34:思考する少女と、姿を現す母親
その日、アレイシアは鬱憤とした気持ちを感じながらも、セイアーツ教の建物の中で、ふぅと息を吐いた。ずっと神官に跪かれながら自分を特別視する存在に囲まれての生活。
外の世界を、知らない世界を見たいと飛び出した先で、自分の考えの甘さからこうしてとらわれる。
馬鹿みたいに外の世界に出れた事が嬉しくて、母親に散々忠告されたのに深く考え切れていなかった。散々「外の世界は——」と注意され続けていた。だというのに飛び出して、結果がこれである。
アレイシアは自分の軽率な行動を猛省していた。今のアレイシアの現状は他人のせいではなく、自分のせいである。自分が甘かったからこそこうして捕まった。これからどうなっていくのかさっぱり分からない。今はアレイシアを彼らは只のエルフと思い込んでいる。それでこの対応である。これが、ハイエルフだとばれたらどうなるだろうか。それを考えるとアレイシアはうんざりしている。
そして母親にこの現状を知られたらどうなるだろうかという、それを思考する。アレイシアは、母親である『森の賢者』の過去を詳しくは知らない。そもそも彼女はあまり過去を語らない人であった。本で母親について知る事は出来ても、彼女は自分では語らなかった。どんな気持ちを抱いたのかも。
―――お母さんは、昔苦労していたといった。今と違ってエルフもいなくて、魔力が多くて寿命が長い存在と、人間しかいなかったと。
そんな世界をアレイシアは想像出来ない。アレイシアが生まれた時には、エルフが居た。竜族が居た。獣人が居た。人間以外の種族も、世界に認識されていた。
両親が居て。たった一人の娘として可愛がられて。精霊たちが優しくて。エルフたちは、アレイシアに親切だった。
―――生まれてから、それなりに時間が経って。大人になったつもりだったけれど、私は……誰も味方が存在しない。誰にも相談せずに自分だけで決めなければならない場になんて経験した事なかった。お母さんやお父さんに甘やかされて、守られてたんだって改めて思う。
百年。
人間にとっては長い時の中をアレイシアは生きているけれども、その百年間、ずっと平穏で守られた場所にいた。
母親が動いた結果聖地となった場所で、生きていた。自分を害する存在なんていない場所で。
―――せめて、ベスの身柄を確保できたら……と思うけれど下手に動いたらベスが殺される可能性もあるし。もっと、《魔術》が使えたら……。
そう思考する。
例えば、すぐにベスの元へ行ける魔術が使えたら。安否が確認できれば。と考える。
――お母さんなら、きっとそれが出来る。もっと《魔術》の勉強ちゃんとしていればよかった。
などと、アレイシアが考えていた時、急に建物内が騒がしくなってきた。
さて、娘であるアレイシアが悶々と思考している時、『森の賢者』はすぐそばまで来ていたわけだが。
「ど、どうするんですか」
「正面突破してアレイシア連れて帰るだけよ。面倒だし」
「え、ええと、でも人も多いのに」
「関係ないわ。さっさと帰りたいから、すぐに終わらせるわ」
セイナがそう言い切るのを聞きながら、ベストは混乱していた。アレイシアが『森の賢者』の娘だという事にも驚いたのはもちろんの事だ。その後、セイアーツ教という巨大な宗教にアレイシアがとらわれているというのに、悲観は一切なく、心配もなく、寧ろ、アレイシアに怒っている様子であった。
「だ、大丈夫なんですか」
「問題ないわ。それにしても貴方、煩いわね。アレイシアもどうして弟子にしたのかしら」
セイナはそういった後、詠唱を紡ぎ、宿の部屋からイチから聞いたアレイシアが入っていった建物の目の前へと来た。
……髪色の偽装なんて真似もしていない。美しい銀色が、その場に現れた瞬間、その場にいた通行人たちが目を見張ったのが一緒に転移させられたベストの目には映った。
セイナは、そんな周りの様子は一切気にしていないようだ。
「……ふぅん。結界ね。ハイエルフを信仰しているといってながら、可愛い精霊たちを入れないようにしているなんて、それも気に食わないわね。というか、これ貴方壊せたでしょう?」
『壊せない事は……ないかもだけどー。正直どうするのが一番かーっていうのが分からなかったんだよー。セイナ様。僕は、人なんてどうでもいいけどぉ。行動してぇ、人死んだらアレイシア嫌がるかなぁって』
「……まぁ、いいわ。この宗教、前々から気に食わなかったから丁度良いわ」
セイナはイチの返答にそう答えて、そして、前触れなく『魔術』を行使した。
一瞬で生み出されたのは、鋭くとがった無数の氷。数えきれないほどのそれは、一斉に建物めがけて飛んで行った。
それは、結界を貫くだけに限らず、その先にあった建物にも襲い掛かった。
巨大な音と共に、その建物にいくつもの穴があく。
「……は!?」
一緒につれてこられたベストは、セイナの隣で現状を理解して思わず叫ぶのであった。




