13:少年に乞われる
「俺に戦い方教えてくれ……ください」
目の前にはアレイシアと戦った(アレイシア的には遊んだ)茶髪の少年が居る。
彼は、アレイシアの目の前で、『戦い方を教えてほしい』と乞うている。
ギルドへ依頼を受けるために訪れていたアレイシアは、その言葉を聞いて驚いていた。確かについ先日、見た目から強いなどと思われずに突っかかってこられた。そしてその結果、簡単にあしらった。でもそれで終わりだと思っていたのだ。こんな風に、教えて欲しいと頼まれるだなんてアレイシアは一切考えていなかった。
だからアレイシアはそんな風に乞われて、
「私に戦い方教えて欲しいの? でも私の戦い方は普通ではないから、他の人に教えてもらったら?」
とそんな風に答えた。
はじめて訪れたこの町で、それなりの時間を過ごして、そうして自分の戦い方が普通と違う事もわかっている。アレイシアに戦い方を教えたのはハイエルフであるセイナとフランツであり、長い時を生きている彼らの戦い方は普通ではない。
「だって、全然強そうに見えないのに、そんなに強い奴なんて初めて見たから」
「なら、私じゃなくてもいいでしょう」
正直な感想を言えば、アレイシアは自身の事を知っているエルフたちに魔術を教えたりするのはともかく、人間の、特に信頼もしていない少年に何かを教える気は特になかった。
第一、ハイエルフであるアレイシアの持つ強さというものは師事したところで真似できるものではないとも思っていた。アレイシアの強さは百年もの間、この世界で最も魔術に触れてきた、『森の賢者』に教わったからこその強さであって、たった百年程度の寿命しかない人間は教わったところでどうしようもない気もしていたのである。
『人間』―――という生き物については、特に警戒すべきだと、アレイシアの母親は言っていた。数が多いのもあって、調子に乗らせると大変だという言葉も聞いていた。そして、人間はほかの種族を迫害してきた生き物である。今はそうでもないが、昔はそれはもう大変だったと、そんな風にアレイシアは聞いていたから。
実際、ハイエルフであるセイナたちは人間たちから”異常者”として迫害され利用され、そしてエルフたちは人間とは違うと迫害され排除されようとしていた。竜族、獣人に関して言えば、人間の人体実験によって生まれ、迫害されてきたのだ。
―――現在は人間以外の種族もおり、迫害はあまりない。だが、昔は、それこそアレイシアの母のセイナがこの世界に落ちてきた当初は人間と、魔力が多くいつ寿命が来るかわからない異常な存在(今でいうハイエルフ)の区別しかなかったのだから、余計に昔の異種族は苦労してきたものである。
「―――でも俺、お前に」
「アレイシアさんに向かってお前とは何様ですか。アレイシアさんに教えを乞いたいのでしたら、もう少し言葉づかいに気をつけなさい」
少年が何かを言いかけた時、横から口出しをしてきたのはヒレンであった。ヒレンは少年のアレイシアに対する態度に怒りをあらわにしていた。
「……ア、アレイシアさんに、教わりたいんです」
「なんで?」
「だって、強いし。凄いし。俺、強くなりたい」
「なんで、強くなりたいの?」
「有名になって、冒険者として成功したい!」
少年の言葉は、その年頃の少年らしい答えであった。強くなって、有名になって、成功したい。そんな風に夢を見ているものたちは数多くいるものである。
少年はキラキラした目でアレイシアの事を見ている。
期待したように、強くなりたいと真っ直ぐな目で。
「うーん」
正直自分よりも八十歳ぐらい年下の少年に、そんなキラキラした目で見られて断りづらかった。
「俺と同じ年ぐらいでそんなに強いなんてそうはいないですし」
「あ、私はエルフだから貴方よりずっと年上だよ」
「へっ!? そうなんだ、ですか」
「……敬語言いにくいなら別にため口でも構わないよ?」
無理して敬語で喋ろうとしている少年にアレイシアは思わずといったように苦笑を浮かべた。
『アレイシアー、これ、ストーカーになりそう。アレイシア、困ってる? 燃やす?』
「……イチ、困ってはないから。ちょっと物騒なこと言わないで」
「誰と話しているんだ?」
「あーと……、精霊が居るの。ここに」
「精霊まで従えているのか、凄い!」
「従えているんじゃないわ。お友達なの」
従えていると少年に言われて、アレイシアは訂正する。そんな上下関係があるような関係ではない。対等な友人。寧ろイチの方がアレイシアを赤ん坊の頃から知っていてお兄ちゃんのようなものなのかもしれないとさえアレイシアは思う。
「友達……」
「ええ、そうよ。お友達」
自信満々に答えれば、隣でイチは嬉しそうに飛び回っている。
「そっか、精霊と友達か! やっぱり俺、アレイシアさんに教わりたい」
「んー……」
しばらく悩んだアレイシアは、裏があるようには見えないし、長い人生だ、一度ぐらい人間に色々教えてみても楽しいかもしれないと、そんな風に結局考えてそのことを了承するのであった。




