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恋愛ごっこ  作者: faye
□第一章:開けてしまった扉
2/23

□お酒の所為にしてしまえば、ってことで。

夕方にようやく手が届きそうな時間帯だが、

冬の夕方はもう空の色を黒く染めていた。


幸か不幸か、結婚式はホテルで行われていたので、

エレベーターで最上階に上がればバーラウンジがある。


黒い夜空に映えるビル群の明かりは、純粋に綺麗だった。

静かな音楽が流れるホテルのバーは、

まだ早い時間帯という事もあり、客の入りはまばらだ。

皆少しずつの間隔を空け、静かに座っている。

先ほど着込んだコートは、再びボタンを外し、

結局はさっきと同じワンピース一枚で、

名前も知らない男と一緒に座っている。


その状況に慣れず、美和の頼んだお酒は、強いものだった。



「いやぁ、それにしても、結婚式抜け出して別の所でお酒飲むのって初めてだよ」

名前の知らない男は、運ばれてきた水割りをおいしそうに口にしている。

言われてみれば確かにそうだ。

未だかつて披露宴を抜け出したことなどない。

というよりも、抜け出したいと思ったことがなかったから。

「手馴れてるから、新手のナンパかと思ったけど」

美和はグラスの底からふつふつと登っていく気泡を見つめながら、

少し皮肉を込めて男に言った。

「付いて来たくせに」

「…そりゃそうだけど…」

「だけど、うちの会社から参加してる男どもが残念がってるよ。

あんたの事キレイだって騒いでたから。皆二次会楽しみにしてたっぽい」

「…それはどうも」

悪い気はしないが、そう言われてしまうと、

やはりこの男の軽さが気になる。


「藤村さんは、何?新郎の部下になるの?」

「え?何で私の名前知って…」

「あ、ゴメン。席次表でチェックしてた」

「……あ、そっか…そうだった…」

男は胸の内ポケットに仕舞い込んでいた席次表を美和に差出した。



【新郎の同僚  藤村 美和】



確かにそう書かれている。

ぼんやりと「同僚」という文字を見ていると、やるせない思いというか、

やはり自分はただの同僚でしかなかったのだと、思い知らされてしまう。


「ごめんなさい、今さらだけど、名前聞いていいですか?」


美和は新婦側の席次表欄に視線を移し、男に聞いた。

男はこれ、と指差す。



【新婦の上司 坂下 斗真】



「それにしても、あいつ綺麗だったよな~。

やっぱり、こういう晴れ舞台の日となると、輝いて見えるっていうか。

ウチの課の男どもでも残念がってたもんな~」

「まぁ、そうでしょうね。確かに綺麗でした」

美和はあまり同調したくない思いで、

グラスに残っているお酒を一気に飲み干した。

披露宴の時よりも、少しはきつめのお酒。

同じものをオーダーすると、坂下が心配そうにちらりと美和の方を見る。

炭酸がまるで溶けるかのように、すっと胃になじんでいくのが分かった。


「もしかして、坂下さんも残念がってた?」

思い切って、美和は問うてみた。

「…うーん…ちょっとね…」

ふふふ、と笑うかのように、坂下も残りのお酒を飲み干し、

同じものを、とすぐにオーダーしていた。


「うーん、正確には違うよ。俺の場合は過去形だから」

「…もしかして、元彼女ってこと?」

坂下は答えず、バーテンダーから新しいグラスを受け取っている。

濃そうな水割りだと思う。

美和は琥珀色の液体を眺めながら、居心地の悪さと、

何とも言えないイラつきのようなものを感じ、

再度運ばれてすぐのカクテルを、半分ほど一気に喉に流した。


「強いねぇ、お酒」

坂下は感心するかのように美和に言ったが、

美和はそれには答えずに、坂下の方に視線を投げた。

頬杖をついたまま、目線だけで坂下を捉えている。

結んだ唇は解かれようとしない。

少し酔って、潤んだような瞳。

その瞳に、少しどきりとしてしまった坂下だったが、

改めて見ると、やっぱりキレイな女だと、思っていた。

「…何?そんなに見られても困るんだけど」

目線を逸らそうともしない美和に苦笑してしまう。

坂下はそんな美和の視線を遊ぶかのように、同じ様にじっと見つめた。

「困るのはこっちなんですけど」

美和からの思ってもいなかった言葉に苦笑する。

「は?ちょっと酔ってる?」

「酔ってません」

美和はむっとした表情になり、坂下をにらむんだが、

逆効果か、その表情がまた可愛いと思ってしまった。

「何で私を誘ってるんですか。誘う相手、間違ってるんじゃないですか」

「ん?嫌だった?」

「違う…もぅ…いいです…」

急にしゅんとしたような表情になり、美和は肩を落とした。

正面に規則正しく並べられた瓶の数々が、

窓の奥の夜景と相まって、綺麗だった。

帰ろうと思い、美和は背面に置いたクラッチバッグを手に取った。

だが、立ち上がった瞬間、視界がぐるりと回ったかのように、

回転を始めて美和の足元をふらつかせた。

ヤバいと思ったのと、坂下に向かって倒れこんだのはほぼ同時だった。

床に倒れないように支えてくれている坂下の腕の温もりが、

妙に熱く感じていたが、やがてそれも記憶の彼方に追いやられていた。


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