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恋愛ごっこ  作者: faye
□第一章:開けてしまった扉
8/23

□戸惑っちゃうわけで。

結局特に目立った予定は入ることもなく、金曜日当日を迎えていた。

仕事終わりは何もない予定だったが、

一件連絡待ち等で手間取ってしまった事があり、

会社を出たのは7時過ぎになっていた。

美和はコートも羽織らず、会社を出てすぐにタクシーに乗り込んだ。

すぐにそれが悔やまれるほど、今日は冷え込んでいる事に気が付いた。

こんな寒い日は、本当は早く家に帰りたいと思う。

開始は7時からと聞いていたので、20分位の遅刻で済むだろう。

車内で化粧を直すのは申し訳ないが、やむを得ない。

ファンデーションとグロスを塗りなおす程度しか修正は無理そうだったが、

よくよく考えると、それほど気合の入るようなものでもない。


お店は大通りから一本裏路地に入ったところにある、

合コンにありがちなイタリアンレストラン。

隠れ家的になっているのをウリにしているのか、

小さなビルの3階にあるとのこと。

タクシーを降りると、寒い冷たい風が、足元から体全体に巻きついた。

ふと、レストランの入る建物前でエレベータの入り口を確認していると、

とてもとても見覚えのある男が立っているのに気が付く。


坂下だった。

温かそうなダウンジャケットを着ているが、外は寒い。

美和はエレベータの近くに寄るのを躊躇った。

代わりに、ポケットに手を入れたまま、坂下は美和の方へ近づいて来る。

「…あぁ…そうだった…しまった…」

美和は今回の合コンがただ面倒だとばかり思っており、

相手側の参加者の事など気にも留めていなかった。

「待ってたんだけど、ホントに来ると思ってなかった」

「いやいやいやいや、来るの分かってたら来なかったからっ」

坂下の方を見る事が出来なかった。

顔を見てしまうと、2週間前の事が思い出される。

ただただそれが純粋に恥ずかしく、顔を合わせる事が出来そうにない。

美和は帰ろうと、また大通りの方へ歩いて行く。

「帰るなら、ばらしてもいい?」

だが坂下か ら発せられたこの言葉に、美和はしぶしぶ坂下の方へと戻る。

「あのですね、いい大人なんだから、そこは割り切ってくれない?」

美和はせめてもの厭味で、坂下に詰め寄る。

「割り切ってるつもりだけど?」

「どぉだか」

「あぁ、まぁ確かに、割り切るには惜しいくらい、良かったけど」

そう言うと、美和の顔が真っ赤になるのが分かった。

しかし、マフラーも巻いていない美和の首元が寒そうで、

坂下は早めに話を切り上げようと、胸ポケットに手を入れた。

「いや、それは冗談だけどさ、ちょっと話が」

「話?セクハラされてる気分ですけど、私」

いっこうに美和は坂下の方を見ようとはしない。

だが、坂下はそれについて気にも留める様子もなく、

ポケットから出した封筒を美和に向けた。

「あんたにこれ返そうと思ってたんだ」

福沢諭吉の顔が封筒から透けて見えると、

何のお金かはすぐに察しがついた。

美和は手を伸ばさず、受け取りはしない。

「いいの。これは迷惑かけたホテル代。払ってもらうつもりはないから」

「女にホテル代出してもらうほど、俺は困ってないよ」

「他の女の時に使ってくれていいんだけどね」

「それだったら、あんたに使うよ」

「……や、それは別に…」

返答に戸惑う美和を見て、坂下はおかしくなり、

やはりもう少しからかっておこうと、封筒は再度胸ポケットに戻した。

「ねぇ、ちょっと、それだったら返して!」

「やだね。おもしろいから預かっておく事にした」

ふふん、と笑い、坂下はビルの中に入って行く。

美和はあとを追いかけようと、それに続いたが、

エレベータ前で二人は止まった。

「あ、結局行くわけ?」

「余計な事話されたくないからね」

ぶすっとした表情で、美和は寒そうにコートの前を合わせている。

「先に行って。俺はもう少ししたら上がるから」

一緒に上がらなくて良いのだろうかと、美和は戸惑っていたが、

エレベーターが到着すると、坂下は美和の背中を軽く押した。

一緒に行くと、怪しまれる可能性があるかもしれないが、

坂下の事だから、気を使って美和を先に行かせたのだろう。

今日は本当に寒い。

「あぁ、そうだ!あとこれ」

美和は坂下の声に反応し、慌てて開のボタンを押し、扉を開けた。

何事かと思ったが、坂下は小さい箱を美和に手渡しただけだった。

「北海道の出張のお土産。あんたにね」

「……」

びっくりして、声が出なかった。

優しそうに微笑む坂下の顔が、エレベータの扉でだんだんと見えなくなる。


訳が分からない。

落ち着いて状況を把握してみたが、

そもそもなぜこんな事になっているのか分からない。

とりあえず、美和は30分遅れてレストランに入った。

坂下の同期という、なかなかタイプなその男性の隣に座り、

大好きなシャンパンを空けようとしたが。

その後5分遅れで入ってきた坂下は、

ごくごく当たり前のように美和の隣に座ったのだった。

今日の夜が平穏無事に終わる事がない事が確信となってしまう。


「初めまして」

坂下にそう言われた時には、目眩がした。

にこりと微笑まれたその顔は、やはり美和がとても好きなタイプの顔で。

別に「初めて」を捧げた相手でもないというのに、

どういうわけか、坂下の指や、唇を見てしまうと、

自分はどうかしているのかと、動悸が激しくなりそうだった。


長いソファ席に腰かけているが、左には坂下、右にはその同僚。

間に挟まって、身動きは取れない。

仕事の話から、浅い部分だけのプライベートの話。

毎回交わされるような、当たり障りのない、

合コンといえば、なありがちな話。

だからこそか、話している内容が頭に全然入らず、

なぜかお酒ばかりが進んでしまう。

シャンパングラスが空になり、注文しようと姿勢の向きを変えた時、

ふいに左の膝が坂下にとん、と当たってしまった。

そんな些細な事すら、普段なら全く気にも留めない様な事が、

とてつもなく大きな物事の様に感じてしまう。

「あぁ、ごめん」

坂下は軽く謝っただけで、また別の女性との会話に戻った。

隣に座っているものの、会話をする気はないのか、

何となくほっとしてしまう自分がいる。

美和は立ち上がり、店の奥にあるトイレに向かった。

別にトイレに行きたかったわけではないのだが。

もう、帰りたいと思うと、自然にため息がこぼれた。


「えー?坂下さん二次会来ないんですか?」

「うん、折角だけど、残業続きでちょっと疲労気味」

坂下はビールを飲みながらも丁重に二次会の参加を断っている。

坂下狙いの女性陣もいただろうに、残念がっているに違いない。

席に着きながら、美和は自分も二次会の参加は遠慮しようと考えていた。

だが、薄めのカクテルを口にした瞬間、左足に思わぬ感触があり、

思わず口から全部吐き出しそうになるところだった。

自分の足に絡みつけられる、坂下の足だった。

「すぐ近くにあるカフェで待ってるから」

小声で美和の耳元でつぶやいた。

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