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古の虚像

とある人に捧ぐ。

 全く頭にくる。掲示板を覗いても、最近では業者と思わしいお馴染みの連中ばかりだ。

 俺が求めているような理想の女子像、つまりこういった(・・・・・)関係を遊びと割り切っていて、かつピュアな女はいないものか……。

 そんな一見滑稽な像を追って画面をスクロールさせていると、ふと目に留まるものがあった。

 なんでも携帯代が払えない女子大生らしいが、どうやらこういった掲示板には不慣れなようで、プロフィールにも詳しい事は書かれていなかった。

 これはもしやするかもしれないぞ、とダメ元で俺は彼女にメールを送信した。

 すると意外なことに、返信は間髪置かずに俺の下へ送られた。


『すぐに会いたい』


 という内容のメールに、俺は逸る気持ちと血の滾りを抑え込みながら、彼女に条件を尋ねるメールを送る。

 それに対して、


『会ってから決めませんか?』


 との返信を受け、もう俺はぐっとこぶしを握って、天へと突き上げたものだった。




 その後すぐに会う次第となり、俺は待ち合わせ場所への道中を、心の弾みを表すような軽やかな足取りで向かっていた。

 久々の女子大生とあって、その響きだけでももう胸が高鳴る。

 到着までの間、いつものように妄想・空想は進み、数々の可愛らしい芸能人達が俺の脳裏に巡る。

 彼女は俺に微笑みかけて、手を振って走り寄りそして二人は……。


 などと考えていればいつの間にか、待ち合わせ場所となっているコンビニの駐車場に到着していた。

 彼女は原付でやって来るらしく、そこがまた女子大生らしくて現実味があり、本当にとても楽しみだ。

 自らの鼓動を感じていれば、待ち合わせ時間は刻一刻と近付いてくる。

 と、そこへ、ブブーッという原付特有の軽い音が少し遠くから聞こえてきた。

 来たっ!


 俺は音の方へと振り返る。目を見張る。いやいやまさかと、目を瞬いてもう一度見る。

 どうやら原付は今俺の目に映るそれで一つだ。しかしそれに乗っているのが女子大生だと?

 嘘だ。山だ。強いて言うなら山脈だ。

 原付に乗っていると表現したが、正しくはバイクを体内に取り込んで走行していると言うべきか、最早一種のバイクいじめですらある。

 いやいや、彼女はきっと関係ないさ、ここを通り過ぎて……と考えるがしかし、原付は無情にもこのコンビニの駐車場へ進入し、停車した。

 いや、単なる客だよきっと……という希望は、バイクを体外へ解放し、のっしのっしとこちらへ歩み寄る彼女の我が儘過ぎるボディに吸収されてしまった。

 もう俺は一歩も動けない、いわゆる金縛りの状態にあった。

 普段からこんな、恐らく体重計も使用に堪えないような山脈が如き人を見る事なんて滅多に無いだろう。

 それが俺の楽しみにしていた出会いの場に現れ、今俺を飲み込まんとしているのだ。

 人は余りの衝撃を前にすると反応が鈍ると言うが、現状が正にそれだ。

 ああ、マンモスに正面から立ち向かった原始人たちも、こんな気持ちを味わったのだろうなあ……。

 などと下らない事を考えていると、何万年前にも絶滅した筈の巨象は、俺の眼前で口を開いた。


「こんにちは」


 驚いたことに彼女は日本語で挨拶した。当然である。

 どうやら今の俺は少々頭のネジが吹っ飛んでいるようだ。


「何処へ行くの?」


 どこ、とはつまり私をどこへ連れて行ってくれるの? という事だろう。

 すいません、もうどこにも行きたくないです。

 強いて言うならおうちに帰って三日は引き籠っていたいです。

 そんなことを正直に口にできるはずも無く、返答にきゅうした俺に彼女は更に言う。


「私とイイコトしたいなら、そこのコンビニでこれを払って!」


 差し出された携帯電話料金の請求書には『¥58230』という桁違いの数字。

 最早俺にはオーメンそこのけの悪魔の数字の羅列にしか見えなかった。

 はは、始めから風俗に行くんだった畜生。

 もうこれ以上我慢ならないと、しかしどこか冷め切った俺の心は、思った以上に自然な演技で言葉を紡いだ。


「ごめん、そんなに持ち合わせが無くって……」


 そんな気遣いと虚しさに満ちた俺の言葉に、太古の巨象は声を大にして憤慨した。


「そんな端金も持たずに、よく来たわね! わざわざ時間を割いて来たのに、もう帰る!」


 すごい勢いでそう俺をなじった彼女は、再び原付をその体に取り込んで走り去った。

 ああ助かった、と俺は胸を撫で下ろした。

 この世界はまだまだ未知性に満ち満ちていると身を持って知った一日であった。

 しかし気になったことがある。彼女は……


「処女なんだろうか?」


 自分の発想の下らなさと低能ぶりに、自嘲的な笑いが漏れる。 

 あんな事になった後でこんな事を気にする俺は、きっと今後も追い求めるのだろう。

 もはや存在するのかも分からない、清純で尻軽な女子大生という虚像を……。



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