□後悔に後悔を重ねるしかないわけで。
最近は特にジムをサボってしまっていたからか
久しぶりにランニングマシーンで走ったが、
すぐに息が切れてしまう気がしていた。
土曜日の昼のジムは、割と空いている。
美和は早々にランニングマシーンから下り、
肩に掛けたタオルで汗を拭い、はぁと息を大きく吐いた。
どうも集中出来ない。
なぜ集中出来ないかは、それは自分自身がよく分かっている。
時計を見ても、来てからまだ1時間も経っていない。
何のために月会費を払っているのだろうかとも思ったが、
ロッカールームへと足を運んでいた。
バッグの中に入れている携帯が光っているのが目に入った時、
思わず急いで確認をしてしまう自分がいた。
坂下からのはずはないのに。
メールを確認すると、悲しいかな会社のPCからの転送メールだった。
結局今日も休日出勤だ。
シャワーを浴びながら、美和は自分の仕事を少し恨んだ。
仕事は嫌いではないが、気持ちの切り替えがうまく出来ない時は、
本当につらいと思ってしまうことがある。
甘えは許されない立場なのに。
役職を与えられた自分に恥じる仕事をしようとは思わない。
美和はため息をつきながら、坂下の事を考える自分を捨てようと、
少し熱めのシャワーを浴びたのだった。
「お疲れ様です」
いつもとは違うカジュアルな私服で出勤する。
ジムの用意を詰め込んだバッグも持ったままだが、構わず席に着いた。
「あ、主任、お疲れ様です」
何人かが出勤しており、各々がパソコンに向かい、仕事をしていた。
「あれ?美和今日休みじゃなかったの?」
以前合コンに誘ってきた同期の仲間も出勤していた。
「そうだったんだけど、例の工場建設の件で支社からメールが来てた」
パソコンを立ち上げ、持って来たコーヒーを飲みながら答える。
「週明けにしようかと思ったけど、来ちゃったよ」
「…あんたホント仕事漬けって良くないよ…」
隣に腰掛けられ、美和は思わず話しに花を咲かせてしまう。
「分かってるけど、暇なんだからしょうがないじゃない」
「30過ぎた女が言うセリフじゃないってば。いい加減彼氏作りなよ」
「それも分かってるけど、今ごたごた中でさぁ…
ちょっと今度落ち着いたら話すから、聞いて」
美和はメールを読み、うな垂れた。
「はぁ…週明けからまた出張かも…ゆっくり出来そうにないなぁ」
「まぁほどほどに頑張りなって。無理はしないでよ」
「…うん」
本当はマイペースに仕事はしたい方だが、
ミスも重なり資材供給が遅れかねない事態となったため、
なるべく現地に足を運び、ケアに当たりたいとは思っている。
週明けには高岡も旅行のため休みを取り、しばらく不在だ。
飛行機やホテルの手配をさっさと済ませ、慣れた手つきで申請書も作る。
自分の出来る限りの事はやっておきたい。
仕事の事となると、当たり前だが真剣に物事を捉えなくてはならない。
だが、いざ自分のプライベートとなると、
どうしても投げやりになってしまう。
今までいくつの選択ミスをしただろうか。
仕事については、学校の試験と同じだと思う。
必ず答えは出てくるものだ。
しかし、逆にプライベートについては答えは出ない。
選択肢のそのどちらをチョイスしても、
正解でもないし、誤答でもないし。
ただ、唯一失敗したのは、チョコレートの箱を投げたことだった。
どうせなら、自分で食べればよかったのに、と思っている。
ケンカになるのは分かっていたのに。
でも、終わりにしたくなかったのに、と言うと。
なんてわがままな女と思われるだろうか。
そしてその答えを出せない自分を、歯痒くも思う。
後悔しているばかり。
夕方になり、携帯を取り出し、待ち受け画面を立ち上げる。
電話はない。
メールの受信ボックスを見ると、いくつかメールは来ていたが、
チェックしても、坂下からのものはなかった。
「……」
美和は携帯を取り出し、坂下の名前を探し、
電話を掛けようとするが、発信ボタンがなかなか押せない。
少し触れるだけで、電話を掛けることは出来るのに。
じわりと目に涙が溜まりそうだった。
会社でこんな姿を見られたくはない。
休日の夕方は静まり返っている給湯室に飛び込み、
美和は相当参っている自分に負けたかのように、顔を押さえていた。
「あれ?藤村まだ仕事してたのか?」
「…高岡課長!」
慌てて頬を拭うが、間に合わなかった。
「…あ、ごめん、変なタイミングだった?」
美和が泣いていると思い、高岡は即座に謝った。
大丈夫だと否定したが、なかなか信じてくれそうにもない。
よりによってこのタイミングで高岡に会いたくはなかった。
「すみません、何でもないので…帰ります」
「…いや、そのまま出るのも微妙だって」
高岡は美和を給湯室の奥へ引き込み、
表に見えないように壁になってくれている。
「ごめん、たまたま用事忘れてただけなんだけど、タイミング悪かったな」
「いえ、私こそ…情けないところ見せちゃってすみません」
「……何かあった?」
「……ちょっと…うまくいかないだけです。
うまくいかなくて、情けなくて。
考えたくないのに、そればっかり考えて、ダメなんです」
もしかしたら、美和を迎えに来た坂下の事だろうかと、
高岡は考えてはいたが、美和には何も言わずにいた。
すん、と鼻をすする音が響く。
美和はため息をついた後、大丈夫です、と高岡に念を押した。
笑顔も見せたが、引きつってはいないだろうかと若干心配だったが。
「すみません。仕事に戻ります」
「藤村、後悔してる恋愛は、良い恋愛の証拠だとオレは思うよ。
どうでもいい恋愛は、何も感じないから」
「……」
「って、そんなえらそうに言えるほど、恋愛経験豊富じゃないけどね」
高岡は美和の頭をぽんと撫で、先に給湯室を出て行った。
本当にそうなのだろうかと、取り残された美和は考える。
高岡に対して、後悔ばかりしている自分は、
本当に良い恋愛をしてこれたのだろうか。
高岡が好きだ。
だが、もう忘れなくてはならないのだ。
いい加減はっきりしよう。
これから先、決して伝えてはならない想いを秘めたまま、
いずれ忘れていかなくてはならない想いを抱いたまま、
それでも良い恋愛だったと振り返られる時が来るのだろうか。




