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1:初めての森の外に興奮する。

 アウグスヌスの森には足を踏み入れてはいけない。

 何故ならそこは、ハイエルフの住まう聖地であるのだから。

 『森の賢者』の住まう不可侵の森であるから。

 そしてそこには恐ろしい魔物が沢山住まっているから。

 理由は様々だ。ともかくとしてそこは、人が踏み入れる事が許されていないというのは確かな事実であった。

 その森の周りには村は存在しない。人は住まわない。

 それも350年前にアウグスヌスの森が聖地認定された事件の後、時のルアネフ王国の女王マリアは万が一もその森に人が足を踏み入れる事がないようにと人里さえもなくすように命令をした。その結果、その周りには人は居ない。


 それゆえに、アウグスヌスの森から出てきた存在を人は感知していない。


 「……わぁ」

 アウグスヌスの森――広大な面積を持つその森しか知らない少女――ハイエルフ・アレイシアは森を抜けた先を見て思わず感嘆の声を上げる。

 アレイシアの本来の髪色は美しい白銀だ。しかし白銀というのは魔力を多く持つという証であるため、他人から見てそう見えないように《魔術》を行使している。

 しかしどちらにせよ、髪の色など関係なしに、アレイシアというその少女は酷く美しかった。栗色に変化させた髪は、腰まで伸びている。見た目は人間でいう十七歳ぐらい。穏やかな表情を浮かべ、人を疑う事を知らない雰囲気を纏っている。肌の色は日にあたることが少なかったからか白い。腕も、足も細く、簡単に折れてしまいそうだ。

 その肩には一匹の精霊が漂っている。実体のない精霊は、見える人は実は少ないものである。自然を操る事が出来る精霊は基本的に人をあまり好まない。それは人が自分勝手であることを知っているからだ。そして精霊は基本的に気に入ったもの以外には無関心だ。

 『森の賢者』セイナはそんな精霊たちにとって長い付き合いのある友人である。元々アウグスヌスの森は精霊たちがたくさん住まう森であった。アレイシアも生まれてから百年、アウグスヌスの森の住民であった。何よりセイナの娘であるアレイシアに精霊たちは友好的であり、アレイシアにとって精霊とはいて当たり前の存在であった。

 だからこそ、森を出た先の光景には感嘆と共に驚きも生じた。

 そこには精霊が居ない。アウグスヌスの森は遥か昔に『精霊の森』と呼ばれたこともあるほど、精霊があふれた森であった。そんな森から一歩出ればこれだけ精霊が居ないのかと驚く。

 「精霊、居ないんだね」

 『いないよぉ。悪いにんげーん、僕ら、捕まえるし』

 「……そっかぁ。そういえばお母さんもその事いっていたもんね」

 仲良しの精霊――アレイシアがイチと呼んでるその子の言葉に私は頷く。ちなみにセイナは沢山いる精霊に名前なんて付けなくて、ひとまとめで『精霊』なんて呼んでる。魔力の質が違うから一体一体名前なくても見分けつくらしいが、アレイシアにはそんな芸当無理だから適当に名前をつけているのだ

 『そうだよぉ。セイナ様、僕らに、酷い子とする人ね。どうにかしてくれるのー。セイナ様、優しいよ。セイナ様、僕ら、大好きぃ』

 嬉しそうな声を上げるイチ。

 その声が、その全身が長年共に過ごしてきた『森の賢者』と呼ばれるアレイシアの母を慕っているのがわかって、アレイシアは何だかうれしくなった。

 「どこに行こうか」

 『アレイシアの、好きなところでいいよぉ。セイナ様も、アレイシアに自由にさせて? ってそう、いってたよー』

 「ふふ、そっかぁ。じゃあとりあえず街にいってみたいな」

 アレイシアは生まれてから百年、街というものを見た事がなかった。書物を通してその場所は知っていても、実際に行った事はない。身内のアキヒサの居るエルフの里にのみ数回行った事があるが、本当に数えられるだけであるし、里は町とは違う。

 アレイシアの両親は時折用事で外に出ていたが(アレイシアが生まれてから数えられるだけ)、危険だからとアレイシアは外に出してもらえなかった。

 「お母さんって、怒ると怖いけど過保護だよね」

 それを思い出して、思わずといったようにアレイシアは笑う。

 森を抜けた先にある野草の生えている塗装もされていない道を一歩一歩歩きながら。かろうじて道が残っているのは、このあたり一帯が立ち入り禁止になる前に人が使っていた道の名残である。

 『セイナ様は、仲良い人には、優しいよぉ? セイナ様、アレイシアの事、大好きだよー』

 そう、アレイシアが外に出してもらえなかったのは母親が過保護だったからという理由に他ならない。

 今回外に旅立つ事が許されたのも、ようやく魔術に長けた母親から「これだけ魔術が使えるならある程度対処できる」と許可をもらえたからだ。二十年ほど前から外に出て、旅をしたいといい続けていた結果、母親はようやく折れてくれたのだ。

 足場の悪い道を歩きながらもアレイシアはきょろきょろとあたりを見渡す。

 自分の家は森の中、エルフの里も森の中。移動は全て両親のどちらかが行使した転移魔術での移動。そのため、森以外の景色というだけで新鮮であった。

 どうしようもないほどアレイシアはわくわくしていた。

 今、目の前に映る景色に。

 書物の中でしか見た事がない、知った事のない事がこれから先沢山待っている。

 それを思うだけで笑みがこぼれる。

 「楽しみだね、イチ。これから、沢山のものが見れるよ」

 『うん、楽しみー』

 そして、アレイシアは、森の賢者の娘は一歩踏み出した。




 ―――初めての森の外に興奮する。

 (森の賢者の娘は、外の世界を見て回るために一歩踏み出した)




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