9:図書館でハイエルフについての本を読む
あのジベルト・シュノサイドに絡まれた次の日。アレイシアは特に昨日の出来事を気にしてはいなかった。それはこの町で長く働くヒレンが気にしなくていいと笑ってくれたからだ。
そんなわけで権力者の息子にあんな態度されても気にしないことにしたアレイシアは、その日、ギルドではなく町に存在する図書館へと来ていた。
なぜ、図書館に来ていたかといえば自分には知らないことが多すぎるとそう思うからだ。
アウグスヌスの森にいたころから読書はしていた。だから知識としてはそれなりに色々なものを知っている。だけど、それでも読んだことがない本は沢山ある。
それに、とアレイシアは思う。
自分は自分の種族についてそこまで詳しくは知らない、両親についてもそこまでは知らない、とそう自分で思っている。
だからこそ、ハイエルフという存在が人々にとってどういうものなのか一通り本ぐらいは読んでおこうと思っていたのだ。
そもそもの話、ハイエルフという存在はアレイシアを含めてたった四人しかいない。自身以外のハイエルフについてもアレイシアにとって身近な身内であり、彼らを人々がどのように思っているかなど正直な話を言えばわかるはずもなかった。
セイナ、フランツ、アキヒサの三人についての本など、家にはあまりなかった。セイナが面白半分でかってきた自身についての本があったぐらいで、わざわざ自分が何をやらかしたかなんてセイナたちは告げることもないのである。よって、詳しくは知らない。
適度に両親が話してくれたこと、精霊について知っていることなどしかわからない。
「ハイエルフについての本って、思ったよりあるんだね」
『ハイエルフについて興味津々な人、多いのー』
図書館にて、思ったよりもハイエルフの本があることを確認して驚く私にイチが言う。
それに対してそれもそうだろうとは感じた。だってハイエルフとはそれだけ希少な存在で、実態がよくわからないとされているものらしいから。アレイシアからしてみればたった百年で死んでしまう人間たちの事はよくわからない存在だけど、彼らからすれば何百年も生き続けるアレイシアたちの方がよくわからない存在なのだろう。
『我らが神について』
『ハイエルフとは』
『アウグスティヌスという地』
など、そういう題名の本が並んでいた。
「我らが神についてって…」
『ハイエルフを信仰している宗教団体の出した本だね。アレイシア、捕まらないようにー、こいつら、怖いからぁ』
「……一応、目を通しておこうか」
そう口にしてアレイシアはその本をパラパラとめくる。そして一通り目を通すと頭を抱えたくなった。
そこにはハイエルフであるアレイシア自身が頭を抱えたくなるような信条やハイエルフに対する幻想が述べられていた。もう一度いう、幻想である。
ハイエルフは神だと。それは違う、とアレイシアは断言できる。
彼らにとってほかの者たちは下等生物に過ぎずとか。そんなの違う。そんなひどい事は思っていないとアレイシアは思う。
――確かにお母さんは人が嫌いで、人間を警戒していたりはするけれどそういう上から目線の思いはない。そうともアレイシアは感じる。
アレイシアの母親であり、この世界で絶対に怒らせてはならない相手として認識されている『森の賢者』と呼ばれる人は、セイナは、人間という生き物が好きではないらしい。父親であるフランツが言うには昔ひどい目に合わされたからだという。
だからこそアレイシアが森を出る時も、気を付けるようにとセイナは散々言ったいた。そして心配だからとアウグスヌスの森の精霊を一匹つけるほどだった。
『怖いこと、やっぱ、書いてある』
「……ねぇ、イチ、これ捕まったらどうなるかな?」
『神様としてあがめられて利用されるー? かなぁ。セイナ様の方にはぁ、流石にいかないだろうけど、なんだろうぅ、アレイシアのことぉ、新たに生まれたハイエルフってことで利用するかもねー』
「うげ、やだそれ」
『セイナ様とフランツの娘だーって言えばどうにかなると思うよー? いくらそいつらだってセイナ様のことはぁ、怖いだろうから』
イチはにこにこと笑って言っているが、アレイシアはセイナがどれだけ怖がられているのかを思って何とも言えない気持ちになった。
「お母さん、容赦ないけれど手を出さなきゃ何もしないのに」
『そうだよぉ、セイナ様はぁ面倒くさがりだからぁ。でも、わかぁんないんだよー』
手を出さなければ何もしない、それが『森の賢者』セイナである。
それでもそうとは思わないからこそ、アウグスヌスの森が『聖地』として認定されているともいえる。
「……昔いた人が、お母さんを恐れて『聖地』として認定したんだよね」
『そうだよぉ。セイナ様のことぉ、勝手に恐れて、手をださないようにって』
イチは少し怒った様子だ。イチを含むアウグスヌスの森の精霊たちはセイナと付き合いが長く、セイナの事を本当に大切にしている。そんなセイナは手を出さなければ面倒だからと動きはしないのに、勝手に恐れてアウグスヌスの森は『聖地』とされたのだ。
『まぁ、セイナ様が、人が来ないって喜んでいたからぁ、いいけどぉ』
「そう、だね。お母さん、あんまり人とかかわるの好きじゃないもんね」
そうやって会話をしながらもアレイシアはハイエルフについての本を読み進めていくのであった。