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恋愛ごっこ  作者: faye
□第一章:開けてしまった扉
4/23

□仕事は味方してくれないわけで。


起きたら記憶が飛んでいますように。



そう思いながら、眠った事を覚えている。

その時点でアウトなわけで。

奇跡的に、朝の5時に目が覚めた。

だが、記憶は一切消えていなかった上に、変な後悔も消えていなかった。

一体昨日の自分はどうしていたんだろうか。


少し痛む頭を押さえ、美和は財布から2万円を取り出し、

悩んだ末に、一言残したメモと一緒に枕元に置いた。

しわくちゃに脱ぎ捨てられていたワンピースを拾い、

上からコートを着てごまかす。

本当はシャワーくらい浴びたかったが、先にホテルを出たかった。

ちらりとベッドに目をやると、ゆっくりと寝息を立てている坂下がいる。

肩のラインが、ゆっくりと上下しているのが見えた。

「……」

トンデモナイことをしてしまったのではないかという、

変な後悔が今更だがつきまとう。

しかし、まだ眠っている坂下を置いて、美和は静かに部屋を出て行った。


【迷惑かけてすみませんでした。お金置いて帰ります】


メモにはそれしか書かなかった。

連絡先を書かなかったのは、自分の意地だ。

今思えば、部屋をダブルで取っていたのも、

坂下は確信犯だったのかもしれないけれど。

ただ、昨日の夜、何度も坂下に抱かれたのは悪くなかった。

過去に適当に付き合った事はあったけど、

昨日ほどの事はなかったように思う。

そうふと思い出して、

タクシーの中で赤面しそうになるのをこらえるのに必死だった。


シャワーを浴びて、化粧をし、着替えると、気持ちがしゃんとする。

今日からまた仕事だ。

髪を無造作に一つにまとめ、スーツを着て出社する。

何だか心が軽くなったのはなぜだろう。

心のどこかが忠告している気もするが、

今日からはとにかく、また仕事に打ち込むしかないのだ。



「藤村主任、お早うございま~す」

席に着くなり、近くのデスクの男性社員から挨拶があった。

3つ年下の社員、大桑だった。

おはよう、と美和が返すと、大桑が近寄ってくる。

高岡が率いるチームの一員で、美和とも割りと仲の良い社員だが、

チームでも人気のかわいい年下の男の子だ。


「昨日どうだったんですか?」

「……え?」

昨日、と言われ、頭の中には「昨日の醜態」が思わず走馬灯のように走る。

「ほら、高岡課長の結婚式ですよー」

「あ、あぁ!うん、そりゃもちろん、超かっこ良かった!」

「やっぱりな~。俺から見ても、課長って本当にかっこいいもんなぁ。

俺も行きたかったですよ。

で、奥さん綺麗でした?写真見せてくださいよ」

「や、そりゃそうでしょう。美男美女って感じだったよ…

っていうかさ、ほら、仕事仕事!」

写真など、一枚も撮っていない。

いくら興味がないとはいえ、一枚くらいは撮っておくべきだった。

これはやばいと、

美和は大桑の視界から消えようと無理やりに話を終了させた。

大桑は高岡から式に招待こそされていたものの、

大学時代の友人の結婚式と重なり、そちらの方へ出ていたのだ。

尊敬している上司の結婚式に出席をしたかっただろうから、

写真くらいきちんと撮って、見せてやれば良かったと悔やまれた。

気の利かない先輩だな…とつくづく自分には呆れてしまう。


パソコンを起動させた後、コーヒーを注ぎに給湯室へと歩いていく。

高岡は、淹れたばかりのコーヒーが大好きで。

美和は出社すると、自分のコーヒーと一緒に、

高岡のカップにコーヒーを入れるのが日課だった。

コップ置き場には、高岡のカップが下を向き、収納されている 。

もう、その日課は卒業にしようと、美和は誓ったのだった。


今日は結婚式の翌日で、高岡はまだ有給を取って休みだ。

高岡が戻ってくるのは、今週半ばからだ。

新婚旅行には、少し日を空けて、来月から行くと聞いている。


「雨になればいいのに…」

ずずっとコーヒーをすすった後、給湯室を出ようとすると、

入り口近くに部長が立っているのに気が付いた。

「…おはようございます」

「何をぶつくさ言って…まぁいいや。ふじ、ちょっと来い」

「あ、はい!」

美和の所属する「資源環境部」はチームに分かれて仕事をしているが、

高岡が率いるチームは割りといつも成績も良いため、

新しい仕事をどんどん増やされていく傾向がある。

こうやって部長に「ふじ」と呼ばれるときは、碌な事がない。


「来週火曜日から出張頼めるか?」

部長はデスクに座るなり、発声一番がこれだった。

「え?はい、大丈夫ですけど…どの案件の…」

「いやぁ 、高岡と四国へ出張の予定だったんだが、

別件で俺が外れることになったんだ。

申し訳ないけど、ふじ、行ってくれ」

「……え??」

「資料はこれだから。ま、挨拶回り程度の軽いもんだから、頼むな。

なっ!香川のうどんはうまいぞ~」

部長は美和に薄っぺらい資料とは名ばかりの書類を渡し、

ハイ終了と言わんばかりに朝刊に目を通し始めたのだった。



出張は好きだ。

ホテルに泊まるのも好きだし、

その土地のおいしいものを食べるのも好きだ。

いや、その前に仕事が好きだ。

だけど、このタイミングで高岡との出張は、精神的にきつすぎる。


デスクに戻り、パラパラと資料を見た。

1泊でよかったと感じる自分は、昔の自分とは違う。

昔ならば、3泊や4泊、時には1週間程度の 出張もあった。


日が長ければ長いほど、嬉しかったからだ。


仕事の一環とはいえ、時間を共に出来るのが、何よりも幸せだったのだ。

思えばやましい気持ちばかりで仕事をしていたなぁと振り返る。

ただ、それが原動力だったとなると、今はどうだ。


「…主任?眉間にしわが超寄ってますけど…」


大桑が心配そうに美和を見ている。

必死の形相でパソコンを触っていたのだろう。

気が付けばお昼も食べずに、仕事に熱中していた。

時間はもう13時を過ぎていた。

「…大桑くん、今日中に四国にウチが卸してる資源データを全部出して。

高岡課長が戻ってくるまでに、全部まとめたいから」

「四国の分ですね。OKです、やっておきます!」

かなりのデータになるかもしれないが、

大桑はきちんとデータをまとめて出してくるだろう。

自分も少し残業になるだろうと踏んで、まずは昼食に出かける事に決めた。

外に出るのも面倒臭いので、社員食堂にしようと思い、

財布を片手に歩いていると、同期の友人から声をかけられたのだった。


「あ、お疲れ様、どうかした?」

「美和、来週の金曜日暇でしょ?」

「いやいや、暇と決めつけないでよ…」

「そういう時は、空いてる時って分かってるよ~」

長い付き合いの彼女は、美和の性格を分かっている。

美和を給湯室に連れ込み、小声で話始めた。

「美和、昨日の結婚式途中で帰ったじゃない」

「……あぁ、うん、体調悪くて、ごめんね」

昨日の今日の話だが、気が付けばずいぶん昔のような気がしてくる。

「いやいや、それでさぁ~。

高岡課長の奥さんのね、ほら璃子さんのさ、会社の人と仲良くなってさ」

「もしかして?」

「もしかしなくても、合コン」

「パス」

即答で美和は答えた。

合コンは行く事は行くが、あまり好きではない方だ。

「…やっぱりかぁ…っていうか、一緒に行こうよぉ。

美和あんまり見てないかもだけど、かっこいい人多かったよ、マジで」

「来週の金曜日って、何か予定入るかもしれないから、パスさせて」

「デート以外なら却下するよ」

「……わかった、ちょっと保留にしといて」

逆らえそうもない。

美和はとりあえず保留で納得させて、その場を離れた。


どう考えても、仕事が金曜の夜に入るとも思えない。

仕事すら今の自分には味方してくれないわけで、

美和は出張、合コンとあまり乗り気になれない2週間があるのかと思うと、

更に気分が重くなるのだった。



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