから誰か並んであげてほしい。
私? 私はもう換金終わっちゃったからなぁ。特に受けたいと思う依頼もなかったし、今日はもう受付に用はないかな。ごめんねおばちゃん、また次の機会にお願いしまーす。
「あのっ、薬草を集めてきました!」
そんなタイミングでギルド内に響いた、爽やかな声。
ガヤガヤと騒がしくなり始めていた室内が静まり、多くの視線がギルドの出入口である扉を開けた人物――黒髪の少年へと向けられた。
装備や仕草の初々しさと薬草採取という依頼から、冒険者になり立ての新米なのだとすぐに分かった。
良かったね、おばちゃん。少年は見た目も爽やかなイケメンだし、念願のお仕事がやっとー……と思ったけど、少年はガチムチ冒険者達が列を作っているにも関わらず、大量の薬草が詰められている麻袋を持ったまま美人職員がいる受付へ。
おい……おい。少年よ、君の目にはガラ空きの受付が映らないのか。おばちゃんのしょっぱい顔が見えないのか。
この長蛇の列を無視して割り込むなんてチキンな日本人の私には絶対無理だ。この少年、見た目は日本人っぽいのに鉄の心臓の持ち主か? イケメンは何をしても許されるのか――って、日本人?
え、ちょ、マジか。今自分の思考を思いっきり流しちゃいそうになったけど、よく観察すると確かにこの少年ものすごく日本人っぽい!!
いや、黒髪なんてこの世界でも普通に存在しているので気にしなかったし東洋系の容姿もそれなりに居るんだけど……何というか、言葉にはできないけど同郷的な何かを感じる! 気がする!! たぶん!!!
イケメンなので後々女性関係で面倒くさい事件を起こしそうな匂いがするので知り合いになろうとは思わないけど、気になるものは仕方がない。
私みたいに突然異世界に来てしまったのかな~、それとも何か別の理由かな~、もしかして日本と異世界を行き来できちゃう系? とバレない程度に少年に視線を送る。
すると、私が掛けていたメガネが「ぴろりん♪」と反応した。どうやら私の「知りたい」という気持ちに反応したらしい。便利メガネの人物鑑定機能が作動しちゃったわけですな。
この機能はすごく便利なのだけど、私の「知りたい」という欲求に応じて鑑定結果が簡易版だったり詳細版だったりと統一されていないのが難点でもある。
まぁ、原因は私なんだけどね。とにかく、せっかくなのでメガネが表示してくれた少年の鑑定結果に目を通してみようではないか。
【少年のステータス】
名前:ユウキ・キサラギ(Lv.3)
職業:勇者
備考:勇者召喚の儀により世界救済のため呼ばれた。
あっ、これアカンやつや。
何で勇者様が冒険ギルドにいるのかとか色々疑問があるけれど、これは明らかにトラブル案件の予感がするので、そそくさとギルドから出ていきますよーっと。少年のことは少し気になるけど、面倒事はお断りでござる。
そんな風に誰へ向けたか分からない言い訳を心の中で呟きながら、列を作っていた冒険者達に囲まれる少年を放置して、私はギルドの出入口である扉から外へ出たのであった。