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恋愛ごっこ  作者: faye
□第三章:閉めかけた扉
20/23

□やっぱり会いたいわけで。

毎日何回かの携帯のチェックがばからしく思えるほど、

バーでは何度か坂下からの着信があった。

意地で絶対に出なかったけれども、

声を聞きたいという矛盾も、美和は感じていた。

同期の友人には、情けない自分の姿を見せたくなかった。

何の見栄でもないが、弱みを見せるのだけは嫌だった。

結局、思ったほどは酔いきれず、そこそこに切り上げて帰宅したのだった。



翌日からは大桑への引継ぎ案件をまとめていかなくてはならず、

資料作成作業に追われる一方で、

自分の四国支社への仕事の案件も同時進行だった。

月末締めの仕事も重なり、ここ何日かは定時で帰れるどころか、

日付が変わらないうちに帰ろうというのが目標のようになっている。

「大桑くん、こっちの委任状は改めて先方へ送ってもらうようになるから」

「分かりました。お預かりします」

「通関の書類は大丈夫だよね?」

「大丈夫だと思います。怪しければ、通関書類に詳しい人に聞いて見ます」

「…ホンっっトに申し訳ない。

こんな時間ないのに、いっぱいお願いしちゃって…」

美和は申し訳なさそうに大桑に頭を下げた。

大桑が笑顔で大丈夫です、と言ってくれたのが、せめてもの救いだ。


大桑なら処理してくれるだろうとは思っているが、

一度に多くの仕事をまかせてしまうのが申し訳ない。

欠伸をかみ殺し、濃い目のコーヒーを片手にパソコンに向かっていると、

後輩の女性から電話を転送されてきた。

「主任、受付から電話です。来客みたいです」

「……私に?」

そんな約束は今日なかったはずなのに、と

美和は手帳を片手に、不思議に思いながら電話を取った。



電話を取ったときは、まさかと思い、思わず声が裏返りそうだった。

エレベータを降りて、慌てて駆け寄る。

そこには受付の女性と楽しそうに話している坂下の姿があった。

坂下は美和の姿を視界に捉えると、

じゃあまた、と断りを入れて受付の女性から離れる。

「あぁ、どうも」

調子の良い営業スマイルの坂下に、若干イライラする気持ちが沸き起こる。

その気持ちを抑えきれず、声音に響きそうだ。

「あの、ちょっと、何で会社に来るわけ?」

「仕事のついでだよ。そちらの資源エネルギー部長にお話に」

「それはそれは。お疲れ様です」

何となく顔を見ながら話をするのが照れくさい。

美和は時々下をうつむきながら、口を開いていた。

「…元気そうね、いろいろと」

「ま、おかげさまでね。

いや、今日来たのは誰かさんが電話に出てくれないから」

「ほら、やっぱり。仕事なんて嘘じゃない」

「…仕事は、ついでかな」

美和の厭味も跳ね除けるかのように、

坂下はにやりと笑い、美和の顔を覗き込む。

ガラにもなく、顔が赤くなりそうだ。

「…今日は、金曜日ですが、予定は?」

「仕事仕事。私忙しいのっ」

美和はぷいと顔を背けた。

「いいよ。俺もまだまだ仕事残ってるからさ。遅くても大丈夫」

この間のバーで待ち合わせよう、と提案される。

「…待ってよ…話の流れがおかしいんだけど…。

っていうか、この間の人と行けば!?私本当に忙しいのっ」

坂下から離れ、仕事に戻ろうと歩き始めた。

「美和、待ってるから 」

「…知らないっ」

坂下を置いたまま、エレベータに乗り込む。

坂下を視界に入れないよう、急ぎ気味に扉の閉まるボタンを押した。

何だか動悸が激しい気がする。

美和はデスクに戻り、勢いよくイスに座った。

冷え切ってしまったコーヒーを口にしたが、動悸は収まりそうにない。

「主任、資材発注のこっちの請求書関係の資料も頂けると助かります」

大桑の声で我に返る。

そうだった、と美和は頭を押さえた。

何となく頭痛がする。

今は仕事に集中しなくてはならない。

「あぁ…そうだよね。今日中には作れると思うから」

「お願いします」



気が付けば、時計の針は日付が変わる直前だった。

社内全体では分からないが、美和のいる部署内ではほとんど社員はいない。

電気もほとんど消しており、ぽつんと残されているようだった。

営業に出ている者が、もしかしたら帰社する可能性があるくらいだろう。

何とか資料作成の目処はついた。

ふぅと一息つくと、いろいろな事に頭が回ってくるが、

とりあえず今日はもう帰りたかった。

だが、坂下と待ち合わせをしている事を思い出し、

美和はコートを羽織ながら行くべきかどうか悩んでいた。

そもそも、まだ坂下がバーで待っているかどうかも分からない。



深夜になると風は相当冷たく、美和は気温度差で痛む頭に顔をしかめ、

とりあえずバーの方向へ向かっていた。

行ってしまえば、多分流されて終わりだ。

それくらいは分かっている。

でも行かなければ、何となく後悔しそうな気もする。

都合の良い女だな、と相変わらず自己嫌悪に陥るし、

情けない気持ちで、押しつぶされそうにもなる。



このままずるずるとこんな関係を続けていて良いわけがないが、

終わりにしたいのかどうかも分からない。

坂下の、おそらく何人かいる女性のうちの一人でも良いわけがないが、

その内の一人だけになりたいのかどうかも分からない。




バーの少し重い扉を開けた。

夜景が見えるバー。

一度だけ、バレンタイン前に坂下と待ち合わせて入った以来だが、

結構ここの雰囲気は気に入っている。

いらっしゃいませ、という声を掛けられたが、

美和は店内を見渡し、坂下がいるかどうかを確かめた。

だからどうして、客の姿はいくつかあるのに、

坂下の姿を すぐに見つけてしまえるのだろうか。

美和は店員に連れがいます、と伝え、坂下の近くへ足を進めた。

「お疲れ様」

「……卑怯だよね、来るって分かってたみたい」

マフラーとコートを店員に預け、美和はカウンターから少し離れた

店の奥のソファ席へと腰を下ろした。

そこのソファ席は外の夜景を楽しめるように、

窓に向かっての席しか置かれておらず、カップル専用の様になっている。

この席に最初から座っている坂下に、厭味を込めて美和は言った。

頼んだカクテルは薄めのものにした。

明日も仕事になると、面倒だと思ったからだ。

「来なかったら恥ずかしいだけだよな、この席」

「確かに」

美和は笑い、すぐ真隣に坂下がいる事の不思議さを、

何となく噛み締めていた。

「…ちょっと悩んだけど、何となく…会いたかった」

「それは嬉しいね」

少し距離を開けて座っているが 、その距離がもどかしい。

長い夜になりそうな予感がした。


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