37.森の賢者は新たな伝説を生み出し、森の賢者の娘は森へと戻る
『森の賢者』セイナがセイアーツ教を徹底的に潰したという事実は、すぐさま世界に広まっていった。
それも、一日もかからずに潰してしまったという事で、セイナの伝説にまた一つ伝説が加わることとなる。それと同時に、世界に三人しかいないとされていたハイエルフの四人目が存在するという事実が広まっていった。
四人目のハイエルフ、『森の賢者』の娘。ハイエルフの少女、アレイシア。
冒険者として生活をし、有名になってきたちょっとエルフたちに親切にされているエルフ。魔術が得意なエルフ。として少なからず有名になってきたアレイシア。彼女が、実はハイエルフだという事は世間を騒がせるに十分だった。
ハイエルフについて研究をしている研究者たちについては、他のハイエルフ達に比べて表舞台に進んでかかわろうとしているアレイシアになんとか接触出来ないかと画策していたりする。そしてアレイシアがアウグスヌスの森へ帰還させられる前に接触できていればよかったという後悔にとらわれているのであった。
さて、『森の賢者』の娘であるアレイシアは、母親の手によってアウグスヌスの森へ帰されていた。
それも、アレイシアが弟子にした人間の少年と共に。
「ごめんね、ベス、色々とややこしい事に巻き込んでしまって」
「いや、アレイシアさんが謝る必要ないよ。確かにハイエルフであることは驚いたけど……。それに、普通にしてたら入ることも出来ないアウグスヌスの森に入れるなんて一生に一度の経験だろうし…」
「あら、アレイシアの弟子ならこれからも貴方とアレイシアが望むなら足を踏み入れる機会はあると思うわよ?」
アレイシアの言葉に、ベストが答えれば、そこにセイナが口をはさむ。
セイナは、セイアーツ教という世界に大きな影響を与えている宗教をつぶしたあとだというのに至って平然としている。世界にとって驚くべき出来事でも、セイナにとっては気に入らない存在をつぶしただけなのである。彼女にとってみれば、もう潰したセイアーツ教の事はどうでもいいと思っており、復活した際は潰そうと思っているが、特に頭に留めていない。
「……お母さん、人間嫌いなのに、いいの?」
「ええ。アレイシアが望むならかなわないわ。もちろん、私にとって気に食わない事するなら貴方の弟子だろうとも殺すけれど」
「……ベス、お母さんはこういう人だからお母さんを怒らせる事はしないようにね」
「も、もちろん」
セイナの殺すという言葉が、本気だという事がわかるからこそ、アレイシアもベストも思わずひきつった顔をしてしまう。アレイシアは、正直セイナが森の外に出て動いたのを見るのは初めてだった。アレイシアが生まれた百年前には、既にセイナは触れてはいけない存在だった。アウグスヌスの森にちょっかいを出してくる存在もいなかった。
アレイシアにとって、セイナは『森の賢者』である前に母親であった。『森の賢者』がどういう存在であるかを少なからず知っていたとしても、それでも『森の賢者』としてではなく、母親としてのセイナを見ていた。
元から母親であるセイナを怒らせてはいけない相手だと理解していた。だけど、理解は足りなかった。改めて、自分の母親は怒らせてはいけない相手だとアレイシアは理解した。
「それで、アレイシア」
「なあに?」
「どうしたい?」
「どうしたいって」
アレイシアはセイナの言葉に何の事だろうと頭をひねる。
「アレイシア、セイナさんはまだ森の外に出たいかって聞いているんだよ。このまま森で暮らしていくか、それとも、ああいう目にあっても外に出ていくか」
口出ししてきたのは、アレイシアの父親でハイエルフの一人であるフランツである。フランツは美しい金色の髪を持っている。数百年の時を生きているはずだが、ハイエルフというのもあってアレイシアと同じ年ぐらいにしか見えない。
「セイナさんが言いたい事ってそれでしょ?」
「ええ。フランツが言っているように、貴方がこれからどう生きたい私は聞きたいわ。貴方は寿命が長いから、別に貴方だけの問題なら答えを急がない。でもアレイシア、貴方は人間を弟子にしたでしょう。その弟子は、百年もいきられない。だから、早めに答えを見つけなさい」
アレイシアだけ外の世界に飛び出すという問題ならば、すぐに答えを出さなくても良い。なぜならアレイシアはハイエルフで長い寿命を持ち合わせているから。でも、アレイシアは弟子として人間を連れている。人間の寿命は短い。アレイシアが一瞬だと思っている時間も、彼らにとってみれば長い時間である。
だから、どうしたいのか、アレイシアは決めなければならない。
ただの人間の少年を、巻き込んでしまっているのだから。
「私は、人とかかわるのは面倒だと思うからアレイシアにはこの森で生きてほしい。それなら、その子も貴方とかかわってしまったということだから森で暮らしてもらっても構わない。人間は嫌いだけれど、アレイシアがどうしてもというならね。でも、アレイシアが、本当に痛い目にあっても外に出たいというなら私は反対はするけど、止めはしないから。貴方の人生だから、私がどういったからではなく、貴方が決めなさい」
セイナは、ただ、アレイシアにそういった。
「……うん、考える」
そして、アレイシアはそう答えた。




