優しい悪魔
「笙子」
熱があると学校を休んだ笙子は、ベッドの中にいなかった。椅子に座って、ただ空を見ていた。ユズリの言ったとおりだ。笙子が休んだのは風邪でも何でもない。仮病だ。
「え、七斗……学校は?」
「いや、あの……ユズリに追い出された」
「はぁ?」
笙子の母親が出してくれた飲み物を呑みながら、事の顛末を話した。甘い香り漂う、ココア、という飲み物らしい。飲んでみたら香りよりは甘くなく、心の緊張が解けていくのが分かる。
「ユズリ……」
「なんでキレたのか知らねえけどさ」
「ユズリ、七斗のことが好きなのよ」
スキ
すき
好き……
「えっ……」
「やっぱり気づいてなかった。私も聞いたのは、三学期に入ってからよ。それで私たちは約束したの。自由登校の期間は毎日学校に行って、抑えきれなくなったら休む。お互いの好意も、ばらすって」
「じゃあ、ユズリが毎日学校に来てたのって……」
「私たちの約束を果たすため。ううん、何より、七斗に会いたかったからよ」
「じゃあ、お前が今日、休んだのは……」
「仮病使って、御免ね」
なあユズリ、御免な。
俺は馬鹿な上に鈍感で、お前の気持ちに気付けないばかりか、酷な質問までしてしまった。
「こんな告白なんて考えてもいなかったけど、そういうことなの」
――笙子が心配?
――心配で、早く顔を見たい感じ?
――ソワソワする?
お前は優しいな、ユズリ。
自分の気持ちを押し隠して、俺にアドバイスまでくれたんだな。
もうすぐお前の記憶から消えてしまう俺に。
「答えは……今じゃなくていいから」
「笙子」
「え?」
「時間がないんだ」
状況が呑み込めていないらしい笙子は、ぽかんとしている。待っている時間が惜しくて、自ら笙子の耳に囁いた。
「っ……」
笙子の綺麗な顔が、見る見るうちに赤くなる。
ユズリ、俺、分かったんだ。笙子が傍にいないことに酷く心配した自分の想いってやつが。
笙子がターゲットになって、綺麗な人間だと思った。
笙子がトランペットを吹く横顔が、見逃せないほど綺麗だと思った。
笙子がいない環境は耐えられないと思った。
でも、俺だって結構好きだったよ。お前のことが、世界で二番目に。
「七斗、私も……」
「ちょっと待て。そして、これを見てくれないか」
人間界に来るときに常に携帯するようにと渡された、悪魔高校の生徒手帳と、携帯電話。黄門様のお供が印籠を見せるように突き出した。
「あくまこうこう……何、お見舞いの品はメロンじゃなくておもちゃなの」
「おもちゃじゃない。本物だよ。俺、悪魔なんだ」
「あんまり冗談いうとど突くわよ。悪魔って、耳が三角で尻尾があって羽があって……」
「それは人間の想像。本物の悪魔は人間と大して変わらないよ。確かに魔物がいるから戦闘能力は人間より上かもな。暗くて瘴気に溢れてる、それが魔界だ。俺はそんな世界に生まれて、悪魔高校に通って卒業実習の課題、教師陣が決めた誰かを――お前を不幸にするためにこの人間界にやってきたんだ」
「そんな……七斗は前から隣にいたわ!いきなり現れた……しかも悪魔だなんて言われても」
「俺が信じられない?」
「そう言うわけじゃ……ないけど」
「でも、もう時間なんだ」
「時間?」
「魔界での掟、天界や人間界の者に特別な感情を抱いたら、家族親戚もろとも極刑。自首をしたら、本人だけが罪に問われる。家族まで巻き込むわけにはいかないからな」
「じゃあ、ここに残ればいいじゃない!」
「言ったろ、俺が自首しないと、家族まで殺されるんだ。でもさ、気持ちぐらい……伝えたいだろ」
「ナナト君、時間よ。途中棄権として留年決定おめでとう。あとは大人に任せなさい」
「え?」
「マドカ先生、お願いします。ユズリにも」
「はいはい、御免ね、文月さん。ナナト君は担任の私が、責任を持って魔界の警察に連れて行くから。記憶、消させてもらいます」
「わけわかんないよ、嫌っ……わ、私だって七斗が……!」
「笙子」
す き だ よ




