33.少年は不安の中で”彼女”に出会う。
「あの、アレイシアさんはどうして……」
「アレイシア様は我がセイアーツ教の象徴として迎えられる事を納得されたのですよ。そう何度も告げているでしょう? どうしてと何度も口にされますが、セイアーツ教にそんな形で迎えられる事がどれだけ幸せな事か貴方には理解出来ないのでしょうか。そうそうアレイシア様の弟子という立場なのですから、貴方もセイアーツ教に入信するべきなのですよ」
にこにこと笑う、イヒア。その目の前でベストは困惑した表情を浮かべている。
ベストは、宿でずっとアレイシアを待っていた。目の前の神官からアレイシアがセイアーツ教に入る事になったと聞かされていたが、正直ベストは納得が出来ていなかった。だから、ずっと宿にとどまっていた。
そもそも、アレイシアさんはセイアーツ教を忌避していたはずだ。それなのに突然入信するなんてことがありえるのだろうかと、子供ながらに疑問を感じていた。
もしかしたら、無理やり——とそんな考えが浮かぶ。そもそもアレイシアがセイアーツ教に入信するとしてもこのまま放置する事はしないだろうとベストは思っていた。アレイシアはベストにやさしかった。ベストのためにと色々な事を教えてくれていた。
そんなアレイシアと話もできず、どうすればいいかベストには分からなかった。アレイシアがベストの目の前から消えてからというもの、目の前の存在は散々入信を迫ってくる。ベストはうんざりもしていた。
どう動けばいいのだろうか、どうすればいいのだろうか。それがベストには分からない。
―――もしこの街にエルフがいれば。と思って仕方がなかった。エルフは、不自然なほどにアレイシアに優しかった。そしてアレイシアの弟子であるからとベストに親切にしてくれていた。
ギルドを通して他にアレイシアの事を伝えてどうにかしてもらえないかとも思ったのだが、ギルドの中にセイアーツ教の信者がいるらしく上手くいかない。ベストは自分がどう動いたらいいか本当に分からなかった。
でもこのまま宿にいてもどうしようもない。お金だって、基本はアレイシアが持っていたから宿に残ってもいられなくなりそうだった。
そして、宿のベッドに身を任せ、ふぅとため息を吐いた時、誰もいないはずなのに音がした。
そちらを向いたら、何処から入ってきたのか、一人の、美しい女性がその場に立っている。
「え」
驚きに声を上げ、ベストは慌てて起き上がる。
そんなベストにその人はいった。
「ふぅん。貴方が、アレイシアの弟子の人間? 本当にただの人間ね」
興味深そうに、じろじろとベストの事を見つめるその人。その人を見て、ベストは驚愕を隠せなかった。
「……銀……色?」
その髪は、美しい銀色だった。
そんな色を持つ存在なんて、ベストは一人しか知らない。
この世界では、魔力量で髪の色が違う。銀や金といった明るい色を持つのは……ハイエルフという存在だけだ。
その中でも、白銀の髪を持つとされているのは———
「『森の賢者』……?」
『森の賢者』と呼ばれる存在だけだ。
――『森の賢者』がどうして。確か『森の賢者』は歴史にほとんど出てこない存在で。聖地から出てこなくて。エルフのアレイシアさんの名を出していたけど。でも……エルフの『守護神』と呼ばれているのは確かアキヒサというハイエルフ様で……。
混乱しながらも、思考する。思考しながらも、ベストはどうして『森の賢者』が目の前にいるのかがさっぱり分からなかった。そもそも、人の世に関わってこないとされている『森の賢者』が自分の目の前に存在している事に現実味を全く感じていなかった。
「ねぇ、どうしてアレイシアはこんな普通の子を弟子にしたの?」
『セイナ様あのねー、アレイシアは……』
『本当に普通だねー。それにしてもー、アレイシアを捕まえるなんて』
『セイナ様の敵はぁ、僕らの敵だもんねー』
ちなみに、その存在——『森の賢者』セイナの言葉にイチと、一緒に森からついてきた精霊たちが騒いでいるが、その精霊の声は全くベストには届いていない。
「あ、あの! も、『森の賢者』様ですよね! ど、どうして、ここに。というか、どうやって」
「転移しただけよ。精霊の案内で。アレイシアの元に直行してもよかったのだけど、とりあえず貴方をアレイシアは大切に思っているようだから回収してからいこうと思って」
「……転移」
その言葉を聞いてベストは呆然とする。転移などという大魔術を目の前の存在は使う事が出来るというその事実に。ベストはアレイシアに魔術を習ったからこそ、それがどれだけ難しいものか理解している。
「ええ、そうよ。あと、どうしてと聞いていたけれど……貴方は、おそらくあの子に聞いていないでしょうけど。あの子は私の娘よ」
「え」
「私の娘。世界に認知されていない四人目のハイエルフ。それが私の娘、アレイシア。だから私はここにきたの」
セイナの言葉に、ベストは次の瞬間、驚愕に叫んでしまうのであった。




