30.予感はあたるものなのかもしれない。
アレイシアは困っていた。一度だけでもゆっくり話せば、それで満足してくれるのではないかと思っていた。でも彼らは全くもってアレイシアのかかわりたくないという思いを尊重しようとしなかった。というより、エルフとセイアーツ教は違うと目の前で断言してしまったことに対しても彼らは物申したいのか、余計に接してくるようになった。
アレイシアはうんざりしていた。セイアーツ教の信者たちはどうしてセイアーツ教からの接触に対してどうしてと相変わらず問いかけてくるし、セイアーツ教はセイアーツ教で、アレイシアという存在に何かしらの関心を抱いているのだろう、益々追い回してくるようになってしまった。
『アレイシア、もう燃やそう?』
「ダメだっていっているでしょう……そうするのが一番楽なのだろうけれども、そんなことをしたら私が人の世界で生きられなくなるじゃない。お母さんは人とかかわる気もなくて、引きこもってのんびりしようとしているけれども私はそういう風じゃなくて、もっと色々見ていきたいんだもの」
『じゃあ、どうするのー?』
「んー、もうこの街からは去る予定よ。丁度受けている依頼も終わったし」
『それがいいよー。さっさと燃やしちゃえばいいんだけどなぁ』
「……やめてね?」
『まぁ、でもアレイシアはぁ、色々甘い所あるから本当に気を付けなければ駄目だよ?』
「うん、それはわかっている」
『本当ー? アレイシアはさ、セイナ様が人間は怖いんだよぉーって、たくさーん、言っても結局こうして飛び出しちゃうぐらいだもんねー』
イチは呆れたように、面白がるように声を上げた。人間に対して辛辣な事を言っている。セイナと共に過ごしてきたイチは、セイナの思考に染まっている。『森の賢者』と呼ばれるこの世で有名なハイエルフ、セイナは人を好まない。ただのんびりと森の奥で俗世と離れた生活をすることを好んでいる。
人に対する警戒心は強くて、ただ森の中で生活を営んでいる。そういう生活をすれば、アレイシアは何も苦労する事などなかった。両親に守られ、精霊たちとのんびりとすごす。そういう生活の方が苦労など何もなかった。それでも、外に飛び出す事を望んだのはアレイシアである。
幾ら母親から人の怖さを、散々教えられたというのに、外に飛び出した。外の世界を見る事を望んで、外で人とかかわって生きていく事を望んだ。
「……だって、ずっと外を見たかったのだもの。確かに世界にはお母さんが言うように怖い人もいるけど、でも楽しい事の方が多いもの」
アレイシアはイチに向かってそう口にする。世の中には色々な人が存在している。確かに世の中には悪い人もいるだろうが、良い人の方が多いとアレイシアは思っている。それは森で百年も過ごし、外の世界にようやく飛び出したアレイシアだからこそそういう考えなのかもしれない。
『んー、でも宗教はぁ、厄介だから、消えお付けなきゃだよぉ?』
「わかっているよ。本当にイチは心配症だなぁ」
そんな風にアレイシアはその時、呑気に笑っていた。
けれどイチの言っていた心配は的中する。
「え」
アレイシアは、宿に戻って、その場にイヒアが居た事、そして聞かされた言葉に驚いた。
正直どういう事だとそんな思考に染まってならない。
「大司教様であるアヒート様がアレイシア様に会いたいそうです。弟子であるベスト様ももうそちらに向かっているのでどうかご招待されてください」
大司教。かかわりたくもない存在である。が、宿に姿が見えないベストがそちらにいるらしいという話を聞かされてアレイシアは頭を抱えたくなった。
隣で、
『燃やそう? 燃やせばいいよ』
と物騒な事を言っているイチもいる。
アレイシアはそんなイチに対して首を振る。
そしてイヒアの方を向いていった。
「ええっと、ベストはもうそちらに?」
「ええ、アヒート様が自ら接待をしてくださっているという話ですよ。大司教様にそのように歓迎されるのは幸運な事なのですよ」
「そ、そうですか。断ることは……」
「まさか、アヒート様のお誘いを断るわけではありませんよね? これは光栄な事なのですよ!?」
「ええ、ええと、わかりました。行きます」
勢いよく言われて、アレイシアは折れてそういう。横でイチが『あーあ……』と呆れた顔をしていた。
そしてアレイシアはイヒアに連れられるままに、セイアーツ教の建物へと向かった。入りたくないと避けていた場所である。そしてそこに足を踏み入れようと居た時、アレイシアの耳に一つの言葉が響いた。
『アレイシア、此処、精霊、入れないようにぃ、なっているみたい?』
「え」
『……んー、これは……壊そうと思えば壊せるけどでも……』
「アレイシアさん? 行きますよ?」
どうやら、その建物の周りには精霊が入れないようにと何かが施されているらしい。もちろん精霊が見えないイヒアはイチの声は聞こえず、不思議そうにアレイシアに呼びかけると、アレイシアをどんどん建物の奥へと案内していくのであった。
アレイシアは、イチと離れる事に不安に思いながらもそのまま建物の中へと足を踏み入れる。




