□この思いは分からないわけで。
「とりあえず。聞きたい事と、言いたい事が山ほどあるんだけど、
どうしたら良い?」
美和はグラスの合わせる音が消える前に、先に口を開いた。
「だったら連絡くらいして来いよ」
「そっちこそ連絡一つ寄越さないくせに」
「や、そういうわけじゃないんだけどね。
ちょっと海外出張に出てたのは確か。あ、お土産あるから」
誤魔化されませんから、と美和はカクテルを煽る。
やはり薄めのカクテルでは酔えそうもない。
結局はいつもの好きなカクテルを作ってもらう事にした。
それを見て、坂下は笑っている。
笑わないで、と美和も応じた。
今まで通り、笑顔で会話を出来ているような気がしていた。
未だに緊張は解けないが。
「何?その手は」
美和の差し出した手の平に、坂下は怪訝な表情で尋ねる。
「お土産」
「ウチに置いてるから。来たらあげるよ」
「…誘拐魔の手口?」
「そーだよ」
坂下は笑いながら水割りを飲み干していた。
同じものを、と二杯目を注文している。
店員が来るまでの間、二人とも夜景をじっと見ていた。
一緒に流れる時間が、とにかく心地よかった。
「そういえば、オレの家に呼んだ事なかったね」
「…それもフェアじゃないよね。私の方ばっかりだったかも。
呼んでくれなかったのには理由でもあるの?」
「じゃあ、聞くけど。あんたが一番気になるのは、こないだの女性だろ?」
「自惚れないで。一番じゃないわよ」
「あぁ、そ」
「…や、けど、まぁまぁ首位には近いけどね」
素直じゃないな、と坂下は軽く笑う。
その笑顔が何となく腹が立ち、美和はこつんと足を蹴った。
だが、それが自爆行為だったと気付くのはもうすぐで。
坂下の手が、美和の膝に乗せられる。
久しぶりに感じる坂下の温かい手。
長い間、坂下に触れられていなかったせいか、更に緊張してしまう。
「…相変わらずセクハラなわけ?」
「美和にだけだよ」
「それなら帰る」
「…別にやましい関係でも何でもない、って言ったら信じる?」
「……どうだか」
二人の間に沈黙が流れる。
心拍数が上がっているのを、坂下に悟られはしないだろうか。
顔が赤くなってしまっているだろうが、
薄暗い店内のため、きっと坂下には分からないだろう。
美和が体勢を変えると、坂下はようやく手を退けた。
残された温かさは、やがて消えた。
「…っていうか、そうやって…そういう風に言われても。
私は肯定する立場でも、否定する立場でも、何でもないんだから」
「……」
「あなたがこないだの女の人とヤッてても、
私はどうしようも出来ないんだよ」
「や、だからあの彼女とは何もないから。
バレンタイン後で食事の約束してただけ」
「…どっちでも良いよ」
美和はソファにもたれかかり、窓ガラスの向こうに広がる夜景を眺めた。
だんだん滲んでいるのは、自分の涙のせいだろう。
坂下に気付かれないように、目を閉じて、じっと堪える。
こんな事で泣きそうな自分がとにかく情けない。
「…どっちでも良いわけ?」
「……良くは、ない」
「……うん、それ聞けて、ちょっと安心した」
「安心してる人が、よくデートばっかりしてるよね。仕事暇なわけ?」
「暇じゃないって」
「でも、前も言ってるけど、私はずるいから。
高岡課長としたかったことを、あなたで実践してるだけかもしれないし、
本当に適当に利用しているだけかもしれないし。
でも…でも、こんな事言ってると、私があなたの事好きみたいだから嫌」
「でも、嫌いじゃないだろ?」
美和は顔をぷいと横に向け、返事はしない。
「あんたが後悔してるのは分かる。だけど、それはオレも同じだよ」
「……」
「軽い気持ちで声掛けたけど、何であんたにはまってるのかな。
オレは本気の恋愛なんて、しばらくするつもりなんてなかったんだけど」
坂下はため息を吐き、美和と同じように夜景を見つめ ている。
言葉を少しずつ選ぶかのように話す坂下の横顔を、
美和はじっと見つめていた。
坂下は時折言いにくそうに、ため息を混ぜていた。
「多分、美和がオレのものにならないから、はまってるんだろうな」
「……何それ」
「ごめん、この話は言いたくなかったけど。
ちょっと…自分がこんなに小さい人間だと思わなかったし 、
あんたが自分の誕生日に高岡さんを優先した事にも、
すごく嫉妬してしまったし、どこかで間違ったんじゃないかと思ったよ」
「…誕生日の事…知ってたの?」
「あんたが高岡さんを優先する気持ちも分からなくはないけどね。
だけど、やっぱりオレはどうしても追い越せてないわけだし」
美和はバツが悪そうに、下をうつむいた。
だけれども、ごめんなさいと謝るのはおかしいだろうが、
こういう場合何を言っていいのか分からない。
ただ、沈黙を貫いていた。
「……別にあんたはオレの所有物でも何でもないんだ。
誰を優先しようと、オレには何も言う権利はない。
あんたと一緒だよ。すごく、すごく、悔しかっただけ」
「……悔しいって…おかしいよ…」
「だから、 もう、はっきりさせたい」
「……それって、こないだの私の話じゃない?」
美和の問いに、坂下はなかなか口を開こうとしない。
言い難そうに言葉を考えているようだったが、
坂下はグラスをテーブルに置くと、空いた手で美和の手を握った。
離そうにも、離せそうにない。
繋がれた手が、指が、熱い。




