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2.盗賊に絡まれても問題はない。

 「わお、大きな道に出たね」

 アレイシアは楽しそうに微笑みながら、さびれた道から出て、大きな道へと出る。

 整えられた道。人が通りなれている馬車も通れるほどの大きさの広い道だ。ただし人はほとんど居ない。

 此処がアウグスヌスの森の近くに存在する道だからだろう。人にかかわる事を拒む『森の賢者』の住まう森の近くをうろつき、そして不孝を買う事を恐れたが故である。

 しかし実際の事を言うと『森の賢者』はアウグスヌスの森の周りに人が居るからといって、危害を加えるほど物騒ではない。確かに敵対するものには容赦がないが、森の外に居る者にまでは興味がない。だからそこまでする必要はないのだが、人々は『森の賢者』の力に確かな怯えを持っている。

 それは、過去に『森の賢者』が力をふるった歴史があるから。その圧倒的な力が、諸国に伝えられているから。

 ――――『森の賢者』の気分を害す事を人がなさないためにも。

 『アレイシア、嬉しい? にこにこ、してる』

 「うん、嬉しい。だって森の外には私が見た事のないものが沢山あるもん」

 どうしようもない興奮が、アレイシアの心を支配する。こうして一歩外に踏み出しただけで見た事のない景色が幾らでも広がっているのだ。

 一人と一匹はにこにこと笑いあいながら、のんびりと道を歩く。

 「あの花見た事ないなー」「ちゃんと整備されている道って初めてみた」「あ、あれなんだろう」―――あたりを見渡しながらも一々楽しそうにアレイシアは声を上げる。

 そんなアレイシアに、イチは『そうだねぇ』、『僕らはぁ、昔セイナ様とねー』、『あれはぁ』などと一々返事を返していく。

 そんな穏やかな一人と一匹の旅だったが、その穏やかさがいつまでも続くわけはない。なんせ、アレイシアは美しい、完成された人形のような見目を持つ少女だ。

 精霊が見えない者にとってみれば、無防備に年頃の少女が(実際は百歳超えているが)人気のない道を歩いている現場となるわけである。

 「―――よう、姉ちゃん。一人か」

 「無防備だな、こんな場所に一人とか」

 いつの間にか、アレイシアを囲むように男たちが現れた。武器を持った男たち。騎士――といった清廉なものでは決してない。この人がほとんど通ることのないアウグスヌスの森のすぐ近くの通りに存在する男たちなんて、そんな存在なわけない。

 彼らは盗賊。

 人が踏み入れる事が許されないアウグスヌスの森の周りには人がほとんど存在しない。そんな場所にだからこそ、行くあてもない、正規に暮らしていけない者たちは存在していたりする。

 そして時折この道や、少し離れた場所に存在するいくつかの道路を移動する人々から略奪するのである。

 一人で武器も持たずに歩いている美少女――アレイシアの事がカモに見えたのだろう。その身を汚す事でも想像しているのか、いやらしく彼らは笑っている。

 「無防備? 何が? お兄さんたち誰?」

 男たちに囲まれ、いやらしい目で見られているというのにアレイシアは能天気だった。

 今まで自分の両親とおじさんと、アレイシアを『森の賢者』の娘として接してくるエルフたちとしか交流を持った事がないアレイシアは、その目がどういう意味を持つのかよくわかっていなかった。

 『アレイシア! これ、盗賊!』

 「盗賊? お兄さんたち盗賊なの?」

 イチの言葉にアレイシアは、目の前の男たちが盗賊だと認識したらしい。でも、目の前の彼らが盗賊だと認識したからといって、アレイシアにとって焦るべきことでは決してなかった。

 アレイシアの態度は何処までも無防備で、何処までも能天気だった。

 「へへへ、おとなしくつかまりな」

 「お嬢ちゃんはこれから俺たちといいことをするんだぜ」

 そんなことをいいながらじりじりと近づかれてもなお、アレイシアは平然としている。

 「いいこと、何、それ?」

 というより、盗賊たちのいういい事がどういう事かよくわかっていない。

 『アレイシア! セイナ様とぉ、フランツ様がぁ、やってるような好きな人同士しか、やっちゃ駄目! 駄目なこと、アレイシアに、こいつらしようと、してるのー。だからぁ、ぶっとばしていいの!』

 イチは大変そうである。

 アレイシアは世間知らずなため、母親であるセイナが心配して精霊を一匹つけるのも無理がない事だといえるだろう。

 「わかんねぇの、可愛いなぁ」

 「げへへへへ」

 一歩一歩、か弱い見た目に見えるアレイシア一人相手だからか、なめきったように近づいてくる男たち。

 いや、実際舐めている。

 「え、それは嫌だなぁ」

 夫婦の営みについての知識は一応セイナに習っているため、イチに教えられて嫌そうに眉をひそめる。盗賊たちにはイチの声など聞こえていないため、目の前の美少女が自分たちに対して返事を返したようにしか見えないだろう。

 「嫌って言われてもなぁ」

 「気持ちよくしてやるよ」

 そんなことを言いながら男たちはとびかかってくる。しかし、簡単に捕まるアレイシアではない。

 一瞬で自身に身体強化の魔術を行使し、地をける。跳躍して盗賊たちの居ない場所へと移動する。

 「え」

 盗賊たちが目を見開いているのも、アレイシアは気に留めない。

 『アレイシア、これ、燃やそうかぁ? ふゆかいだし、僕、燃やせるよ!』

 「んー、私がやるよ。人間がどのくのくらいで死ぬのか、確認したいし。イチ、この人たちって殺しても大丈夫?」

 『多分、大丈夫だよぉ。見るからにぃ、犯罪者!』

 にぃとイチは笑う。何とも物騒な会話である。そしてアレイシアの声しか聞こえていない盗賊たちからすれば”人間がどのくらいで死ぬのか、確認したい”なんて得物が言い出したのだからたまったものではないだろう。

 でもアレイシアにとってみればそれはそういうものだった。

 人間は脆い存在で、簡単に死んでしまうと教えられてはいる。だけどどのくらいで死ぬのか、知らないのだ。だからこそ、ためしに殺してもよさそうな目の前の存在達で確認してみようとしているのである。


 「煉獄の炎が、それを燃やす」


 アレイシアは詠唱破棄で魔術を唱える事がまだ出来ない。魔術公式を構築し、意思を載せて、魔力こめ、詠唱を紡ぐ。たったそれだけでいい。それだけで魔術は構築される。

 一人を、炎が覆った。

 悲鳴を上げる暇もなく、盗賊の一人が死ぬ。

 「え」

 驚愕の視線がアレイシアに向けられる。彼らは何が起こったか理解していない。

 それも仕方がない事だ。彼らにとってみれば魔術とは長々とした詠唱と集中力を持って発現されるものだ。一般常識では、魔術はそういうものである。しかし、『森の賢者』の教えを生まれてからずっと教わっているアレイシアは簡単に魔術を行使することが出来る。

 この世界で最も魔術を理解し、何百年物間魔術を学び、魔術師としての高みに至らんと今でも研究している最高峰の魔術師――それが『森の賢者』。

 「え、人間ってこれだけで死ぬの? お母さんならこんなのすぐ防ぐのに」

 『あはは、アレイシア。セイナ様はぁ、特別! セイナ様と、人間はぜーんぜん違うよぉ』

 「そっかぁ。えーと、じゃあ」

 盗賊たちが唖然としている間にアレイシアは次の行動に出る。


 「それを宙に浮かせる」


 何人かの盗賊たちが宙へと浮かぶ。そして次の瞬間魔術を解除する。そうすれば上空から落ちた盗賊たちはただではすまない。落下の衝撃により生きているものの深い傷を負っている。

 「え、これにも対処出来ないの?」

 『当たり前だよぉ、アレイシア。普通の人はぁ、魔術使えないからぁ』

 「でも魔術なくてもお父さんはこんなならないよ?」

 『それはフランツも、とくべつぅ、なんだよぉ』

 アレイシアの基準は色々な意味でおかしかった。なんせ、身近にいた人がこの世界でも例外といえる存在達なのだから、仕方がないといえば仕方がないといえるのかもしれない。

 その時点で盗賊たちは悲鳴を上げて逃げていく。

 「え、逃げちゃだめだよ」

 アレイシアはそう口にして、一つの魔術を行使する。


 「その身をとらえよ」


 たったその一言で、魔力が盗賊たちへとまとわりつき身動きが出来ないようにする。

 『アレイシア、別に逃がしてもよかったよぉ?』

 「え、そう? でもこの人たち犯罪者って悪い人たちなんでしょ? 普通にそのままだったら大変じゃない?」

 『そうだけどぉ、別にぃ、アレイシアが他人を気にする必要はないよ』

 「んー、でも悪い人を放っておくのは嫌なんだよね』

 『そっかぁ。まぁ、アレイシアらしいねぇ。セイナ様ならきっと放置だよぉ』

 「お母さんは他人に興味ないもんね……」

 盗賊たちが動けない状態のまま、そんな会話を交わす。何処までものほほんとしている。

 「この人たちどうしよう?」

 『んー』

 二人でこの人たちどうしようかなと悩んでいれば、別の声が割り込んでくる。

 「あ、あの!」

 アレイシアとイチが視線をそちらに向ければ、騎士の恰好をした五名ほどの人々がそこに居た。



 

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