□ケンカになるのは分かってたわけで。
どうしてこんな事になってしまったんだろうかと。
思い出せばキリがないけれど。
例えばの話だけれども、
一つ一つの選択肢が試されるその岐路で、
そこで別の選択をしていたら、
一体どうなっていたのかと考えたこともある。
常にそんな事を考えてしまう自分はおかしいだろうか。
もう潮時だと分かっているのだけれど。
今までのことを、全部忘れて行きたいと思うのだけれど。
そうやれない自分がいるのも、これまた事実で。
美和は会社の近くにあるバーのカウンターに座り、
坂下が来るのを待っていたのだった。
電話があったのは夕方。
金曜の夜という事もあり、また明日も休めそうだったため、
坂下の誘いに乗り、バーで待ち合わせをしている。
15分ほど待っているが、坂下はまだ現れそうにない。
坂下と会うのは久しぶりだ。
嘘を吐いてしまって、時間は大分経ってしまったが、
その時間分、何となく溝を作ってしまったような気がしていたのだった。
それ以来、坂下のことを気に掛けていても、
美和から連絡を取ることが出来ないでいたのだ。
「ごめん、待った?」
ぼんやりとしていると、坂下の声が頭に響き、我に返った。
「ううん、全然大丈夫」
「こっちが待つつもりだったんだけど、失敗」
坂下は苦笑し、美和の隣に座る。
「どうかしたの?今日急に誘われるから、ちょっとびっくりした」
「ん?誘ったらまずかった?」
「そんな事ない」
美和は首を振り、坂下とグラスを合わせた。
チン、といういい音が響く。
「あ。ねぇ、もしかしてバレンタインのチョコレート期待してた?
ごめんだけど、買ってないからね」
「期待してないよ。会社で山ほどもらったし、別にいい」
「あ~そう。モテる人は違うのね。
だったら私以外の人をたまには誘いなさいよ」
「今のところ誘いたいのはあんただけだよ」
「……しまった…墓穴」
美和はカウンターに肘を付き、顔を見られまいと正面を見た。
割と込み合っている店内。
バーテンダーは忙しそうにグラスを拭き、新しいカクテルを作っている。
「…今日…電話もらったときにね」
「ん?」
「大阪からこっちに戻ってくる途中だったの」
「…あぁ、出張だった?疲れてるのに、急にごめん」
坂下は突如誘ったことを詫びた。
美和はううん、と首を振り、大丈夫、と付け加える。
「最近、電話もメールもなかったから、ちょっと気になってたの。
すごいタイミングだったから、何かね」
「…あぁ、ちょっといろいろ忙しかったんだ」
坂下は言葉を濁すように、グラスの中のお酒を煽る。
「いや、そう言うと大袈裟だけど。
ただ、ちょっと落ち着いて時間作れなかっただけ」
「うん…タイミングよく電話くれて良かった。ちょっと話したかったし」
「何?」
「いや…どこから話したらいいのかな…。
よく分からないんだけど、私たちってさ…これからどうすべきなのかな」
「……」
「私は…どの選択肢を選んだらいいのか…」
「…今のオレにはあんたの説明がよく分からないけど」
そうだよね、と美和はため息をつく。
説明がうまく出来そうにない。
話を続けることが難しく、しばらく沈黙が流れた。
ゆったりと流れる音楽を聴きながら、ただ座っている。
「どこか行く?」
沈黙を破ったのは、坂下だった。
美和は同意し、二人ともほぼ同時に席を立った。
バーを出て、少し歩くとバレンタインの時期に合わせてか、
イルミネーションがまだまだ飾られている。
歩いているのも、カップルが多い。
たくさんのLED電球に彩られた木々が、
とても遠くまで続いているようだった。
冬の木々は葉を付けないが、その分キレイな明かりを纏っていた。
「こうやって、イルミネーションを落ち着いて見る事って、なかったかも」
美和は時折上を見上げながら、寒さで悴む手をポケットに入れた。
キレイ、とつぶやき、坂下を見る。
坂下は微笑んだまま、何も言わずに少し先を歩いた。
「仕事ばっかりもよくないね。たまには、夜ゆっくり帰るのも悪くないね」
まぁね、という坂下の声が聞こえた。
美和は少し早歩きで、坂下の隣に並び、また木々を眺める。
「さっき、言いかけた事だけど…」
「いいよ、聞きたくないから」
坂下は美和の言葉を遮り、先に歩き始める。
「……待ってよ」
「いい話じゃないだろ?聞く気ないよ」
「待ってよ、ねぇ」
誘ったくせに卑怯じゃない、と文句をつけても、坂下は歩くのをやめない。
美和はイラつき、坂下の腕をつかんだ。
「本気にならないでよ。遊びで良いって言ったのはあなたでしょ」
「……」
坂下は何も答えず、眉間にしわを寄せ、むっとした表情で美和を見た。
「…ずるい人。バッカじゃない」
「あんたはどう思ってるわけ?」
「…分からないから悩んでるのよ。あなたみたいに余裕がないから、
私一人、悩んだりして、バカみたい…」
「……」
「宙ぶらりんで、ただやる事だけはしっかりやっちゃって。
自分の浅はかさにも涙が出そうよ…」
坂下は何も言わない。
というよりも、言葉を出すことが出来ずにいた。
本気になってしまうと、負けなのは分かっている。
手放したくないくらい、はまってしまっているのも分かっている。
ようやく口に出来た言葉は、自分でも情けないものだった。
「…ごめん、帰る」
「……ホントムカつく」
美和に別れもつけず、背を向けて歩き出す。
なんて格好悪い男だろうかと、自分でも情けない位に感じてくる。
すると、ぼこっと背中に何か投げられ、命中した。
キレイにラッピングされた箱が、背中に当たった衝撃と、
地面に転げ落ちた衝撃で、思い切り凹んでいた。
「……」
坂下は無言でその箱を拾い、頭を抱えて更にはため息をついた。




