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短編集<家族物語>

コミュ障少年とエリサちゃんの遺産

作者: papiko

 昔、IPS細胞という万能細胞がつくられた。作り方を簡単にいうと、皮膚の細胞にレトロウイルスを四種類まぜることで人工多能性幹細胞というものができあがるというもの。その発見によって、移植医療はゆるやかに自己再生医療へと発展をとげていく。まあ、その話はどうでもいい。問題は僕の祖母がやらかしたことだ。祖母は、機械工学の博士だった。おもにロボットのプログラミングや駆動関連の研究をしていた。彼女のめざしていたのは、人間に近いロボットだった。そんな祖母が亡くなったとき、遺産として僕は引き取らざる負えないものを、引き取った。祖母と同じロボット工学を専攻していた学生の僕に残された遺産。

 もう、お判りだろう。そう、かぎりなく人間に近いロボットである。まだ、世間はしらない。そんなものがこの世に存在するなどとは。


「何してんの?雷太(ライタ)

「いつもの記録あさりです。それよりマナカさん。不具合箇所ってどこなのかわかったんですか?」

「えっとねぇ。わかんな~い」

 へらりと頭の悪そうな笑顔で、マナカさんは答える。

「自分でモニタリングできるんでしょ」

「まあ、そうだけど。たぶん、この不具合は身体パーツじゃないと思うんだよね」

人工知能(エーアイ)の方だと?」

「そう、エリサちゃんが言ってたの。モニタリングできない個所は(エーアイ)の不具合だって。でも、それは人間でいうご機嫌斜めな状態だから、誰かに遊んでもらえばよくなるのよって」

「要するに、僕に遊んで欲しいんですね」

「おお!さすが雷太(らいた)。えら~い。ということで、抱っこしてほしいです」

 マナカさんはうれしそうに両手をひろげて、抱っこを要求してきた。見た目は難なく抱っこできるしろものだ。なにせ幼児体型である。僕と並んで歩けば、お兄ちゃんと歳の離れた妹もしくは従姉妹にしか見えない。


「無理言わないでください。あんた、自分の体重何キロあるとおもってんですか」

「うわぁ、言っちゃいけないことを!!」

「どうあがいても、まだ、百五十キロありますよね」

「う……しかたないじゃんか。ロボットは重いのが定番だし」

 僕は軽くため息を吐く。そしてマナカさんのショートヘアをぐしゃぐしゃと撫でた。

「内側の軽量化については、あと少しで設計できそうですから。抱っこは我慢してください。何事も、一つずつ地道にやるしかないでしょ」

 マナカさんはふくれっ面をしたもの素直にうなずく。

 仕草や言葉遣い、反射的な反応は本物の子供と大差ない。それを可能にしているのは、祖母の開発した成長する人工知能だ。プログラミングによるものは、すでに実用化されている。しかし、IPS細胞を使って人間の脳をつくるなんて馬鹿げたことを、実は祖母はやっていたのである。

 それがマナカさんだ。祖母の皮膚細胞から作ったIPS細胞から作成した脳神経細胞を培養し、それを加工して量子プログラムと掛け合わせる。すると、人間のように成長する人工知能(エーアイ)が誕生するのだ。簡単にいってしまえば、そんな感じだ。実用化されていないのは、作り出すまでに歳月がかかりすぎること、システムとして複雑すぎて利用法がみつからないこと、後付けのプログラミングがファジーすぎること。逆にいえば、人間の子供を産んで育てるをロボットでやったら、めちゃくちゃ労力と複雑性が邪魔をして安定したシステムになりませんでした、ごめんなさいという話なのだ。


 だから、人間により近いロボットをつくろうとしている人はもういない。そして、唯一の製作者であり、最後の研究者である祖母も亡くなった。完成品であるマナカさんを残して。

「それより、マナカさん。そろそろ食事の時間ですよ。忘れてませんか?」

「忘れてないよ。何にしようか悩んでるの。そろそろ暑いからソフトクリームとかいいなぁ」

「じゃあ、今日はデパ地下にしますかね。コンビニでもいいけど、僕もそろそろ飽きたし」

 マナカさんはわぁいと喜んで跳ねそうになったので、僕は頭をぐっと抑える。

「飛んじゃダメです。ここは建物が古いんですから」

「ちぇ……ちょっと喜びを体で表現したかったのに……」

「だから、それはもう少しまってください。有機物分解装置の軽量化、僕だってがんばってるんですから」

 僕はやれやれとため息をついた。

「わかってるんだけど……楽しくなると飛び跳ねたくなるの。人間もそうなの?」

「そうですね。人間の子供はよく跳ねますね」

「大人は?」

「しません」

「どうして?」

「自分の体重わかってますから。それに大人が子供みたいなことすると恥ずかしいんです。基本的に」


 思いもよらないことで、大喜びして跳ね回る大人はいるけれど、日常的な喜びで飛び上がることはないのが人間なのだと僕は思う。そして、マナカさんのその衝動は、子供のものなのだ。たぶん、祖母の作ったプログラムには成長がある部分まですすむと、それ以上行かないようにセッティングされているのだろう。マナカさんに関する資料は多くて、百社近いクラウドに限度使用領域ぎりぎりまで詰め込んである。それを毎日のように僕は読んでは軽量化をどうするめるか考えなければならず、見つけた資料を分類して僕の使う別のクラウドに書き込み保存するのが日課だった。他にも通信大学のレポートや贈られてくる材料で基本的なロボットを作成して、完成度による評価をもらわなければならない。毎日が充実しすぎなくらい、充実しているのだ。

 僕は他人から見れば、交流障碍者コミュニケーションショウガイで、それは幼少期にしっかりと押されたレッテルではあるが、別にそれで困るようなこともない。単純に周りが困ったのだろうと僕は思った。


 とりあえず、謎だらけのマナカさんだけど、いっしょにいると僕は楽でいい。生活費や研究費、軽量化の費用は、マナカさんとともに受け継いだ著作物の印税と特許料によって賄われている。かなりの大金だから、マナカさんに有機物栄養を与えないで壊せば、それだけで一生遊んでも使いきれない額が残る。けれど、マナカさんをメンテナンスしてあまつさえ軽量化を試みる僕には、余分なお金は存在しないので、人もあまり住んでいない中古のマンションを丸ごと買って、最上階に住んでいる。表向きは、マンションオーナーとして家賃収入で生活していることにはなっていた。


「やっぱり、雷太(らいた)でよかったな」

「何がですか?いきなり」

「うん、あたしの引き取り先。エリサちゃんいってたもん。ひきこもりの研究バカの雷太なら、お金よりマナカに興味をもつから心配ないって」

「そうですか。じゃあ、デパ地下いくのやめようかなぁ」

「え!やだ。なんでそうなるの!!行こうよ。ソフトクリーム食べたい!」

 マナカさんの必死のいやいや。うん、可愛いと僕は思う。やはり、この感覚は祖母譲りなのだろう。他人と交流がなくても寂しいと思わない僕にとって、マナカさんは一種のメンタルパートナーなのかもしれない。マナカさんのおかげで、外出は苦痛でなくなったし、とりあえず、親の希望で通信教育ではあるけれど大学生という肩書ももっている。そして、エリサさんの遺産のおかげで、家族は僕が一人で生きていくことを暗黙の了解として受け入れたのかもしれない。


(感謝してますよ、エリサさん)


 僕は心の中でそっとつぶやいて出かける支度をした。



【終わり】

自分でもSFなのかファンタジーなのか分類にこまりました。

とりあえず、ジャンルはSFにしてます。

ちげーよバーカって思うSFファンの方が多ければ、

ジャンル変えようかなとは思っておりますので、

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても良かったです。 展開される背景と、魅力的な人工知能のキャラとがマッチしていて非常に楽しかったです。 良作をありがとうございました
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